ある日の<俺> 2017年3月8日。 啓蟄 前編
遅くなった上に少し短いです。すみません。
ちょっとでも寒さが緩むと、そこにガッ! と食い込んで、みるみる葉を伸ばし、ぐいぐい自らの生息エリアを押し広げていくのが雑草たち。
逞しい。
そんなわけで、本日午前、日当たりの良い砧さんちの庭の草引きを頼まれた俺、ちまちまと彼らを毟り中。驚いたことに、ここんちって土筆が上がるんだよなぁ。今はまだ固く、ハカマばかりで鎧でも着てるみたい。もう少ししたら間が伸びて食べごろになるけど、残念、砧さんは土筆は好きじゃないという。
ほんの子供の頃、近所の道路の脇に生えてたのを、何にも考えずに千切って持って帰り、胞子を散らせて遊んでたんだって。そしたらその翌年から、庭のあちこちから土筆が頭を出すようになったんだそうだ……。運悪く根付いてしまったらしい。
そんなこととは知らない、当時存命中だった砧さんのお祖父さん、庭弄りが趣味だっただけにこの駆除の超難しい、別名“地獄草”の突然の出現にいたく驚き、その異称の示すごとく地獄でものびのびと蔓延りそうなそのしつこさに、春になるたびに嘆いていたそうで、お祖父さん子だった砧さんは、今でも幼い頃の自分の浅慮に後悔しているらしい。
まあ、これ毟ってもまたずんずん親のスギナが生えてくるしなぁ。ユーモラスな形の土筆と違い、親のスギナは手入れのいい金魚藻みたいで緑がけっこうきれいだけど、さすがキングオブ雑草の雄。園芸品種を駆逐する勢いで背を伸ばして密生するから、やっぱりきれいに抜いてしまわないといけないんだよな。
何しろ、道路の舗装の、普段は気にも止めない亀裂からでも毎春顔を出して驚かされるくらいだ、こいつらのしぶとさを舐めちゃいけない。
ん? 庭木の椿の木の根元、赤い花がぽとりと首を落としたそのそばに、土筆がまとまって頭を出してる。何だこいつら、三つ子か? よし、全部まとめて引いてやるぜ。
根っ子の抵抗を予期し、両の指で根元をぐっと掴んで、ふん! と腹筋と背筋に力を入れたら。
すっぽん! と抜けた。
有り得ないほどの手応えの軽さに、思わず尻餅をつき、勢い余って後ろ頭を背後の細い椿の幹に、ゴン! と思い切りぶつけてしまった。
「痛っ!」
そのとたん、せっかく咲いてた椿の花たちがぱさぱさころんころんと落ちてくる。転がるそれは、花の首。うわっ! きれいだけど、椿、ごめん。砧さん、花を散らしてごめんなさい。
心の中で謝りつつ、打ったところをこすりながら身体を起こそうとして、俺は妙なものに気づいた。
「──穴?」
そう、穴。土筆が団子になってた場所に、黒々と小さな穴が開いてる。なんとなくゴルフホールに似てるかも。
「雨が浸食してたのかなぁ……」
そういうこともあるけど、荒れた空き地とかならともかく、住宅の庭ではまず見たことがない。──しかし、あの穴の上に薄く被さってた土の上に生えてたのか、土筆たち。すごい根性だなぁ。
「……」
何にしても、小さな穴とはいえ足を引っ掛けたりしたら危ないし、もしかしたら土の下に他にも空洞があるかもしれない。だから、埋めるにしてもまず家主の砧さんに報告しよう。そう思ったとき。
「!」
ぎょろりとした、蛙の目と目が合った。ゴルフホールみたいな穴の縁に水掻きのついた小さな手を掛けて、ひょっこり頭を出している。びっくりしてる俺なんか目に入ってないようで、ゆっくりのたのたと這い出してきた。
ぴょっこん ぴょっこん ぴょっこん
呆気にとられて見送る俺を尻目に、庭の端、生垣を潜って見えなくなった。
「蛙の冬眠穴だったのかな……」
それなら、主も出て行ったことだし、もう埋めてもいいだろう。そう思ったとき。
「……っ!」
穴から、今度は蛇が出て来た。青大将の子供かな、まだそんなに大きくないとはいえ……。いや、よく蛙無事だったな、蛇が先に冬眠してたところに知らずに来て眠ってたんだろうか。
にょろにょろ にょろん にょろにょろ にょろん
驚いてる俺のことなど知らぬげに、蛙と同じ方向に消えていった。
「……」
そういうこともあるだろうと気を取り直し、先に雑草は毟っておこうと立ち上がりかけたら。
「~!……」
穴から、大きな蛞蝓が這い出て来た。薄茶の地に焦げ茶の縞をつけた体をくねらせ、蛙と蛇と同じ道をたどる。
ね~……っとり ね~……っとり
ひー! 気持ち悪い……!
……
……
な……でもや……ん
なんでも……ん
「何でも屋さん!」
呼び掛けられて、目を瞬いた。早春の日差しが眩しい。
「どうしたんですか、何でも屋さん。大丈夫ですか、ぼーっとして」