ある日の<俺> 2023年1月25日 ちっちゃいゴジラの爪
もう三月。早い…。
「古美術雑貨取扱店 慈恩堂奇譚」のほうにも、季節外れな彼岸花の話があります。
昨日の雪がまだあちこちに残ってる。
こんなに寒いというか、冷え冷えに冷えてる日の朝に、なんで首輪抜けしちゃったんだ、ミックスのサクラちゃん。しかも通りがかりのバイクを追いかけて迷子なんて、困ったもんだ。
まあ、だからこそ俺みたいな何でも屋に声を掛けてもらえるんだけどね。
あ、いたいたサクラちゃん。ほら、顔見知りの俺だよ! いつもグレートデンの伝さんや、セントバーナードのナツコちゃんと散歩してるから、匂いは覚えてるだろ? 飼い主の吉野さんも探してるんだから、早くこっちおいで。
公園の木の影に隠れてしまうサクラちゃん。そんなに人見知りだったっけ? ほーら、ほーら、大好きなジャーキーだよー。こっちにおいでったら。
……なんか俺、お菓子で子供を釣ろうとする怪しいオジさんみたいかも。ちょっと落ち込む。
「サクラちゃん、捕まえ──」
た、と手を伸ばそうとした瞬間、ピシッ! デコに桜の枝が。
尻尾ふりふりのサクラちゃんしか見てなかったから、うっかりしてたよ。
「あ」
額を撫でながら見てみると、いつの間にやら桜の芽がふくらんできてる。ちっちゃいゴジラの爪みたい。一所懸命伸びて、春を掴もうとしてるみたい。寒い寒いと思ってたのになぁ。知らないあいだに成長していて。
「くーん……?」
ジャーキー握ったまま動きを止めた俺に、また逃げかけてたサクラちゃんが戻ってくる。
「──今度こそ、捕まえた! ほら、これお食べ。飼い主の吉野さん、心配してるから。帰ってから怒られるかもね」
飴と鞭ならぬ、ジャーキーとお説教さ。
首輪抜けは悪いことだとわかってるサクラちゃん、俺にまた首輪とリードを装着させられてシュンとしてる。ちょっと笑ってしまうけど、しっかりと地面を掴む彼女の足の爪も桜の芽に似てて。
「ふふ……おっきくなったなぁ」
桜のように愛されて、成長を見守られてるよ、サクラちゃん。仔犬のときに捨てられて、桜の木の下で吉野さんに見つけてもらえた君は。