ある日の<俺> 2022年2月1日 如月来たりて
強い風に煽られて、横殴りの雨になる。
折り畳み傘なんてとうてい役に立たないし、雨合羽も持ってない。下手に濡れたら風邪引く→抵抗力下がる→インフルエンザ、の連鎖が来そう、新型コロナだと洒落にならない。
というわけで、俺は走る。チワワのちーちゃんを抱えて走る。ちーちゃん、飛ばされそうだし。散歩に出る前はここまで風は強くなく、昨日は散歩に行けなかったというちーちゃん、風を切って楽しそうに歩いてたんだけど。
「ちーちゃん、散歩はまた明日な?」
「くぅーん」
「雨はダメだよ。ちーちゃん、小っちゃいからなぁ」
「くんくん」
「お洋服が濡れたら、風邪引いちゃうぞ」
「くぅん」
ちーちゃんのお洋服は、今日もメリケンサイズの毛糸靴下。飼い主の伊吹山さんのお友だちのアメリカ土産だ。最初にもらったときにちーちゃんに着せた写真見せたらウケて、毎回買ってきてくれてたらしい。
新型コロナが流行ってからは、お友だちも渡米を控えていて、ちーちゃんの靴下コレクションは増えてないらしんだけどね。
「帰ったら、一応お着替えしような。小型犬は保温が大事!」
そんなこと言いながら走って、伊吹山さんちに着いたあたりで雨は降らなくなった。止んだのか? また降るのか? 空の色は当てにならない。
「雨になるとは。すみません、何でも屋さん」
ピンポンしたらすぐ玄関先に出て来てくれた伊吹山さん、外の濡れてる地面にけっこう降ったんですね、と驚いていた。
「降り出してからすぐにチーちゃん懐に入れたんですけど、念のため、すぐ着替えさせてあげてください」
「わかりました。ありがとうございます」
報告しながら伊吹山さんに渡そうとするのに、ちーちゃん、何故か俺から離れたがらない。
「こら、ちーちゃん」
伊吹山さんが軽く叱るけど、ちーちゃん知らん顔。
「どうしたんだ、ちーちゃん。もっとお散歩したかったのかい? ──って、これかな?」
ちーちゃんが離れたがらない理由が思い当たって、俺はジャケットの内ポケットを探った。
「さつまいも、か……」
伊吹山さん、苦笑い。
「ちーちゃん、好きでしたね」
迎えに来る前、宮藤さんにもらったんですよ、と説明する。
「おやつにどうぞ、ってもらった時はまだ熱々で。カイロ代わりに入れてたんですが、ちーちゃんに嗅ぎつけられちゃったなぁ」
「好物だけど、甘いから。あんまり食べさせるのも良くないし、控えてるんですよ。こら、ちーちゃん、何でも屋さんから離れなさい」
飼い主さんにじーっと見つめられながら怒られて、ちーちゃんはしょんぼりと力を抜く。つい笑ってしまいつつ、俺は小っちゃいからだを渡した。
「今日はいきなりの雨で散歩が短くなっちゃったし、ひと口ぶんだけならどうでしょう?」
覗ってみると、伊吹山さんがうなずいてくれた。まだほんのりと温かいさつまいもをちょっとだけ千切り、ちーちゃんの鼻先に出してやると、一瞬で口の中。
「わんわん!」
尻尾ふりふり、おかわり要求。
「もうダメだよ~、ね、伊吹山さん」
「そうそう。お前はちゃんとご飯を食べなさい。さつまいもはオヤツなの!」
「あはは。ちーちゃん、またね」
伊吹山さんにも挨拶して、外に出る。雨が止んでるうちに、いったん家に帰ろう。おおう、風がきつくて寒い。慌ててジャケットのジッパーを上げながら、小走りに急ぐ。
一月の、この冬一番寒かった日々に比べると、今日なんかは暖かい気がする。寒いけど。はぁ、もう二月なんだなぁ。
── 一月は行って、二月は逃げて、三月は去る。
昔聞いたそんな言葉を、しみじみ実感するよ。一分一秒一時間、一日一月一年間。息継ぐ間もなく続いていく、時間とは、連続しつつも過ぎ去るものなのだ──。
なぁんてこと考えてたら、うっかり道路の縁石に蹴躓き。
「うおっ──!」
辛うじて踏み堪えた。一秒にも満たないその間、どうやって転ばずに済んだのか。一瞬が永遠にも思えて……今の俺、ちょっと映画の『マ〇リックス』みたいだったよ!
もう二月も五日ですが……一日の話。
チワワのちーちゃん初出はこちら→ https://ncode.syosetu.com/n5805bw/296/