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ある日の<俺> 2016年11月11日。 窓辺に花を

昨夜は雨の音で目が覚めて、少し冷えた。


そろそろ、湯たんぽの季節か。そう思いながら寝る前に脱いだジャケットを着て寝直したけど、顔を洗う水が、今朝はことに冷たく感じた。


早朝の犬散歩で身体を温めたあとは、顧客の指定エリア内街路樹の濡れ落ち葉掻きをし、昼前の現在、竹田のお婆ちゃんちの模様替えを手伝いながら、世間話。


「へえ、電気座布団を」


「布団で使うものじゃないけど、足元にちょうどいいのよ。湯たんぽもいいんだけど、足を乗せにくいしねぇ。とにかく足が冷えて冷えて困るの」


「電気毛布じゃダメなんですか?」


冬物のカーテンに一緒にフックを取り付けながら、そんなことを話してる。


「電気毛布はねぇ、温かいけど乾燥しすぎて辛いの。朝起きたら、鼻から喉から乾いてカラカラ」


「そんなに乾燥しますか?」


俺、電気毛布使ったことないから分からないんだよな。想像しにくくて、うーん、と考えていると、竹田さんは微妙な表情でふふっと笑った。


「昔はそんなことなかったのよ? それがトシとともにねぇ……。若くても、敏感な人はダメみたい。朝起きると口の周りが乾燥して、薄皮がぺりぺりってめくれちゃうんだって。だからもう絶対使わないって、うちの孫が」


その母親の、私の娘は平気らしいんだけど、と竹田さんは不思議そうに首を傾げてる。


「まあ、ああいうのは個人差があるみたいですからね、さて、と」


フックを取り付け終えたので、俺は嵩張るカーテン布を抱えて立ち上がった。


「じゃあ、これ、レールランナーに引っ掛けていきますね」


フローリングのカーペットはもう取り替えたから、次はカーテンの交換。濃いレンガ色を基調に、落ち着いた色合いでつる草と鳥の模様。暖かそうだな。


「お願いするわ。窓が大きいと夏はたまらなく暑いし冬は本当に寒いの。カーテンの取り替えにも苦労するし」


作業する背中にそんな声を聞きながら、俺は苦笑した。よそ様のお宅の不満に同意するわけにもいかない。


「でも、そのぶんお部屋が明るくていいじゃないですか。窓辺に花の鉢を置いてみてはどうでしょう? セントポーリアとか、種類もいっぱいあってきれいですよ。あれは確か室内栽培が適してたはず」


冬ならシクラメンとか、シャコバサボテンとか、ポインセチアもこれからクリスマスっぽくていいですよ、と言いながら、取り付けたカーテンを開けたり閉めたりして不備のないことを確かめる。


「さて、出来上がりです。交換したカーテンとカーペット、クリーニングに出しておけばいいんですね?」


「ええ。お願いするわ。商店街手前に<星屋>っていうクリーニング屋さんあるの知ってるでしょう? いつもあそこに頼むの。配達してくれるからありがたくて」


「ああ、<星屋>さんね。分かりました」


仕事料ももらったし、じゃあこれで、と紐で縛ったカーテンとカーペットを両手に持って勝手口に運ぼうとしていると、声が掛かった。


「ねえ、何でも屋さん。今日でなくてもいいんだけど、おすすめの鉢花を買ってきてもらえないかしら」


「え? 俺が選んでいいんですか?」


「何がいいのか分からないし……園芸に興味持ったこと、なかったのよ。でも、さっき部屋が明るいって褒めてくれたじゃない? 私ね、この家の大きな窓のこと、ずっとよく思ってなかったんだけど──」


南向きだから、夏は本当に暑くて嫌だったの、と苦く笑う。


「だけど、いいところもあるのよね。嫌だと思うばかりで、私は気づいてなかったわ。それを教えてくれた何でも屋さんなら、あの窓に似合う花を選んでくれる気がして」


俺、いいところ探ししただけなんだけど、そんなふうに感じてもらったなんてうれしいな。


「分かりました! 竹田さんに喜んでもらえそうなの、探してきますね」


お願いするわ、と竹田さんが微笑む。俺、責任重大だな。初心者にも育てやすい花、商店街の花屋さんに聞いてみよう。


明るい窓辺で咲く花、いいよな。冬見る花は、どれも暖かい色をしている気がする。

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□■□ 逃げる太陽シリーズ □■□
あっちの<俺>もそっちの<俺>も、<俺>はいつでも同じ<俺>。
『一年で一番長い日』本編。完結済み。関連続編有り。
『古美術雑貨取扱店 慈恩堂奇譚』古道具屋、慈恩堂がらみの、ちょっと不思議なお話。
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