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ある日の<俺> 2021年4月28日。 ナガミヒナゲシ

雨の翌日。

太陽がまぶしい。


空は青空良い感じ。土も湿気っていい感じ。こんな日は、草むしりが捗ってうれしい。気温も低めだから、無駄に体力も消耗しないし。


そんなことを思いながら、むしむし草をむしっていると。


「あの……何でも屋さん? ですよね」


ん?


「お隣の、ええっと」


庭の低いフェンス越しに声掛けられて、隣家の表札を思い出そうとする。


「室井です。おはようございます」


そうそう、室井さん。


「おはようございます。今日はご覧のとおり、中村さんちの草むしりさせていただいてます」


「ああ、よくやってくれる人だって聞いてるよ。うちはあんまりお世話になることないけど──」


うん、室井さんちの庭には、テラコッタのタイルが敷き詰められてるんだ。まだ新しいのもあって、欠けた隙間から雑草が生えてるとかいうこともない。


「草むしり以外も承ってますよ。日常のちょっとしたご不便、お困りごと、何でもおっしゃってくださいね!」


営業営業。にっこり笑っておく。


「うーん……」


そんな俺を見て、何かを言おうか言うまいか、曖昧な表情の室井さん。


「何かお困りですか?」


「いや……大したことないんだけど、不思議に思ってることがあって。ちょっとだけ見てもらえないかな」


そう言われ、土にまみれた軍手を払いながら立ち上がる。「これなんだけど」と示されたものは、室井さんちの庭の隅に設置された大きめのプランター。俺が草むしりしてたとこからは見えなかったな。


「……」


そこには、無数の細い茎が。毛羽立った紡錘型の頭を一様にくにっと曲げて、皆で太陽に向かって祈ってるみたいなんだけど、どこか異様で気味が悪い──。


「レンゲって、こんなんじゃない、ですよね?」


困惑気味の室井さん。


「違いますね」


うん、全然違う。


「やっぱり……? 去年、スーパーの花屋でレンゲの種を売ってるのを見つけてね。小さいレンゲ畑っていいなぁ、と思い立って、プランターと土を買って、撒いてみたんですよ……」


その後、ちゃんと発芽したので、この春を楽しみにしていたという。


「レンゲだって雑草の仲間なのは知ってますが、なんだか……だんだん違う感じの草になって。おかしいなぁ、と思ってるあいだに、いつの間にかこんなのが生えてきて……ちゃんとレンゲの種を植えたはずなんですよ──」


くなりと頭を垂れる集団は、まるで邪宗教徒たちの祈りの図──なんて嫌な喩えは置いといて。これの前にプランターを覆っていたという草の特徴を聞くと、たぶん俺もよくむしってるあの雑草だろうな、というやつだった。もちろん中村さんちの庭にもたくさん生えてる。


「土は買ってきた新しいものだったし、レンゲ以外の種を植えた覚えがないのに、なんでこうなったのかって」


色んな雑草が入り混じって生えてくる、っていうならわかるんですが、と続ける。


「とにかく、見た目が変わるたび一面同じものになるんです。だから、最初に種を撒いたものの成長段階がそうなのかな、と思ってたんだけど……」


種から発芽して、発芽から双葉。双葉から本葉。本葉が伸びて枝が出て、と植物はその姿を変えていく。だからそのうち、レンゲの花が咲くだろうと期待してたんだけど、と室井さんは言う。


「これ、何ですか? よく庭で作業してる何でも屋さんならわかるかな、と」


「ナガミヒナゲシですね」


俺は断じた。


「ながみ、ひなげし? 芥子の花ですか?」


最初の種、パッケージ間違いだったのか、と呟いてるけど、違うと思う。


「芥子は芥子だけど、これ、観賞用に種が売られてるようなものじゃないですよ。雑草です」


「雑草……」


「いや、元は普通にレンゲの種だったんだと思いますよ。でもたぶん、そこに雑草の種も混じってたんじゃないかな。そういう話、聞いたことあります」


どうやら国産の種じゃなかったみたいだし。


「で、その雑草に、発芽率だか、繁殖力だかでレンゲが負けちゃったんですよ。レンゲを駆逐したのが、俺が思うに、たぶんコレ──」


俺は足元を探して、目当ての雑草を見つけた。ひとつ抜いて、室井さんに見せる。


「あ! そうだ、こんな草でした」


「やっぱり。これって何だったかな、えーっと、ヒメオドリコソウ? だと思います。春になるとよく生えてくるんですよね。名前は可憐だけど、しぶといというか逞しいというか」


まあ、雑草はみんなそうなんですけど、と俺の言葉に室井さんは複雑そうにうなずく。


「で、そのヒメオドリコソウもこのナガミヒナゲシに負けたみたいですね。みんな同じ角度にくにっと曲がってるの、蕾なんですよ。花はねぇ、きれいなんですけど──ほら、そこの電信柱の影。あそこに咲いてるのがそうですよ。きっと種が飛んできたんです」


