ある日の<俺> 2022年4月1日。 花惑いの日
二ヶ月と二日遅れですが……。
春たけなわの、真っ昼間。
淡いピンクの、まさに桜色としか言いようのない桜の花が満開で──満開で、くらくらする。
咲きそろったのが、たった今この瞬間かと見えるほど、吹く風にも花びらのひとつも散らず、ただそのままで満開でいる。
俺以外、誰も、何も通らないこの道。静かに、ただ静かに、桜の花が咲いている。
ふと、自転車を止めたここは上り坂の入り口。道の両側から桜に覆われて、覆われて──どこまでもふわふわとしている花に、酔いそうだ。
この世のもののはずなのに、すぐそこに、手を伸ばせば触れると、触れられるとわかっているのに、どうしてか、触れようと思うこともできなくて。
この世界に、俺と桜しか無いみたい。
桜と俺しかいないみたい。
……降りそそぐ太陽の光、吸い上げる水はもう冷たくなくて、からだの隅々までめぐりゆくのが心地よい。うす明るい灰桜色の濃淡がまぶたの裏でオーロラのようにはためいて、光に身をゆだねながらうっとりと呼吸する──。
はっ!
俺、いま何してたっけ。
桜の花びらを通して当たる日の光が気持ち良くて、眼を開けたまま寝てたみたい。
桜は満開、まさに満開、淡いピンクの、灰桜の、あらゆる桜の色と透明な光のあいだの色がふわふわと日に透けて、ゆらめいて、ふわふわとただそこで咲いていて──。
ホー……ホケキョ!
ふいに聞こえたウグイスの声に、びっくりしてまた我に返る。俺、こんなとこでぼーっとして、何やって……っていうか、いつの間に坂道上ってたんだろう? 歩いた覚えが──。
「……」
ふり返ると坂の下、ふわふわ、ゆらゆら。春の霞が凝ったような、あの花の中を歩いてきたのか俺は。見上げれば、まだ途切れずに続く桜並木の隙間から見える空は青くて、風が少し強くて、でも桜は散らず、満開で──。
ぼーっとした頭で思う。
……俺、桜に化かされた?