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ある日の<俺> 2016年9月24日。  曖昧天気は部屋干し推奨

今日も天気が不安定。いつ降るか分からない空模様。


なのに、何故こんな日に外に洗濯物を干して行ったのか、名田さん。出先で降り出して大慌て。こっちは降ってないですか、って、降ってないですよ。そろそろ来そうだけど。


『すみません、取り入れておいてもらえませんか?』


携帯から聞こえる声は焦ってる。


「いいですけど……どこへ置いておきますか?」


こういう場合は屋根つき駐車スペースへ、というのが殆どだけど、聞いてみると名田さんちはアパートの二階だという。ベランダに干して行ったらしいけど……、置き場所の前にどうやって俺はベランダへ?


「えっと、玄関のドア、鍵閉まってますよね?」


まずベランダまで到達出来ませんよ? と問題点を指摘すると、名田さんは大丈夫ですと言う。


『玄関ドアの脇、右下足元のタイルを外すと、そこに合鍵があります。それで開けて入ってください』


「え? それってすぐ分かります?」


『分かります。タイルの柄がね、跪いてよく見ると魚の形に薄くヒビが入ったように見えるんです。表面だけなので割れる心配は無いんですが、とにかく、それを外すとすぐ鍵が見えるはずです」


植木鉢の下とか、郵便受けの裏側にガムテープで貼り付けたりとかは聞いたことあるけど、タイルの裏側とは斬新だ。……鍵の厚みのぶん、タイルを嵌め直す前に掘ったりしたのかな。


「了解しました。もし分からなかったら、今の番号に掛けてもいいですか?」


『はい。無事取り入れ終わったらそれも連絡していただくとありがたいです』


「分かりました……ただ、そういう形の隠し場所だと合鍵を元のようにきれいに戻すのは難しいかもしれないので、作業が終わったら玄関の上がり框にでも置いて出ていいですか? オートロックなんですよね?」


アパートの住人で無い俺が、依頼主とはいえ他人様の玄関先でごそごそしてるところをもし他の住人に見られたら、不審者と思われるかもしれないからな。


『それで結構です。とにかく、お願いします──正直、洗濯物が濡れたって別に構わないというか、うかつな自分の自業自得ということで諦められるんですが、一緒に干したぬいぐるみ、これだけは雨に濡らすわけにはいかないんです……』


亡くなったお祖母さんの形見だそうだ。大事にしていたのに、今朝うっかりお茶をこぼしてしまい、洗濯物と一緒にベランダに干して乾かそうとしたのだという。


『天気予報を確認しなかったのが悔やまれます。俺の代わりに、雨が降る前に部屋の中に取り入れてください。テーブルの上にでも座らせておいてもらえば……』


「分かりました。こっちもそろそろ空が怪しいので、これからすぐ出ますね。後ほどまた連絡させていただきます」


そう言って俺は携帯での通話を切り、自転車の鍵を手に立ち上がった。名田さんから聞いた住所は、ここから自転車を飛ばして十五分はかかると思う。頑張って間に合わせねば。


いいトシをして、ぬいぐるみなんか気にするのは恥ずかしいと名田さんは思ってるみたいだけど、実は可愛いもの好きっていう男性もわりといるし。何より、お祖母さんの形見だというなら、雨に濡らしたくないと思うのは当然じゃないか。


空が暗くなってきた。あとどれくらい保つだろう。とにかく急げ、俺。これからぬいぐるみ救出作戦に入るぞ。洗濯物はついでいいそうだけど、俺の経験からすると、天気が良くないにも係わらず洗濯を強行するのは、そうしないと今日着るものが無いからだ。


名田さんが今夜穿くパンツのためにも、洗濯の取り入れも迅速に済ませよう。俺は雨でも干す場所があるからいいけど、独り暮らしの洗濯物って悩ましいよな。

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□■□ 逃げる太陽シリーズ □■□
あっちの<俺>もそっちの<俺>も、<俺>はいつでも同じ<俺>。
『一年で一番長い日』本編。完結済み。関連続編有り。
『古美術雑貨取扱店 慈恩堂奇譚』古道具屋、慈恩堂がらみの、ちょっと不思議なお話。
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