ある日の<俺> 2020年5月20日。 風に乗ってアイキャンフライ!
今朝の空は、グレーと白のグラデーション。
一部鉛色もあり、風がきつい。
じっとしてると冷えるから、草むしり頑張ろう。一昨日の大雨が効いていて土がやわらかく、根っ子まで引きやすい。
それでもスギナのヤツは、やっぱり手強いな。さすが地獄草。根が深くて──あー、千切れた。しょうがないなぁ。上の草部分だけならすぐ取れるけど、根っ子が……。その脇に、どこから飛んできたのか、これから咲きそうな蕾をつけてるムラサキツユクサ。こいつも根が深い。ええい、お前らまとめてスコップでほじくり返してやる!
──そんな俺を、ちょっと離れたところから澄ました顔で眺めていやがるナガミーこと、ナガミヒナゲシ。ふ、綺麗な顔をしてるからって、お前もこの庭では侵略者。向こうの道路の隅っこに、お仲間が群生してるのを知ってるんだぜ? 様子見で生えてみたのかもしれんが、後からむしってやるからな。ふふふ……。
などと、ちょっとアブナイ殺人者のようなことを考えながら手を動かしていたら。
「うわっぷ!」
風と共に飛んできた何かが、俺の頭を直撃。
「……」
微妙に湿気った布、それはたぶんこの近所で干されてた洗濯物。風に誘われ旅立ってしまったんだろうが、アイキャンフライできたのは短かったみたいだな、派手柄のトランクス。
うげー、他人の下着が頭に……とは思ったけれど、男物で良かった。これが女性用下着だったら気不味い、というか、下手したら下着泥棒と間違えられてしまう……。
「きゃー! ヘンタイ!」
「え?」
飛んできた下着を手に立ち上がると、甲高い女性の悲鳴。この庭と道を挟んでのお隣の、三階建てマンションのベランダに、うら若い女性が立ち尽くしている。その脇には、風にはためく洗濯物……ということは、そっから飛んできたのかな、このトランクス。
「いや、あの──」
飛ばされたものを拾っただけなのに、ヘンタイ呼ばわりはひどい。それにこれ、男物だよ? いや、ちょっと、お嬢さん! 誤解したまま引っ込まないで! まさか、警察呼ばれたりは──。
警察は、呼ばれなかった。
俺も慌てて、今回初めて仕事を頼んでくれたここんちの奥さんに事情を話し、潔白を訴えたら、奥さん「もちろん」とうなずいてくれた。窓から庭見えるもんなぁ。それもあってか、拾った洗濯物を持って、件のマンションの部屋まで返しに行ってくれた。ありがたい。
「過剰な反応して、すみません、って謝ってたわよ」
奥さんはマスクの下でくすくすと笑いながら、ちょっと声を潜めて先を続ける。
「あのね、さっきのあれ、自分のなんですって。だから、恥ずかしくって、反射的につい──ってことらしいわ。風で飛んじゃったのはすぐわかったけど、とにかくいろいろ恥ずかしくて、変なこと言ってごめんなさい、って」
はき心地が良いからと、トランクスを下着にしてる女性もいるんだとか。通気性が良いとか──そりゃ、まあね。
「部屋着にしてる人もいるらしいわよ? 若い子の形式に囚われない自由な発想、楽しいわね」
そう言って、先ごろ曾孫が産まれたという奥さんはにこにこと微笑んだ。
「でね、これ、お詫びにどうぞって。実家から送られてきたばかりのものらしいわよ」
白いビニール袋の中には、パックに入ったさくらんぼ。風に吹かれて、こいつらも寒そうだ。わかってくれたんなら、別にそれでいいんだけど……。まあ、いいや。奥さんにご足労願うことになってしまったし、ありがたく受け取っておこう。
その後は奥さんにお礼を言って、さらに力を入れて草を引き、むしりまくって頑張った。結果、またよろしくね、とうれしい言葉をいただいた。よし、顧客様ゲット!
帰りの道で、ふとさくらんぼをひとつつまんでみる。ほんのり甘酸っぱくて、とってもジューシー。これ、お店で買うと高いぞ。いっぱいあるし、こまめなビタミン補給に使えるな。ラッキーかも?
──あの彼女には黒歴史になっちゃったかもしれないけど、洗濯物拾うなんて、何でも屋の俺にとってはよくある話だし。何なら、俺だって自分のパンツを飛ばしてしまいそうになったこともある。
「……」
出かける前、ぼろビル屋上に干した洗濯物が心配になってきた。──娘のののかがくれた派手な武将パンツ、飛ばされてどっかの庭に落ちてたりしたら軽く死ねるかも……。
こんな風の強い日は、洗濯物にご用心。だって、やつら、隙あらば飛び立とうと全身はためかせてノリノリだからね!