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ある日の<俺> 2017年10月4日。  今年の中秋の名月

「梅の花は夜空の星」途中ですが、リハビリで投稿。

月の影があまりに濃くて、思わず空を仰ぎ見る。

たなびく薄い雲の向こう、くっきりと浮かぶまんまるお月さま。


輪郭がはっきりきっぱりくっきりしすぎて、鋭くすら見えてしまう。円いのに。


「どうしてかなぁ。鋭角、って感じだよなあ、ナツコちゃん」

「わふ!」


そんなことより歩こうよ! とでも言うように返事してくれるナツコちゃんは、超大型犬のセントバーナード。どっしりと太い四足を振り回し、跳ねるように歩いてる。とても楽しそうだから微笑ましいけど、リードを握るほうからすると……。


「わん、わふん!」

「……そうかい、楽しいかい」


引っ張られて大変だけど、ま、いいか。飼い主さん、今朝は散歩に連れて行けなかったって言ってたし。はしゃいでもしょうがないな。


アスファルトの上に、ナツコちゃんの黒い影が踊る。伸び縮みするリードの影、引っ張られて泳ぐ俺の影。


たまに出会う犬友だちと「暗くなるのが本当に早くなりましたねぇ」なんて挨拶を交わしていると、互いに連れている犬たちの影も路上で絡まって、何か犬どうしの会話をしている。


お、向こうから来るのはマツちゃんタケちゃんのチワワ兄弟。ナツコちゃんの天敵だ。


「こんばんは、梅木さん」

「あ、何でも屋さん。こんばんは」


お互い、慌ててリードを抑える。ナツコちゃんに近寄ろうとするチワワ兄弟と、怯えて逃げようとするナツコちゃん。


「ナツコちゃん、相変わらずうちの子たち苦手ですね」


あはは、と飼い主の梅木さんが苦笑いする。


「マツちゃんとタケちゃんはナツコちゃん大好きみたいなのにねぇ。だけど、ナツコちゃん小さい子が怖いみたいで」


小さい子というか、小さいのに覇気が強く、大きく吠えるチワワ犬が苦手のようだ。同じような大きさの超小型犬でも温和しい子だと、匂いを嗅ぎあう犬挨拶のあと、べろんと舐めて転がせて、ごめんね、というように慌てていることがあるし、その後も仲良くしてる。


でも、マツちゃんとタケちゃんだと逃げるんだよなぁ。


「犬でも、まあ相性がありますもんね」


ナツコちゃんはその二匹だけがダメなんですとは言えずにそう言うと、梅木さんは諦めたように首を振る。


「そういうんじゃなくて……多分、初対面が悪かったんですよ。──ナツコちゃんがどっちかの匂いを嗅ごうとちょうど頭を下げたところに、何でかこいつらがナツコちゃんの垂れた両耳に潜り込むような形で同時に吠えて……。その時、妙なステレオ効果にでもなって、ものすごくびっくりしたんじゃないかな、って思ってます」


あの時は大変でしたよ、と梅木さんは苦笑する。ナツコちゃん、飼い主さんの手を振り切って一目散に家まで逃げ帰ってしまったらしい。それを追いかける飼い主さんの背中を見送りながら、本当に申しわけなくてどうしようかと思ったと。


「苦手がられても、こいつらの自業自得ですよ」

「そういうことがあったんですか……」


そりゃしょうがないですね、と笑いながら、お互いさり気なく犬を遠ざけたまますれ違う。名残惜しそうに立ち止まって「あそぼー、あそぼー」と吠えるチワワ兄弟、ついに飼い主にダブル抱っこされてしまった。


遠ざかる影、梅木さんの肩のあたりで小さい影がぴょこぴょこ動く。距離が開いて落ち着いたのか、振り返る頃には遊ぼうコールも止んでいた。


「くーん……」


上目遣いでこっちを見るナツコちゃん、らしくないぞ。


「苦手な相手がいてもいいんだよ。喧嘩さえしなきゃ、無理に仲良くしなくても……もしかして、本当は仲良くしたいのかな?」


「わふん……」


小さい子と仲良くしたいと思っても、あの松竹コンビの声を聞くと、その時のこと思い出しちゃうのかもしれないな。


「条件反射ってやつか」


呟くと、不思議そうに首を傾げながらも尻尾を振る。


「一度怖い思いをしちゃうとな……しょがないよ。どっちも悪くない。ほら、行こうナツコちゃん。人の少ない公園コースをちょっと走っちゃおうか?」


軽くジョギングふうに走りかけると、逆方向に引っ張られた。そっちじゃなくて仲良しわんこのお宅のある駅前コースがいいらしい。ダメダメ、遠回りになるから。俺、この後またグレートデンの伝さんと散歩しがてら、そっちの飼い主さんちの隣の子、塾までお迎えに行かなきゃならないから。


