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ある日の<俺> 2016年11月14日。 もうひとつの「スカボロー・フェア」

どこからかギターの、もの寂しい曲が聞こえてくる。


これは……聞き覚えがあるように思うんだけど、メロディがちょっと違うかもしれない。でも似てると思う、スカボロー・フェア。良く聞くサイモン&ガーファンクルのを主旋律としたら、これは福旋律? 音楽に詳しいわけじゃないけど。


原曲に近いのかな?


あ……途切れた。もっと聞いていたかったのに。


首から垂らしていた手拭いで、滲み出た額の汗を拭く。雨の後の土は軟らかく、細かい雑草を毟りやすい。夏みたいに暑くないし、真冬みたいに寒くもない。うっかり尻をついて濡れる心配さえなければ、なかなかの草むしり日和だ。


また、降るかな? 俺は遠くの空を見やった。濃い灰色と薄い灰色。本日の降水確率、五十パーセント。今のところ、降りそうで降らない感じ。


まあいいや。あともう少し。──ん? あんなところにゼニーが。手強い雑草、というか雑苔、ゼニゴケ。最初にざっと見たとき気づかなかった。愛称つけても可愛くない。毟る実感無いのが嫌だよな。同じしつこいのなら、まだカタバミ毟るほうがマシ。


やれやれ、と思いながらちまちまとゼニゴケを毟っていると、またあのギターの音が聞こえてきた。さっきと同じ曲。練習かな? いい音色だなぁ……。サイモン&ガーファンクルの歌声を思い出す。こっちの曲でも同じ歌詞で歌えそう。


パセリ、セージ、ローズマリーにタイム。


魔除けの言葉だっけ? 謎めいた歌詞に、意味不明に繰り返されるハーブの名前。ハーブって雑草だよな。生えてほしいところに生えて、人の役に立つならハーブ。でも、生えて欲しくないところに生えたら雑草。


ゼニーのヤツも、使いどころがあったらハーブの仲間入り出来たかもな。苔だけど。ドクダミはハーブに入りますか? なんてつまらないことを考えて、うっかり笑いそうになる。


その時、ひゅうっと風が吹いて、耳元で何か聞こえたような気がした。


「パセリ、セージ、ローズマリーにタイム」


咄嗟にそう声に出して、ハッとする。何だったんだろう、今の。


「……」


思わず周りを見回すけど、おかしなものは何も無い。


『スカボロー・フェア』の歌詞は、悪霊だか妖精だかに謎掛けをされた旅人が、下手に返事をしたら異界に連れ去られてしまうために、何を言われてもひたすら魔除けの言葉を繰り返して耐える様子を歌っている、とこの歌が好きだった友人に聞いたことがある。


俺、もしかして今何者かに謎掛けをされて異界に連れ去られそうになってた? 


──なーんてね。疲れてるのかな、考えすぎ。にっくきゼニゴケも毟り終えたし、片付けして顧客に挨拶して、帰ったら熱いお茶でも飲もう。……あんなきれいでもの悲しい曲が聞こえてくるもんだから、ちょっと脳内ファンタジーしちゃったんだろう。


ギターの音は、いつの間にかまた聞こえなくなっていた。




今日はその後、頭の中でずっとあのメロディ違いのスカボロー・フェアの曲が流れていた。何ということもないけど、不思議な余韻の残る秋の日だった。

狐につままれたような……。

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□■□ 逃げる太陽シリーズ □■□
あっちの<俺>もそっちの<俺>も、<俺>はいつでも同じ<俺>。
『一年で一番長い日』本編。完結済み。関連続編有り。
『古美術雑貨取扱店 慈恩堂奇譚』古道具屋、慈恩堂がらみの、ちょっと不思議なお話。
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