表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

437/520

ある日の<俺> 2016年9月7日。   雨は降るけど洗車する。

今日はまた雨が降りますよ、と言ったのに、茂田さんはそれでも車を洗って欲しいという。


「午後から彼女のご両親に挨拶に行くんだけど、乗っていく車を洗うのを忘れちゃってたんです。こんなにドロドロなのに……。今日の有休取るために、このところ忙しくしてて、散髪すらしてなかったんですよ。これから美容院に行ったら車を洗う暇が」


もう予約は入れてあるし、と茂田さんは気もそぞろだ。


「いや、茂田さんがいいなら、俺は構わないですけど……じゃあ、雨が降ったら、水滴をこれでもか! と弾くくらい、丁寧にワックス掛けておきますね」


「お願いします!」


そう言って、茂田さんは足早に駅の方へ去って行った。行きつけの美容院は駅前にあるらしい。しばらくその背中を見送って、俺はおもむろに彼の車に乗り込んだ。近くのガソリンスタンド併設の洗車場に行くんだ。


え? 車の免許なんか持ってたのかって? 実は持ってたんだな、これが。


大学の時、警察官を目指してた弟が言ったんだ、身分証明には車の免許証が一番だって。持ってて絶対損は無いって。


だから四回生になった時、就職先が決まってすぐ自動車学校に通って免許を取得した。あの頃はバイト忙しかったなぁ……。おかげで、今、何でも屋なんて世間から見たら胡散臭くしか見えない仕事してても、身分証明には困らない。これでもゴールド免許だぜ。ペーパーだけどな!


……

……


ガソリンスタンドすぐそこだし。道狭くないし、AT車だし。これでも俺一応、MT車で免許取ってるから! って、誰に言い訳してるんだ、俺は。


しょーもないことを考えるともなく考えてる間に、無事ガソリンスタンドに到着。はー、緊張した。平日のこんな時間で二ヶ所ある洗車場には誰もいない。来た道からして停めやすい方に車を停めて、レッツ洗車。カーシャンプーとワックスは茂田さん指定のやつだけど、道具は俺が持ってきたやつだ。こういうの、年々便利なのが出てくるよな。


まず全体を水洗いしてタイヤやホイールの泥汚れを落とし、次にカーシャンプーをスポンジに泡立てる。柄付きスポンジは洗いやすくて作業が捗る。シャンプーを丁寧に洗い流したら水気を拭いて、天井から細かく区分けしながらワックスを掛ける。乾いたら拭き取る。


最後にマイクロファイバーのクロスを掛けると、ツヤツヤのピカピカになった。うーん、達成感。この最強コートでカッコよく弾いてみせるから、雨でも槍でも降って来いってんだ! って、嘘です、槍は降らないで。


茂田さんの彼女さんご両親への挨拶、上手くいくといいな。──俺も昔、元妻の両親への挨拶は緊張したっけ。特にお義父さん。俺を見る目が、名前にGのつく某殺し屋のように鋭くて、怖かった……。でも、いつか娘のののかが結婚相手を連れてきたら、俺も同じ目をすると思う。可愛い娘をお前のようなヤツにやれるか! って、無言で威嚇しちゃう自信がある。


──茂田さん、午後から頑張れ! 将来のお義父さんの「お前なんか娘の婿だと認めんぞ」プレッシャーに負けて、もし涙を流すことがあっても、このきっちり塗った車のワックスが華麗に弾いてくれるはず。多分。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
□■□ 逃げる太陽シリーズ □■□
あっちの<俺>もそっちの<俺>も、<俺>はいつでも同じ<俺>。
『一年で一番長い日』本編。完結済み。関連続編有り。
『古美術雑貨取扱店 慈恩堂奇譚』古道具屋、慈恩堂がらみの、ちょっと不思議なお話。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