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ある日の<俺> 2016年11月20日。 四つ辻の赤い薔薇 前編

ちょっとホラーになってしまいました。

気温が高いわけじゃないのに、なんだか蒸しっとする。降ったり止んだりの妙な感じの天気。雨に濡れた街路樹の紅葉も、物憂げに項垂れていて重たそうだ。


そんな中、道のど真ん中に落ちてる赤い薔薇。


全体的にモノトーンの世界に、たった一本だけでもの凄い存在感。庭で咲いてるようなやつじゃなくて、花屋の薔薇だと思う。大ぶりの花に、トゲの除かれた茎。


「落し物……?」


投げ捨てておいて、あとで拾いに行こうぜとかいう話でもないだろうし。手掛かりを求めてあちこち見回してみたけど、当然というか、そんなものは見当たらない。ここはちょうど十字路で、どっちの方向に落とし主が進んだのか、見当もつかない。


このまま放置してもいいようなものかもしれないけど、せっかくの綺麗な花が車に轢かれてぐちゃぐちゃ、というのも忍びない。拾っておくか? むさい独り暮らしの男の部屋に真っ赤な薔薇が一輪、っていうのもアレだけど、路上で萎れて轢かれて踏まれるよりマシだろう。コップにでも挿しておくか。


そう思い、拾おうと屈んだ時、ふと額田のお婆ちゃんから聞いた話を思い出した。


──四辻に、お金が落ちてても拾っちゃダメよ。誰かが自分の厄をそれにくっつけて、わざと落としてるかもしれないから。


真剣な顔で言ってたから覚えてる。えっと、何だっけ。価値のあるものに厄を移して捨てて、それを拾った人に自分の厄を押し付けるまじない、だったっけ。


「でもこれ、お金じゃないし……」


灰色の、雨もよいの空の下、道に落ちてる薔薇の赤があんまり鮮やかで。どうしても目が惹かれてしまう。


「拾う価値、有り、だよなぁ。ってことは、やっぱり拾わないほうがいいのかな……」


こんなところで時間を潰している暇は無いし、見なかったふりして放置するべきか、と思ったとき、向こうから車が走ってくるのが見えた。あ、轢かれるのはやっぱり可哀想かも。そう思い、とっさに薔薇を拾ってしまった。


脇に退いて、車を見送る。


「……」


手の中の薔薇は、落とされてから、あるいは置かれてから一度小雨を浴びたようで、濡れている。


「せっかくきれいに咲いたのに、かわいそうだな、お前──んー、茎を水切り、だっけ。水の中で切断面が大きくなるように斜めに切ると花の水揚げが良くなる、だったかな。ちょっと草臥れかけてるけど、まだ間に合いそう」


以前、庭で薔薇を咲かせてる坂本の奥さんに聞いたことを思い出しながらふと顔を上げると、視界の隅に何か気になるものが過った。


「……?」


薄墨で描いたような住宅街の風景に、ぽつん、と赤い色。


「!」


薔薇だ。進行方向の角に、また薔薇の花が落ちている。目に染み入るような紅い、赤い薔薇の花。反射的に手の中を見ると。


「え……?」


無い。さっき拾ったはずのものが無い。

視線を戻すと、道の向こうにやっぱり赤い薔薇。


「……」


わけが分からない、と思う間も無く、全身に鳥肌が立った。怖い。いつも不可解な目に遭った時唱える「全ては気のせい気の迷い」のおまじないが間に合わない。


違う道を通ろうと振り返ると、そこにもまた赤い薔薇。塀の上に乗っている。


「……」


俺は無言で歩き出した。前だけ見ていた。目の隅にちらちら現れる赤い色に、追い立てられているようだ。走り出しそうになるのを耐える。取り乱しちゃいけない。そう思い、必死に歩く。風の音が聞こえる。遠くのほうで荒れ狂っているような音だ。実際には、風はそよとも吹いていない。


心臓が嫌な感じに脈打ち、頭まで響くよう。じーん、という耳鳴りに重なって、風の轟く音が脳内を荒れ狂う。


後ろを振り返ることは出来なかった。赤い薔薇が追いかけてくる。いつしか目の前全てが赤くなる。これは夕焼けよりも赤い。いつか映画で見た血の奔流を思い出す。エレベーターの扉の隙間から迸り出て、飛沫を上げながら押し寄せて来る赤黒い血。その波に洗われて一瞬視界が閉ざされた後は、目の粘膜に血が張り付いたかのように、全てが血の色に見える。


おぞましくも美しい、吸い込まれてしまいそうな……。


ウオオオオオオオオオオ~~!


突然耳に飛び込んできた犬の遠吠えが、赤い世界を切り裂いた。

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□■□ 逃げる太陽シリーズ □■□
あっちの<俺>もそっちの<俺>も、<俺>はいつでも同じ<俺>。
『一年で一番長い日』本編。完結済み。関連続編有り。
『古美術雑貨取扱店 慈恩堂奇譚』古道具屋、慈恩堂がらみの、ちょっと不思議なお話。
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