ある日の<俺> 2018年10月9日。 ラスト・朝顔・オブ・サマー
慌てて投稿したらアラだらけだったので、夜書き直しました。300文字は増えたかも。
※2018年10月23日さらに推敲。1303文字→1719文字 内容は変わりません。
蜻蛉が飛ぶ。蝶が飛ぶ。もちろん蚊だって飛んでいる。
十月も中旬になろうというのに。
「……」
手首に止まった蚊を、俺は無言で叩く。──良かった、まだ血を吸われていない。
朝の犬散歩を三件終えて、ただいまこの町の町内会会長さんのご依頼で草むしり中。家と家の隙間みたいなところに、こんな祠があるなんて知らなかった。狭い敷地の周囲はまだまだ草の勢いがすごい。そして蚊の攻勢もすごい。
防虫スプレーを追加噴霧しつつ、ちょっと立ち上がって腰を伸ばす。そのまま空を見上げると、晴れて眩しい水色。ところどころにふわっと薄いレースみたいな雲がかかってる。
ふう。
『あなたの街の何でも屋、ちょっとしたご不便お困りごとを地味に解決します』をコンセプトに、隙間産業なりに頑張ってるけど、こんな時期でも晴天の屋外は背中がじりじり暑い。動き回るから汗もかく。汗をかくと、蚊がぷぃんぷぃん寄ってくる。
地味にイラつく。
秋の蚊って、マジで執着心すごいよな。殺されたって吸ってやる! という絶対の意思を感じる。心なしか、真夏より防虫スプレーの効きも悪いような気がするし──。なんて考えてる合間にも、視界の隅を小さな影がよぎる。む、顔を刺す気だな、許さん! 軍手をはいた手でベシリとセルフ張り手。……くそ、逃がしたか。
ぷぃ~ん ぷぃ~ぷぃ~~~……
「……」
低空を飛ぶヘリコプターより、蚊の羽音のほうがもっとずっと耳障りだ……。もし俺が蟻んこサイズだったなら、この叢はさながら米軍ヘリ上空飛び交う密林か。どっかから『ワルキューレの騎行』が聞こえてきそう──。って、あれ? じゃあ俺がゲリラなのか? ……ふっ、一撃必殺でヤツらを堕としてやるぜ、ひゃっはー!
──って、違う! 俺の役割は、蚊に対して無双することじゃない。敵は雑草、殲滅せよ!
「あー……」
一人ボケ突っ込みして紛らわそうとしても、やっぱり蚊は鬱陶しい。溜息をつきつつ、首にかけた手拭いで顔を拭き拭き。まだ手付かずの外周を見てみれば、そろそろ増えてきた落ち葉。かさこそと、かすかな風に揺れている。毎年、草むしり依頼が落ち着く頃には、また落ち葉掻きシーズンが開幕しちゃうんだよなぁ……。
うん、季節は巡る、何でも屋の仕事も巡る。ありがたいと思わなくちゃな。蚊は……蚊だって季節の彩りだ。そう思ってやってもいいから、せめて夏とともに去ってくれないかなぁ。
またも溜息をつきそうになったとき、ふわっと、風。
郷愁を誘う甘い香りにふと顔を上げると、そこには夕方のやさしい明かりをふんわり集めたような花たち。金木犀だ。塀越しに枝を伸べ、オレンジのビーズを撒き散らしたみたいに、小さなたくさんの花を下にこぼしている。
見つけた、小さい秋。
よし。この“小さい秋”を励みに、夏を持ちこして蔓延りまくる雑草をむしり倒し、血に飢えた蚊共を全て追い出してくれよう。俺の血は一ミリたりともやらん! と、さらなるミニミニ吸血ヘリコプターたちとのバトルに向けて決意を新たにしていると、あれ? 土にこぼれたオレンジの影に、ちらりと見える爽やかな青色……何だろう……?
あ! 朝顔だ。
朝晩が涼しいというか寒くなってからこちら、もうすっかり見なくなった夏の花。それが塀の根元、雑草に負けそうになりつつも、ぽつんとひとつだけ咲いている。夏の朝、よくご近所で見かけた大輪の花よりだいぶ小さめだ。
こんなところで朝顔なんて、鳥が種を落としていったのかな? 葉っぱの数も少ないし、蔓も短い。これは芽吹くまでに時間がかかったのかもしれないな……。それでも今、秋の日差しの中で、たったひとつだけの花を一所懸命咲かせてる。控えめに風にゆれる青は、まるで夏の欠片みたいだ。遅咲きだって大丈夫、そう言ってるような気がする。
置かれた場所が少々不利でも、あきらめずに営みを続けていれば、命を繋ぎ、内に抱えたその季節を次に伝えることができる──。不器用でも、確実に。ゆっくりと、マイペースで。
「……」
蚊は嫌だけど、こんな夏の名残りなら良いな。──あちこち痒くてカリカリしていた気持ちが、ちょっと落ち着いた。うん、そうだな、早朝から動いていて、腹が減ってるのがいけない。軽く一息入れて、さっき散歩終わりに犬の飼い主さんにもらったビスケットでも食べておこう。
ありがとう、ラスト・朝顔・オブ・サマー。
今日も仕事、頑張れそうだ。
──帰りに、ドラッグストアでキンカンでも買って帰ろうっと。
そして今、耳元でぷぃ~んと蚊の羽音が……。ね、眠れん!