ある日の<俺> 2016年8月25日。 転生魔王のポピーちゃん?
晴れてるんだけど、半曇りみたいな。
ちょうど太陽を隠すように雲が広がるから、明るいけど薄暗い。
暑いなぁ、と思いながら自転車を漕いでいると、いきなり声が降ってきた。
「ククククク……この身体にもようやく慣れたものだ」
俺はぎょっとして自転車を止めた。
「クククこの身体にもようやく慣れたものだ」
「な、何?」
周囲を見回しても人影は見当たらない。どっかの家の二階からテレビの声でも聞こえてきたか? 窓を開け放ってるのかな?
「ククククククク慣れたものだ」
な、何だ? セリフの練習? にしては変な感じ。
「ククククナレタみょぽぴ ぴーノダククくぴょぴょぴー△#&%$*♪~」
こ、これは。
「我は魔王なり 古き器を脱ぎ捨て 今 一羽の小鳥となりてピョリピョリピー」
塀越しに見える藤木さんちの庭木に止まっていきなり身の上語りを始めたのは、セキセイインコ。どっから逃げてきたんだろう。ちなみに青色。
「クククク この身体にもようやく慣れたものだピュリピョリピー」
……シュールだ。この言葉を教えた人は、どういうつもりで教えたんだろう。しかもやたら上手い。
「今 一羽の小鳥となりてはばたく~%&#%△□#~」
いや、飼いインコがお外で羽ばたいちゃダメだろ。カラスにやられるじゃないか。暑いし。
「我が名はピョリピーぽぴーぽぴーくーるまにぽぴーぽぴーちゃん」
そ、そうか。名前はポピーちゃんなんだな。
「ポピーちゃん?」
「ぽぴーちゃん ぽぴーぽぴーちゃん」
「ポピーちゃん、飼い主さんが心配してるぞ。ポピー、ポピーちゃんおいで」
俺は塀に近づいて、そっと片手を上げてみた。こんなに上手にしゃべれるということは、飼い主さんにすごく可愛がられてる、イコール人馴れしてると思ったからだ。
「ポピー、おいで、ポピーポピーちゃん、おいで」
「ぽぴー ピーピー ぽぴーちゃんぽぴーちゃんおいで%$##&~」
俺の言葉を繰り返すポピーちゃんを怖がらせないように、片手を差し伸べたままの姿勢で動かずに口笛を吹いてみた。この間、小桜さんちで聞いたセキセイインコのペコちゃんの真似だ。
ヒュピー ピー
吹く、より、吸い込む、のほうが音が似てる気がする。
ピーヒュピー ピー
すると、ポピーちゃんも同じように鳴いた……というより、俺の物まねか?
ピーィヒュピー ヒュピー
それから、パサパサパサと羽音を立ててこっちへ飛んできた。動きたくなるのを我慢して、そのまま立っていると、伸ばした手じゃなくて肩に止まった。
「クククククこの身体にもようやく慣れたものだ我は魔王なり古き器を脱ぎ捨てぇピョリピョリピーピー」
「そ、そうかい慣れたのかい、良かったね、ポピーちゃん。いい子だね」
「ポピーちゃんいい子ピィポピピー###$%&~」
機嫌よく囀るポピーちゃんを、そっと片手で掴んだ。そのまま両手で包むように持って……飼い主さん、心配してるだろうなぁ。これじゃ自転車に乗れないから、ちょっと歩いてそこの交番に持っていこう。たまにこんなふうな迷い鳥が保護されるから、あそこ鳥かごが常備してあるんだよな。
ポピーちゃんの“自己紹介”を聞いたお巡りさん、大爆笑。「元魔王の転生体のセキセイインコ、ポピーちゃん(青)、を預かってます」と張り紙してた。俺も知り合いのコンビニ・オーナーに頼んで、「青いセキセイインコ拾いました。名前はポピーちゃん。口癖は<クククこの身体にもようやく慣れたものだ>です。連絡先○○派出所 電話番号××ー××××」という張り紙をさせてもらった。
あとは夕方、グレートデンの伝さんと散歩するついでに犬友だちに話して広めてもらおうか、と考えてたところ、派出所のお巡りさんから飼い主が名乗り出てきたと連絡があった。良かった……。そんなわけで伝さんを迎えに行く前に、派出所まで話を聞きに寄ってみた。
当番のお巡りさんによると、飼い主さんは理由あって長い間家に引きこもっていた人らしい。ずっとポピーちゃんとだけ話す毎日だったらしいんだけど、今日はケージを丸洗いしてベランダに干そうとしたところ、いつの間にか背中にくっついていたポピーちゃんがそのまま外へ飛んでいってしまったという。
……しかも、その時のセリフがあの「今、一羽の小鳥となって羽ばたく」だったらしい。
いくら外に出たくなくても、ずっと一緒だった愛鳥を探すためなら仕方ない。というか、外に出たくないとかそんなこと考える前に外に飛び出して、ポピーちゃんを探していたそうだ。で、あちこち駆けずり回っていたら、例の「クククククこの身体にも……」が派出所から聞こえてきて、へたり込みそうになったらしい。熱中症に片足突っ込んだような体調もあったそうだが……。
「いや、飼い主さん、あのままだったら危なかったですよ。顔は真っ赤だし、呼吸も荒いし。ポピーちゃんは無事だから、と宥めて奥の部屋で介抱しました。救急車を呼ぶか呼ぶまいか、微妙なとこでしたけど、冷凍庫に入れておいた保冷剤と氷嚢で何とか。自分、ちょうどペットボトルの梅ジュース持ってたので、それを飲ませたのも良かったみたいです」
夏場の梅ジュースはいいですよね! とひとしきり盛り上がった後、その後のポピーちゃんと飼い主さんについても教えてもらった。
「飼い主さんの親御さんと連絡がついて。ついさっき迎えに来られたところなんです。拾い主の何でも屋さんにお礼が言いたいということでしたけど、飼い主さんご本人の体調もよろしくないので、また日を改めます、ということでした」
「別にお礼はいいですよ。仕事として請けたんならお代はいただきますけど、偶然拾っただけですから。それにしても──」
お巡りさんと顔を見合わせる。どちらからともなく、ぶっ、と吹き出した。
「あのセリフは最高でしたね……!」
「本当に。自分、笑い死ぬかと思いました!」
ポピーちゃん、本当に魔王の仮の姿だったりして、と言うと、飼い主さんは実は魔王の部下だったりして、とお巡りさんもノってくる。二人とも笑いすぎて息も絶え絶えになったので、笑いの発作を抑えるためにもそのまま手を振って別れ、俺は伝さんを迎えに行った。あ、張り紙させてもらったコンビニにも、ポピーちゃんの飼い主が見つかったと連絡しないと。
この身体にもようやく慣れたものだ。我は魔王なり。
古き器を脱ぎ捨て、今、一羽の小鳥となりて羽ばたく。
クク、ククククク。