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ある日の<俺> 2017年12月17日。 かつてのお正月を惜しむ その後

──ご老人のメランコリー。うーん、どうやって盛り上げようか。


そんな話を、久しぶりにメールを寄越してきた<風見鶏>にしてみた。<風見鶏>とは、ネットの海を監視しているという<ウォッチャー>のひとり、らしい。あらゆる情報が彼の許に集まり、彼はそれの“交通整理”をしているのだという。


<風見鶏>には俺以外にも何人もの情報提供者がいて、それぞれとの関係でハンドルネームを使い分けているらしい。俺に対しては<風見鶏>で、<風見鶏>に対して俺は<風>。情報を風になぞらえて、その方向付けをするのが風見鶏と、そういうわけらしい。


彼(彼女かもしれない)と連絡を取るにはややこしい手続きが必要なんだけど、今日は向こうから情報を求めてきたから、ついでに相談してみた。


彼が俺に求めた情報? ここ一週間くらいのあいだに見た野良猫の柄の傾向。んー、トラ系とブチ系が半々かなぁ……。それが何の役に立つのか、俺は知らない。知っているのは<風見鶏>だけだ。


《風見鶏 ご老人のメランコリーね》


俺と彼は今どきチャットで会話してる。このチャット画面を開くのにも三回もパスワード入れないといけないんだよなぁ。顔も名前も年齢も性別も知らない相手。向こうは俺のことで知らないことなんかないんだろうけど。


《風 そうなんだ。二人ともがっくりきててさ……》

《風見鶏 同じ時代の空気を吸っていた人間が減っていくのは、寂しいものだというよ。》


《風 年の瀬だからさ。何かこう、いろいろ考えてしまうんだろうな、とは思うんだけど。》

《風見鶏 だから風、きみを話し相手に望むんだろう。きみは楽しい人だから。》


《風 それならいいんだけどさ……》

《風見鶏 ご老人方を励ましたい?》


《風 うーん……下手に励ましても、逆効果だろうし……》

《風見鶏 気分転換ならできるだろう、風》


《風 そうだなぁ。今度あの二人合同の話し相手依頼がきたら、映画にでも誘ってみるかな。》

《風見鶏 映画か。映画ではないが、こういうものがある》


そうして教えてくれたURLは──。




Yeeyahooooooo! Hay hooooooo!

Tow ball same time!


「おお、染太郎、英語堪能だね!」

「染之助もノッてるな! こりゃ絶好調だ」


大仏のご隠居、神埼の爺さんが大喜びで見てるのは。


Hai hai yeah!

One ball and two stick!

Yeah oooo!

How…play Dobin! Japanese tea pot!


アメリカはABCテレビの古い動画から、


Heaaah! yoh!

It's a magic stick.

Hoy! hoo!

Turn round spin spin.


「土瓶回し、すごいね!」

「ああ。二人とも、向こうの芸人みたいだ!」

「掛け声に違和感ないね!」

「ないなぁ! 染太郎の衣装、粋だな!」

「お洒落だね」


ハリウッド・パレスの舞台に立つ海老一染之助・染太郎。


「染之助、投げキッスで終演とは。ふう……こんな昔にアメリカに行ってたのか。知らなかったね」

「知らなかったなぁ……」


今日は神埼の爺さんちで動画鑑賞会。四分と三十秒ほどの短い動画を見ているあいだ、二人は大興奮だ。


「今のテレビはこういうのも見られるのか。俺は興味がなかったから知らなかったな」


神埼の爺さんがインターネット動画サイトの画面をものめずらしそうに見ている。


「うちのテレビでも見られるのかな?」


大仏のご隠居が聞くので、見られるはずですよ、と教えておく。


「お、大仏さん、傘回してるのもあるぞ」

「ああ、本当だ。これも見よう」

「ああ、見よう」


眼をキラキラさせてるご老人たちに、俺はほっとした。しかし、<風見鶏>もよくこんな動画知ってたなぁ。さすが、<ウォッチャー>。情報の監視者。


「しかし、なんだな、神崎さん」

「なんだい、大仏さん」

「この、染之助・染太郎の掛け声、あらためて英語で聞いてみると、あれに似てないかい、ほら、能の鼓のさ」

「ああ、そうかもしれん。うん、似てるっていうか、そのものじゃないか?」



イヨォーッ! カッポンカッポン

ホォッ! ハァーア! カッポンカッポン 

ホーォ! カッポン



俺も頭の中で今まで聞いたことのある鼓の演奏(っていうのかな?)を再生してみた。本当だ、大仏のご隠居の言うとおりだ。


「芸事の間っていうのは、万国共通なのかもしれないね」

「そうだなぁ……」


二人でしみじみしている。


「お染ブラザーズは、世界に通じる太神楽師だったんだなぁ」

「ああ……」

「こうやって元気な頃の二人を見てると、元気が出てくるね」

「ああ。変に沈んでるのは失礼な気がしてきた」


よし、見よう、もっと見よう、と俺に動画サイトの操作を急かせてきた。二人がうれしそうなので、俺もうれしくなってくる。


ありがとう、染之助・染太郎師匠! 俺が無理に盛り上げる必要もなく、俺の大切な顧客様たちが元気になってくれました。


天国で、いつまでも仲良く!



<風見鶏>は『一年で一番長い日』にメインで出てきます。

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□■□ 逃げる太陽シリーズ □■□
あっちの<俺>もそっちの<俺>も、<俺>はいつでも同じ<俺>。
『一年で一番長い日』本編。完結済み。関連続編有り。
『古美術雑貨取扱店 慈恩堂奇譚』古道具屋、慈恩堂がらみの、ちょっと不思議なお話。
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