明るいオレンジの、ポピーっぽいの。まあ、ポピーもナガミヒナゲシと同じ芥子の仲間なんだけどさ。


「え? ああ……あの花、よく道路の端っことかに咲いてますね。きれいだとは思うんだけど──」


どうしてか好きになれない、と言う室井さんに、俺もです、とうなずいた。


「きっとこう、あまりにも逞しすぎるというか、繁殖力強すぎというか、そういうのを感じて嫌になるんじゃないかなぁ」


植えた覚えのないところに、いつの間にか“居る”。そしていきなり花を咲かせる。勝手に増える。


「ここに生えてる様子も、図々しく見えません? まるで最初から、このプランターは自分のものだって感じで」


「……他の雑草、生えてないのに、この蕾をつけた細い茎だけが無数に……気色悪いですよ、なんていうんだろう、異様すぎてエイリアンみたいで」


「そう、まさにエイリアン、侵略者です」


抜いちゃったほうがいいです、とアドバイスしておく、


「今ならまだ花が咲いてないから──実が付いちゃうと、厄介なことになりますよ。これって帰化植物ってやつでね、そういうのは繁殖力が強いっていうの、ご存知でしょう? 放置すると、もうこのプランターではコレしか生えなくなりますよ」


「……レンゲの花、楽しみにしてたのになぁ」


がっくりと肩を落として、室井さん。全然違うモノに一所懸命水を遣ってたのか、と遠い目をしてるから、気の毒になってきた。


「来年がありますよ! でも、せっかく立派なプランターを買われたんだから、今年は花の苗を植えられたらどうでしょう? ホームセンターとか行くと色々売ってますし。これからだと、ミニトマトなんかもお勧めですよ」


うん、ありがとう……、と力無い返事が返ってくる。


「でもまあ、助かりましたよ、何でも屋さん。これでもう、疑いながらもひょっとして、と無益な期待をすることがなくなったから」


あはは~、と乾いた笑いが痛々しい。でも、一応念押ししておこう。


「抜いたあと次を植える前に、土を換えるか、せめて熱湯でも掛けておいたほうがいいですよ。ナガミヒナゲシって、本当にしぶといんです」


「そんなにですか?」


「そんなにです」


マジで? という顔をするので、大きくうなずいておく。


「ほら、こっちの土のお庭を見てください。色んな雑草が入り乱れて生えてるでしょう? 彼ら、こうやって覇権を争ってるんです。土がなければ、石を割ってでも生えてくる。雑草はいつでも陣取り合戦の、戦国時代なんですよ。そして」


室井さんちのプランターの覇者が、ナガミヒナゲシ。そう言うと、おもむろにぶちぶち抜き出した。


「……あとで熱湯を掛けておきます」


「そうしてください。じゃ!」


黄昏た背中を見送って、俺も中村さんちの草むしりに戻る。それから四、五十分後、むしった草を袋に詰めていると、ナガミーのやつを退治してから、さらに薬缶で三往復ほどしてた室井さんに声を掛けられた。


「これ、よかったら」


渡されたのは、大容量の柿ピー。


「アドバイス料ということで。邪魔をして悪かったね」


「いえいえ。ちょっとご助言さしあげただけですし、却って申しわけないですよ」


「まあまあ。気持ちだし、嫌いじゃないなら」


「大好きです! ありがとうございます」


これ、前にお土産でもらったことある。製造販売してるところのやつだから、いつでも出来立てで美味いんだよな。


「それで、うちも仕事お願いしたくて。急がなくていいんだけど、何でも屋さんチョイスで、このプランターに合いそうなもの、何か買ってきてもらえませんか?」


「わかりました! 明日の今頃はいかがですか?」


「明日? もちろんです。よろしく頼みますよ」


笑顔で会釈し、中村さんにも仕事終了を報告して仕事料をもらい、ペダルも軽く自転車を漕ぐ。前カゴに入れた柿ピーが、がさがさ揺れるのも楽しい。ふふ、今夜はビールで晩酌だ。


この季節、道の端によく生えてるオレンジのナガミヒナゲシ。お前のこと好きじゃないけど、お蔭で今日は新しい顧客様をゲットできたから、感謝しておくぜ。


草むしりで見つけたら、容赦なくむしり倒すけどな!

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□■□ 逃げる太陽シリーズ □■□
あっちの<俺>もそっちの<俺>も、<俺>はいつでも同じ<俺>。
『一年で一番長い日』本編。完結済み。関連続編有り。
『古美術雑貨取扱店 慈恩堂奇譚』古道具屋、慈恩堂がらみの、ちょっと不思議なお話。
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