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ある日の<俺> 2016年9月16日。  名月と竜笛

昨夜は、きれいな月が見られた。


カーテンの向こうが何となく明るい? と思って見てみたら、はっきりと雲が切れて白い月が顔をのぞかせていた。せっかくだから屋上に上って眺めようかと思ったけれど、そんなことしてる間にまた雲に隠れそうだったから、そのまま見ていた。


月もさ、明るいんだよな……。俺の居住エリアは二階、といってもこの建物は普通の家屋とは違うから、二.五階くらいの高さにはなると思うけど、その程度でも少しくらいは見晴らしがいい。月明かりの下に建物がくっきり浮かび上がるのが見えるんだ。鈍い銀色に輝くのは、遠く近く点在する瓦屋根。


太陽は眩しいけど。月は明るい。


同じ“光り輝く円”でも全然違う。暗い部屋に灯された明かりは、直接見たら眩しいけど、白い壁に反射した光は柔らかい。それと同じことだと分かってはいるんだけど。


そんなふうにぼーっと、月と、窓から見える景色を眺めていたら、どこからか笛の音が聞こえてきたんだ。



ピョオオ~オオオオ~ ピィィ~ピョオオオオオ~……



こんな時間に笛の練習? そう思ってどこから聞こえてくるのか耳を欹ててみたけど、分からなかった。


そういえば、大学の時、趣味で雅楽の笛を吹いていた友人がいたなぁ。この笛の音は、彼の吹いていたあの笛の音に似ている、そう思った。友人が練習していたのは、確か『越天楽』。笛は……竜笛。


──竜笛は、低音から高音へと自由自在、天と地を縦横無尽に駆け抜けるかのような音色を持つ。「舞い立ち昇る龍の鳴き声」と例えられたところから、その名を持つようになったんだよ。



ピョオーオオー ピィィィーピョオオオー



竜笛について語った友人の言葉を思い出すと、この笛の音そのものが、龍のように自由自在に空を駆け巡っているかのように感じられた。地にこぼれた月の光が、笛の音に凝って龍の体を得、天と地の間を縦横無尽に駆け下り駆け昇って……。



ピィピョーオオオーオオオオーォォォー……



……あれ、途切れた。この曲は、この辺りを吹くのが一番難しいって友人は言ってたな。あれから彼は吹けるようになっただろうか、そんなことを考えているうちに、月も雲に隠れてしまっていた。


光も洩らさず、雲隠れした月……。


……

……


雲隠れって、源氏物語の光源氏が出家して後に亡くなるまでが書かれているとされる、存在しない巻の名前じゃなかったっけ──ああ、そうだ、思い出した。友人は大学を卒業してすぐに亡くなったんだった。会社から帰宅する途中、車に撥ねられて……。それを聞いたのはだいぶ後になってからのことだけど、亡くなったのは、確か今頃の、月のきれいな夜だったと……。


さっきの笛の音は、友人のものだったんだろうか。もう逢えないところに行ってしまったけど、そこでも彼はあんなふうに竜笛を練習してるんだろうか。


そんな感傷に浸りつつ、すっかり曇に覆われてしまった空をカーテンで遮って、そのまま寝てしまったんだけど……。


明るくなった今は、あれは夢の中のこととしか思えなかった。あと二夜ほどで満ちる白い月と、音が月の光を纏って龍の形に凝ったかのような、笛の音……。


友人は、秋の小菊が好きだと言っていた。田舎の実家の広い庭で、雑草に混ざって咲く野菊の白い花の、夜露に濡れ、月を照り返して輝くその儚い美しさが好きだと──。


昨夜は九月十五日、月は中秋の名月だった。でも、本当の満月は明日だ。夜空に雲が懸からなければ、夜露に輝く野菊の花が、今でも見られるのだろうか……。


露とこたえて、儚く消えてしまった友の魂が、安らかであれと俺は願う。

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□■□ 逃げる太陽シリーズ □■□
あっちの<俺>もそっちの<俺>も、<俺>はいつでも同じ<俺>。
『一年で一番長い日』本編。完結済み。関連続編有り。
『古美術雑貨取扱店 慈恩堂奇譚』古道具屋、慈恩堂がらみの、ちょっと不思議なお話。
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