ある日の<俺> 2017年12月18日。 樋掃除はほんの口実
今日は風が強い。
ばびゅーん! 木枯らし木枯らし。
そんなわけで、現在雨樋の掃除中。ここんちは、周囲に落葉樹が多いからな。落ち葉で樋を詰まらせたら、雨水が溜まって溢れて屋根から屋根裏に浸みっちゃう、なんてことになりかねない。もしそこから腐って雨漏りがするようになったら、もう何でも屋程度には対処は不可能。けっこうな費用がかかってしまう。
ってことで、少々の手間賃くらいは掛けておいたほうが安くつく。あなたの街の何でも屋、ご贔屓いただければいい仕事しますよ、お客さん。
……ほらね、こんなものを屋根と屋根の隙間で見つけたりしても。
「笹熊さん、笹熊さん」
俺はこそっとこの家の主を呼んだ。
「こういうものが二階の庇の陰に落ちてましたよ」
そう言ってジャケットのポケットから拾ったものを半分出して見せた。
「……!」
笹熊さんが息を飲む。そして次の瞬間さっとそれをひったくって、着ていたどてらのポケットに仕舞った。
「このことは、妻には内密に……」
「もちろんです」
誰にも言いませんよ、とにっこりと笑っておく。
俺が樋掃除ついでに屋根の上で見つけたもの、それは深夜時間帯のアニメ『萌え☆萌えきゅんきゅん』のヒロイン、“ももななちゃん”のミニフィギュアだ。笹熊さん、昔からアニメが好きで、美少女に限らずたくさんのフィギュアやグッズを持ってたんだけど、結婚前に一大決心をし、彼らとお別れしたらしい。
全てを手放したせいか、以後そういったものに対する収集欲は消え、平穏に(?)暮らしていたらしいんだけど、奥さんが時間設定をミスして録画した中に入っていた『萌え☆萌えきゅんきゅん』のオープニングに、久々に心臓のど真ん中をやられてしまったんだそうな。
胸のときめきを堪えきれず、ひとつだけ、ふたつだけ、とついつい集めた“ももななちゃん”のフィギュアとグッズ。そのひとつを、笹熊さんは二階のベランダから下に落っことしたんだそうだ。落ち葉をバックに“ももななちゃん自撮りふうフォト”を撮ろうとしていたところ、奥さんに声を掛けられて焦って放り投げてしまったんだという。
俺の“ももななちゃん”への愛は、妻への愛より劣ってたみたいです──。そんなふうに打ち明けてくれた笹熊さん、しょんぼりと落ち込んでたけど……、いや、それでいいんじゃないかな! 結婚前と後とはいろいろ違うしさ。
その後、なんとか奥さんをやり過ごしたあと、上から必死に探してみたんだけど、どうしても見つからなかったらしい。かといって庭に落ちてるかと思えばそうでもない。どこかに引っ掛かってるのかと、屋根に上ってみるにも──。
「高いところが苦手で。それに、脚立程度ならあるけど、屋根に届くほどの梯子なんかないし、いきなりそんなもん買ったら妻に変に思われるし……」
俺のポスティングした何でも屋のチラシを見て、初回お試し価格が安かったのもあり、「樋掃除を頼んでみる」という口実を思いついたんだそうだ。火曜日が固定休みだから、今日にしたんだって。
自転車に折り畳み梯子を積んで約束の時間に訪問したら、笹熊さんもう戸口で待ち構えてて、「もし、屋根の上で何か“変わったもの”を見つけたら、絶対に妻ではなく俺に教えてください。絶対ですよ!」なんて念を押されたからさー。ピンクの髪の小さい女の子のフィギュアを見つけたときには、これのことだろうな、とすぐピンと来たよ。
「あはは……。でもまあ、こっちのほうがついでだったとはいえ、今回樋掃除を思いつかれたのはちょうど良かったと思いますよ」
俺は屋根の上、特に雨樋で集めた枯葉を詰め込んだゴミ袋を振ってみせた。
「……そうだったみたいですね」
大きなゴミ袋いっぱいの枯葉を見て、笹熊さんは遠い眼をする。
「そんなに枯葉が溜まってるなんて思いませんでした。天井に染みがあったりしますけど、古い家だからだと……」
「放置してると、そのうち雨漏りしたかもしれませんね」
「そ、そうみたいですねぇ……」
「今回は、その“ももななちゃん”が身を呈して樋掃除の必要性を教えてくれたんだと思えば」
「そ、そうかも」
「──奥さん、そいういうのお嫌いな方ですか?」
「え? う、うーん、どうだろう……」
笹熊さん悩んでる。
「カミングアウトして、一度話し合ってみては。いちいち隠すの大変でしょう?」
「まあ、そうなんだけど……」
「奥さんに趣味があれば、そちらを尊重する代わりにこちらも、というふうに持っていきやすいですけどね」
「妻の趣味か……スーパー巡りかなぁ……」
「それなら、たとえば月に一度、車で行ける距離のスーパーを一緒に巡ってみるっていうのはどうですか? 二人で一緒に買い物って、奥さんにとってはポイント高くなるかも。それに、今は“ももななちゃん”だけなんでしょう? これ以上は増やさないってさっきもおっしゃってたし。お互いにひとつ約束して、ひとつ妥協しあえば。たまに買い物に楽しくつき合う、その代わり自分の部屋で飾っておくぶんには文句は言わない、みたいな」
「そうですねぇ……」
『萌え☆萌えきゅんきゅん』って、一応大きなおともだち向けアニメみたいだけど、そんな露骨なエロはなくて、わりと女性ファンもいるっていうことだし、話の持っていき方によっては、それくらいの譲歩をしてもらえる可能性もあると思うんだ。
頑張れ、笹熊さん。趣味のために。そして。
「それじゃあ、これで。またのご利用、お待ちしています!」