ある日の<俺> 2021年11月19日 月蝕の夜
大晦日に11月の話…。
遅筆、極まれり。
満月なのに、欠けている。
「すごいなぁ、伝さん。もう三日月みたいになってる」
「おん!」
俺は今、グレートデンの伝さんと散歩中。駅前コースの帰り道、向かう先の空に欠けた満月が見える。真夏のこの時間帯はまだ明るいけど、十一月も半ばを過ぎた今は、すっかり暗くなっている。
「月蝕ってさあ、あの欠けてるとこ、地球の影なんだよ。月から見て、地球の後ろに太陽があるってことだ」
「おふん」
「でっかい影絵だよなぁ」
「おん!」
「もし地球が三角形のおむすび型だったら、あの影、どんな形になるんだろうな」
「おぅうん?」
「ドーナツ型だったらどうだろう。真ん中だけ明るかったりするのかな? な、伝さん」
「おふ」
「……腹減ったな」
「おん!」
何を見ても食べ物を連想してしまう、腹ぺこの宵。せっかくの天体ショーなのに、風流なんて言葉は、薬にしようにも見当たらない。
だけど。
「あ、伝さん、それ」
「おうん?」
誰が折ったか、道端にちょこっと生えてるススキ。通り掛かった伝さんの、耳のあたりでちょうどいい具合に揺れている。
「ススキのかんざし!」
街灯の明かりに浮かぶススキと伝さんを、欠けた月が見下ろしている。このシチュエーションはちょっとだけ風流かもしれない。
「おぅおん?」
「似合うぞ~! いいなー、絵になるなぁ。写メ撮れたらなぁ」
薄暗いから、ガラケーカメラじゃ無理。まあ、どんな高画質のカメラでも、絶対いま俺が見てるようには写らないだろうけど。人間の眼とカメラは違う。今見てる伝さんが、俺の眼に映る伝さん。唯一無二、なーんてな。
「ま、いいか。伝さんの艶姿は俺の心のアルバムに残しておくよ」
「おん!」
「行こう、伝さん。帰ったらメシだな。俺は──あー、芋満月が食べたくなってきた」
そんなこと言いながら、速足で歩く一人と一匹。今宵の月は、一夜のうちに新月から満月までを駆け抜ける。稀な夜ではあるけれど、これが最初でも最後でもない。
次はいつ見られるかなぁ。
伝さんを連れて戻ったら、飼い主の吉井さんから海老満月をもらった。ラッキー!
うん、俺、食べられるなら何満月でもいいや! 欠けたら戻らないこのしょっぱい満月は、ビールのお伴に良さそうだ。次の、塾のお迎え仕事終わったら、帰って食べよっと。