ある日の<俺> 2017年12月19日。 17時にはもう暗い
明後日冬至。暗くなるのが本当に早い。
暗いとそれだけで子供の一人歩きは危ない。ということで、小学生の塾や習い事の行き帰りに付き添う依頼もある。今日は日下部さんちの小学五年生のリク君を、ピアノ教室に送ってゆき、一時間半後にまた迎えにいくことになっている。いつも送り迎えを担当しているお父さんに、急に出張が入ったんだそうだ。
「へえ、もう宿題終わらせたの? リク君えらいなぁ」
「だって。教室から帰ったら、すぐ晩ごはん食べてお風呂入ってゲームしたいんだもん」
今日は計算ドリルと国語の短文章題、社会のプリント一枚だけだったし、とリク君はこともなげに言う。
「計算ドリルは休み時間にちょこちょこっと解いておいたし、文章題も短かったし。ちょっと新しい漢字の練習するだけで良かったから楽勝。社会は、副読本見たら答書いてあるよ?」
よ、要領のいい子だな。
「そ、そうか。おじさんがリク君くらいの頃は、テレビなんか見ててよく宿題忘れそうになってたよ」
「何でも屋のおじさんは、ピアノ習わなかったの?」
「習わなかったなぁ」
「そっかぁ。ピアノって、気持ちいいよ。上手く弾けるときって、全部つながってるみたいで」
指と耳と、頭が。そうリク君は言う。
「ピアノ、好きなんだね」
「うーん、そうなのかなぁ……。練習はめんどうくさいんだけど、ちょっとサボるとすぐ指が動かなくなっちゃうから、それがいやで練習はする……」
お父さんが、リクには才能があるんだから頑張れってうるさいんだよねー、と投げやりだ。
「昔、ピアノやりたかったんだって。でもお祖母ちゃんがさあ、学習塾しか行かせてくれなかったんだってさ。ぼくはどっちでもいいんだけど、いまだにお祖母ちゃんとケンカしてるよ、ピアノ教室行かせるか、学習塾行かせるかって」
言われなくてもぼくは勉強もピアノもどっちも好きだからさー、とくちびるをとがらせる。
「知らないこと知るのは面白いし、ピアノも弾くのは気持ちいい。でも、ゲームもやりたいんだよね。なのに、お父さんもお祖母ちゃんも、ゲームは無駄だからやるなって、そこだけいっしょなの。お母さんは、リクはやることちゃんとやってるんだからって、かばってくれるけど」
仕事忙しくて、帰ってくるのはぼくが寝てからなんだ……とちょっと寂しそうだ。
「リクくんいろいろできるから、お父さんもお祖母さんも期待してるんだろうね」
この子、頭のいい子だ。そして──、“いい子”でもあるんだろう。
「……お母さんは?」
やっぱり親の気持ち、気になるんだろうな。
「お母さんも期待してると思うよ? でも、リク君、きっとお母さんの期待以上に頑張ってるんだよ。だから、ゲームくらいいいじゃない、って思ってるんじゃないかな?」
頑張ってばかりだと、どこまでやったら頑張ったことになるのか、わからなくなるじゃない? そう言うと、リク君は黙っていた。
「宿題ちゃんとやって、ピアノ教室もちゃんと通って練習して、それ以上何を頑張るかって話だしね。お母さん、ちゃんとわかってるよ。走り続けたら倒れちゃう。楽しくゲームする時間も、大切だってきっと知ってるんだよ」
「そうなのかなぁ……」
「そうだよ。今日だってお父さんに出張が入ったってわかったらすぐ、リク君の送り迎えお願いしますって、俺に依頼してくれたしね。仕事忙しくても、いつもリク君のこと考えてるんだよ、お母さん」
どうでもいい子だったら、そんなに心配しないよ。そう言うと、リク君はゆっくりとうなずいてくれた。
西の空遠く、まだオレンジ色が残る。それもあと少しで藍色に染まるだろう。一日にだって朝・昼・夜とメリハリあるんだから、リク君もだらだら頑張る必要はないと思う。気にせずに、ゲームだって楽しんじゃえ!