ある日の<俺> 2016年9月7日。 雨は降るけど洗車する。
今日はまた雨が降りますよ、と言ったのに、茂田さんはそれでも車を洗って欲しいという。
「午後から彼女のご両親に挨拶に行くんだけど、乗っていく車を洗うのを忘れちゃってたんです。こんなにドロドロなのに……。今日の有休取るために、このところ忙しくしてて、散髪すらしてなかったんですよ。これから美容院に行ったら車を洗う暇が」
もう予約は入れてあるし、と茂田さんは気もそぞろだ。
「いや、茂田さんがいいなら、俺は構わないですけど……じゃあ、雨が降ったら、水滴をこれでもか! と弾くくらい、丁寧にワックス掛けておきますね」
「お願いします!」
そう言って、茂田さんは足早に駅の方へ去って行った。行きつけの美容院は駅前にあるらしい。しばらくその背中を見送って、俺はおもむろに彼の車に乗り込んだ。近くのガソリンスタンド併設の洗車場に行くんだ。
え? 車の免許なんか持ってたのかって? 実は持ってたんだな、これが。
大学の時、警察官を目指してた弟が言ったんだ、身分証明には車の免許証が一番だって。持ってて絶対損は無いって。
だから四回生になった時、就職先が決まってすぐ自動車学校に通って免許を取得した。あの頃はバイト忙しかったなぁ……。おかげで、今、何でも屋なんて世間から見たら胡散臭くしか見えない仕事してても、身分証明には困らない。これでもゴールド免許だぜ。ペーパーだけどな!
……
……
ガソリンスタンドすぐそこだし。道狭くないし、AT車だし。これでも俺一応、MT車で免許取ってるから! って、誰に言い訳してるんだ、俺は。
しょーもないことを考えるともなく考えてる間に、無事ガソリンスタンドに到着。はー、緊張した。平日のこんな時間で二ヶ所ある洗車場には誰もいない。来た道からして停めやすい方に車を停めて、レッツ洗車。カーシャンプーとワックスは茂田さん指定のやつだけど、道具は俺が持ってきたやつだ。こういうの、年々便利なのが出てくるよな。
まず全体を水洗いしてタイヤやホイールの泥汚れを落とし、次にカーシャンプーをスポンジに泡立てる。柄付きスポンジは洗いやすくて作業が捗る。シャンプーを丁寧に洗い流したら水気を拭いて、天井から細かく区分けしながらワックスを掛ける。乾いたら拭き取る。
最後にマイクロファイバーのクロスを掛けると、ツヤツヤのピカピカになった。うーん、達成感。この最強コートでカッコよく弾いてみせるから、雨でも槍でも降って来いってんだ! って、嘘です、槍は降らないで。
茂田さんの彼女さんご両親への挨拶、上手くいくといいな。──俺も昔、元妻の両親への挨拶は緊張したっけ。特にお義父さん。俺を見る目が、名前にGのつく某殺し屋のように鋭くて、怖かった……。でも、いつか娘のののかが結婚相手を連れてきたら、俺も同じ目をすると思う。可愛い娘をお前のようなヤツにやれるか! って、無言で威嚇しちゃう自信がある。
──茂田さん、午後から頑張れ! 将来のお義父さんの「お前なんか娘の婿だと認めんぞ」プレッシャーに負けて、もし涙を流すことがあっても、このきっちり塗った車のワックスが華麗に弾いてくれるはず。多分。