ある日の<俺> 2016年9月8日。 カラオケで歌うクラシック?
今日は午前と午後の二回大雨が降った。微妙な雷鳴つき。
昨日も一昨日も一昨昨日も雨、雨、雨。この間、庭の水遣り仕事は休み。台風め。
そんなわけで、雨樋関係の依頼が多い。詰まったり、外れたり、割れたり。詰まったのは掃除すればいいし、外れたのは嵌め直して金具を締めればいい。割れたのは──径を調べてホームセンターまで買いに行く。部品的に短い部分で良かった。
せっせと取り替えて、本日の雨樋屋さんは終わり。もう夕方だ。水遣り仕事も無いし、犬の散歩に行くまで時間が開いたな、と思っていたら。新規さんから仕事が入った。
何でも屋のお仕事、その一、じゃなくて、適当にその十六くらいかな。カラオケのお供。独りカラオケが好きな人も多いけど、反対に苦手な人もいる。そういう人がたまにつき合いを依頼してくるんだ。
飛ばしてきた自転車を駅前駐輪場に預けて、約束の時間通りに指定のカラオケ店へ。既に受付を済ませていた依頼主の菱沼さんと軽く自己紹介し合う。店員に案内された部屋で、さあ、イッツ・ショウタイム──と思ったら。
「最初の一曲め、歌うの苦手で。何でも屋さん、歌ってください」
え? あー。こういう時は。
「アンパンマンのマーチ、歌います!」
受けを狙うんだ。菱沼さんは笑ってる。初対面の緊張が解けてきたらしい。いい傾向だ。
「じゃあ、私はこれで……」
恥ずかしそうにマイクを握る菱沼さん、歌う曲は──?
Du holde Kunst, in wie……
ドイツ語の歌……? タイトルは『An die Musik』。曲は聴いたことあるな。えーと、確か……『楽に寄す』、だったっけ?
その後も菱沼さんはクラシック系の歌を選んで歌っていた。俺の知らないオペラの曲や、知ってても原語で歌えない『フニクリフニクラ』とか『野ばら』とか。へー、『モルダウ』は知ってる。この曲、『ヴルタヴァ』とも言うのか。勉強になるなぁ。お客さんとの話のネタ、ゲット。
最後は何と『誰も寝てはならぬ』を歌った菱沼さん、上手い! 思わず熱のこもった拍手をしてしまった。
「いやー、すごいです、菱沼さん。あれってパバロッティがトリノ・オリンピックで歌った歌ですよね。ネッセン……?」
「ネッセン ドルマ(Nessun dorma)です。歌劇『トゥーランドット』のアリアなんですよ」
「ネッセンドルマで、誰も寝てはならぬ、って意味なんですね。イタリア語かぁ……」
ほえー、と感心してたら、菱沼さんが恥ずかしそうに笑った。
「私は趣味がクラシックで、カラオケにはあまりオペラのアリアは入ってないんですけど、それっぽいのは入ってるので、たまに歌いたくなるんです。ちなみに、『フニクリフニクラ』は登山電車のコマーシャル・ソングだったんですよ」
「へー」
あのメロディ聴くと、ついおにーのって言いたくなるわ。
「まあ、こういう歌は皆でカラオケ、っていう時には歌いにくいですから。だからといって、独りでカラオケはちょっと……」
「歌いたくなったら、いつでも声を掛けてください。俺も勉強になるし、菱沼さん上手いですよね。俺、今日は完全に観客になってました」
「いやいや……」
菱沼さん、顔赤い。でも、本当に上手かったんだよ。プロの歌手みたい。再来月にも予約をもらって、よし、顧客さまゲット!
店の前で別れて、自転車を取りに行く。いやー、今日は雨樋ばっかり見て妙に疲れてたんだけど、最後にいいもの聴けたなぁ、って、まだ犬の散歩があるんだ。頑張れ、俺!
──それにしても、カラオケにあの『第九』があるとは知らなかった。それだけはちょっと驚いた。