ある日の<俺> 2017年12月14日。 咳とぎっくり腰は相性が悪い
今日は寒い。とにかく寒い。曇り多めの晴れだけど、気温が全然上がらない。
そんな日なのにかそんな日だからか、体調を崩す人も。
「ほら、お粥できましたよ」
「ごほごほ……すまないねぇ、何でも屋さん」
「それは言わない約束じゃないですか、後藤さん」
どこかから、悲しい音楽が聞こえてきそうな会話をしているのは、俺と後藤さん。
「いや……今日は朝っぱらから急に電話したから……。犬の散歩中だったんでしょ? 悪いねぇ……」
後藤さんはこの春からの単身赴任者。俺の住んでる事務所兼自宅のボロビル近くのマンションに住んでて、よく顔を合わせる人なんだけど、昨夜からの冷えで風邪を引いた上に、これも冷えのせいかぎっくり腰を併発。溺れる者は藁をもつかむで、顔なじみの何でも屋、俺に助けを求めてきた。
朝、起きてトイレに行こうとベッドから下りたとたん、ぎっくり。
それだけだったらまだ自力で何とかなったそうだ。前に二回ほどなったことがあって、クセになったかもしれないからと、湿布と痛み止めの備えは怠っていなかったらしい。痛むときの動き方なんかの要領はわかっていたから、トイレはかろうじて済ますことができたものの。
「咳、するたび痛くって、もう……」
想像するだに、痛そう。
「ダブルパンチですもんね──。会社には、もう連絡したんでしたっけ?」
ゆっくりお粥を啜りながら、力なくうなずく後藤さん。
「風邪はともかく、ぎっくり腰って言ったら笑われて……まだそんな年じゃないだろ、とか言われても、なるもんはなるんだよ……」
「人の痛みを笑ったら、次は自分が痛くなるっていいますよ」
「そうだといいねぇ……」
ははは、と空笑いした後藤さん、次はまたげほげほげほ。慌てて背中をさする。お粥、食べ終えててよかった。
「はぁ……さっき痛み止め服んだから、風邪薬服めないしなぁ……」
「やっぱり病院へ行きます?」
痛くて辛くて動くの嫌だと、イヤイヤする。──大人だって、たまにはイヤイヤしたいときがあるよな、うん。
「幸い、湿布とかあるし。前になったのと同じような感じだから……湿布貼って安静にしてれば……」
まあねぇ……熱より咳だしなぁ。ぎっくりか、咳か、片方だけならまだよかったのに。
「でもねぇ、後藤さん。こんな寒い部屋にいちゃあ、治るものも……」
エアコン、壊れてるんだって。
「夏さえ過ごせれば、冬はなんとかなると思ってた……」
ごほ、ゴホゴホゴホッ ──咳をしながら言われても、説得力がない。気持ちはわかるけどさ。でも、暖房をしないエアコンは、エアコンじゃない。ただのクーラーだ。この部屋には早急に暖房器具が必要だ。
「うちのストーブ貸しましょうか? 石油ストーブだけど」
使ってるけど、エアコンと併用だから、数日貸すくらいはかまわない。近所だし。
「いや……このままじゃ冬が過ごせないって、しみじみ骨身に沁みたから、もう買う。買ってやる! 何でも屋さん、お代はもちろん払うので、買ってきてください……」
ごほげほごほっ。……大丈夫かなぁ……。
「買うっていっても、どんなのを──」
石油ストーブに電気ストーブ、ガスストーブに石油ファンヒーター。色々だ。
「ほら、そこの商店街の電気屋さん。あそこ、いまセールやってるでしょ?」
「ああ、やってますね」
新聞の折り込み広告で見たらしい。気にはなってたんだろうな、暖房器具。
「目玉商品の、石油ファンヒーター。あれを……」
「わかりました。灯油も一緒に買ってきますね。灯油タンクに、ポンプに──」
「けっこうな出費だなぁ……はは」
「初期投資はしょうがないですよ」
俺は苦笑い。今回は何でも屋仕事料も必要だしな。
「いや、でも何でも屋さんのお陰で助かります。看病までしてもらえて。自宅は飛行機の距離だし、ストーブ代ケチって風邪引いたなんて妻に知られたら、怒られるしねぇ……」
「ははは……」
奥さんは心配性だと聞いてるから、本当は心配かけたくないだけなんだろう。
「じゃあ、ちょっと時間もらって──すみません、他にもちょっと頼まれてることがあって。昼にはストーブ買ってきますね。灯油は、うちにあるのを一時お貸ししますから」
「いや、俺のが横入りなので……ありがとうございます。この状態を誰かが知ってくれてると思えば、心強いです……」
食器を手早く片付け、眠くなってきた、という後藤さんから鍵を預かり、何かあったら携帯に連絡くださいね、と言い置いて急いで自転車を取りに戻る。次は藤岡さんちの通販家具組み立てだ。工具取りに行かないと。それが終わったら、先に灯油取ってくるか。あ、電気屋のマダムに、目玉商品一台取り置きのお願いしておかなくちゃ。
いきなり忙しくなってきた。寒い寒い言ってる場合じゃない。風邪に気をつけて、今日も頑張るぞ!