「ダメだって、ナツコちゃん。こら!」


さっきまでの恐怖と困惑から切り替え早く、違う道に興味の移ったナツコちゃんを、必死に抑える。──くっ、力が強い……。う、道の端っこって何でこう舗装がデコボコ……あ、踵引っ掛かった。


ぴんと張ったリードに尻もちをつくように、そのまま地面に転げ込む。が、右手に握ったリードは離さない。リードを身体で下敷きに、そのままナツコちゃんを俺の左側に固定。よし、自分を重しにしてはしゃぐナツコちゃんを止めた。俺、頑張った。


あー、背中のアスファルトが冷たい……と思いながら起き上がろうとすると、どうしたの? 大丈夫? というように、ナツコちゃんが俺の胸に前足をどんと置いて顔をぺろんぺろんと……重いよナツコちゃん。ちょ、動けない……。


しょうがないなぁ、と思いながらふと横を見ると、側溝とアスファルトの切れ目から束になって立ち上がった彼岸花。昼間ほど真っ赤に見えないけど、この角度からだと月に映えて神秘的……。


きれいだなぁ、とナツコちゃんを左手で撫でながらぼーっとその光景を見ていると、何やら悲鳴が。あ、そうか。知らない人が見たら猛犬に襲われてるみたいだもんな。いかんいかん、そう思い、そろそろ落ち着いたナツコちゃんの鼻を手のひらで抑え、立ち上がる。


「だ、大丈夫ですか?」


離れたところから、見知らぬ通行人が声を掛けてくれる。彼の足元の影まで恐怖に縮こまっているみたい。


「すみません。うっかり転んじゃったら犬が心配してくれて。ちょっとお転婆なだけで、気の荒い犬じゃないので大丈夫ですよ!」


な、ナツコちゃん、と言いながら、俺たち仲良し! とばかりにでっかい頭と垂れた耳をがしがし撫でる。ナツコちゃんはべんべろ俺の顔を舐め、わふわふと尻尾を振ってうれしそうだ。──こら、跳びつこうとするな。よーし、抱っこしてやるぞ! ……重い。くっ! でも、抱っこすると大人しくなるんだよな、ナツコちゃん。


「ちゃんとリードは握っているので、どうぞ」


に、にこっ! と笑ってみる。ここ街灯弱いけど、月が明るいから表情も見えると思う。


「いやあ、はは……」


別に犬嫌いじゃないんですけどね、ちょっとびっくりしただけで、とか何故か言い訳していくバイト帰りの大学生っぽい青年。分かるよ、勘違いしちゃってちょっと気まずいよね! でも、今のはこっちが悪いんで、気にしないでくださいな。


重いナツコちゃんを抱っこしたまま青年を見送り、数歩歩いて方向転換。今度こそ公園コースに向かう。地面に降ろすと、とたんにまたテンション上がるナツコちゃん。


「ほら、ナツコちゃん。こっちからジョギングして帰るよ。飼い主さん、今度の休みにドッグランへ連れて行ってくれるって言ってたぞ。だから今日はこれで我慢な」


けっこう歩かせたんだけどな。まだ若犬のせいか体力あるよなぁ。


明るい月の下、リードをしっかり握って公園コースをゆっくり走る。ところどころ、びっくりするような場所で固まって犇くように咲いてる彼岸花たちに励まされながら。犬といると、本当に色んなものに気づくことが出来るなぁ。次の伝さんとの散歩では、どんな光景が見られるだろう。


今日は中秋の名月。


600字~700字の小話のつもりで始めたのに、長くなりました。

「梅の花は夜空の星」後編を書くにはもう少しかかりそうです。

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□■□ 逃げる太陽シリーズ □■□
あっちの<俺>もそっちの<俺>も、<俺>はいつでも同じ<俺>。
『一年で一番長い日』本編。完結済み。関連続編有り。
『古美術雑貨取扱店 慈恩堂奇譚』古道具屋、慈恩堂がらみの、ちょっと不思議なお話。
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