表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

447/520

ある日の<俺> 2016年9月26日。  柴犬チカちゃん第六感 前編

空は明るいけど、曇。今朝はそんな天気。


雲は不規則に薄くなったり厚くなったり。また雨が降るのかな、と思っていたら、砂かけ婆ならぬ、水かけ婆がいるみたいに、パラパラッと降った。以降は何も無し。今日はどうやらこれで降り止め?


二頭めの犬の散歩を終えた帰り道、空を気にしながら歩く。出掛けに回してきた洗濯機が止まってるだろうから、干さないと。屋上に干すか、屋上手前の踊り場というか階段室で干すか。悩ましいところだ。


このところ雨ばっかりで、全然外に干せなかったからなぁ……洗濯物、やっぱり日に当てたいよな。だけど雨になったら困るし……。


うーん、と思いながら公園前まで来たら、向こうからやってきたのは柴犬の、あれはチカちゃん? いつも飼い主さんお手製の刺繍入り首輪をしてるからすぐ分かる。っていうか、飼い主の寺井さんはどうした?


「わんわん!」


俺の顔を見て吠えるチカちゃん。何だ? 


「チカちゃん、どうした?」


「わん!」


ついて来い、というように、少し行っては立ち止まって俺を待つチカちゃん。これは……もしかして、寺井さんに何かあったのか?


たったか走っては、こっちを見るチカちゃん。それを追う俺。いつも散歩の時しか会わないけど、寺井さんのお宅はこっち方面だったのか。けっこう遠くから来てたんだな……。そんなことを思いながら追いかけていると、チカちゃんは古い石塀の前で止まった。ひと声「わん」と吠えて、犬一匹くらいしか通れないような隙間から中に入って行く。


俺はそこからは入れないよ、チカちゃん。


しょうがないから、塀の切れ目を探す。門扉は閉まっていた。インターホンを見ながらちょっとの間悩む。チカちゃんに誘導されてここまで来たけど、何て言おう……いや、迷ってる暇は無いのかもしれない。何も無ければチカちゃんがあんな行動を取るのはおかしい。


ピンポーン


……返事が無い。


ピンポーン


どうしよう、寺井さん、家の中で倒れてたりするのかな……。


ピンポーン


助けを呼ぶとして、何て説明すればいいんだろう?


ピンポーン


寺井さん、高齢だし……


このあたりの町内会長さん、誰だろう。そこへ行って相談してみようか。でも面識無いし……。今のままじゃ、俺不審者だ。


ピンポーン


「……」


もう一回インターホンを鳴らしても返事が無いなら、これはもう交番のお巡りさんに事情を話してみるしかないかな……。


ピンポーン


『はい』


ようやく応答があった! 聞き覚えのある声だ。犬の散歩時に会えば挨拶する、寺井さんの声。良かった、無事だったか。


「おはようございます。あの──」


『あら、その声は……散歩の時によく会う、何でも屋さん?』


ひと言だけで分かってもらえた。交わす言葉はたいがい「おはようございます」か「こんばんは」だもんな。


「そうです。えっと、その、チカちゃんいますか?」


『チカ?』


「はい。実は──』


物言いたげに現れたチカちゃんに、ここまで先導されてきたことを伝えた。


「お家まで来たら、壁の隙間から中に入って行ってしまって……。もしかしたら飼い主の寺井さんに何かあって、助けを呼びに来たんじゃないかと心配になりまして。不躾ながら何度もインターフォンを鳴らせていただいたんです」


『あら……』


驚いたように声を詰まらせた後、その場で待っていて欲しいと言われたので承諾した。ま、ちょっと洗濯物を干すのが遅れるだけだし。


玄関のドアが開いて、寺井さんが姿を見せる。と、裏のほうからチカちゃんが走ってきた。尻尾をふりふり、飼い主が門扉を開ける様子をじっと見ている。


「あらあら、チカったら勝手に外に出ちゃったの? 悪い子ねぇ……ごめんなさいね、何でも屋さん。多分、私に助けが必要だと思ったのよ」


いつもはこんなことしないのよ、と言う寺井さんによると、今朝、二階の照明器具の蛍光灯が切れて、今もそれを取り替えようとしていたらしい。


「私、こういうのが気になってしまう性質(タチ)で……、換えはあるから、古いのと交換しようと思ったら、どうしても上手くいかなくて」


以前の照明器具なら自分で付け替えられたのに、と困ったように笑う。


「主人は土曜日から旅行に出てるし、息子夫婦は出勤したし、孫は学校だしね。誰かが帰るまで置いておけばいいのかもしれないけど、あの子たちだって疲れてるし、私に出来ることならやろうと思ったのだけど……、やっぱりトシね、新しいのは分からないわ」


インターホンになかなか出られなくてごめんなさい、と丁寧に謝られて、俺は慌てた。


「いえいえ。こんな朝から連打するのも本来は非常識なことですし。寺井さんに何事もなくてよかったです」


で、まあ。せっかくチカちゃんに頼まれたことだし。


「良かったら、俺が交換させていただきましょうか?」


「お願いできるかしら? 本当にもう、チカがごめんなさいね」


ようし、顧客ゲット!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
□■□ 逃げる太陽シリーズ □■□
あっちの<俺>もそっちの<俺>も、<俺>はいつでも同じ<俺>。
『一年で一番長い日』本編。完結済み。関連続編有り。
『古美術雑貨取扱店 慈恩堂奇譚』古道具屋、慈恩堂がらみの、ちょっと不思議なお話。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