ある日の<俺> 2016年8月18日。 熱中症ヲ阻止セヨ! 前編
昨夜、間違えて『一年で一番長い日』のほうに投稿してました……。
朝からすっきりしない天気だけど、降らなさそう、かな?
今日も蒸し暑い。八月に入ってから夏らしさが炸裂してると思う。いつ熱中症になるか分からないから、常に気をつけていないといけない。なんという緊張の夏。
「ねえ、古尾谷さん」
「んー、何だね、何でも屋さん」
室温三十ニ度の屋内で、元気にバドミントンのラケットを振る古尾谷さん、御年六十八歳。
「そろそろ休憩にしませんか?」
「なんだ、まだ若いのに情けない」
強烈なスマッシュを決めてくる。
「うわっ!」
とても拾いきれず、シャトルが床に叩きつけられる。
「いや、ホント。休憩しましょう。もう三十分ほどぶっ続けですよ」
「そんなに打ち合ってないじゃないか」
「俺が下手糞でなかなかラリーになりませんからね。でも、もうそろそろ」
そう言いながら、俺はラケットの先を使い、手首の返しだけでシャトルを拾った。
「お? 何でも屋さん、なかなかやるじゃないか」
「コレだけ出来るんです。コレしか出来ないともいいます」
「情けないなぁ」
「そりゃ、俺なんか体育の授業とか遊びでやったことがあるだけですもん。中高とバドミントンやってた人の相手にはなれませんよ」
つむじを曲げられないように、俺は懇願する。
「お願いします。俺、もう限界」
「しょうがないなぁ」
ようやく休憩を承知してくれた。ここは市民体育館。ラケットやシャトルも貸してくれるし、受け付けをして、開いてれば誰でもコートを使えるんだけど、昼日中のこの暑さ。利用者はまばらだ。
壁際に置いたクーラーボックスから冷たいスポーツドリンクを出して、古尾谷さんに渡す。
「用意がいいなぁ、何でも屋さん」
「そりゃあ何でも屋ですから」
あはは、と笑いながら、今度は大きめの保冷剤をタオルに挟み込んだものを渡す。
「これ、首の後ろになるように巻いてください。気持ちいいですよ」
自分も同じものを作って巻きながら言うと、素直に巻いてくれた。よし、とりあえず今はこれで熱中症フラグ折った!
今日の俺の仕事は、古尾谷さんのバドミントンにつきあいつつ、熱中症を防止すること。子供の言うことを聞かない親を心配した娘さんに頼まれたんだ。
「それにしても、どうして今日いきなりバドミントンしたくなったんですか?」
そう、バドミントンには相方がいる。娘さんよりも先に、古尾谷さんが俺に相手を依頼してきたんだ。それを聞いた娘さんが、こんな暑い時にいきなり運動するのはやめてちょうだいと言ったらしいんだが、この手の頑固親父がもちろんそれくらいでやめるわけない。止められないなら、せめてその間の健康管理をお願いします、って後からこっそり頼まれたんだよな。
「……そんなことはどうでもいいじゃないか。おお、こういう飲み物は初めてだが、練習後の身体に沁みるようだな」
ごくごくと飲みながら、でももうちょい薄いほうが好みかもしれん、などと呟いていらっしゃる。
「そういえば、コーヒーとお茶類はよく召し上がるとお聞きしています。清涼飲料水のたぐいはお嫌いですか?」
「甘いものは好かん」
だが、これは美味かったな、と空になったスポーツドリンクのボトルを見つめる。それを受け取ると、既に飲み干した自分のぶんとともにゴミ用に持ってきた袋の中に入れた。
「夏休みなのに、少ないな……」
俺たちのいる反対側で、シュートの練習したり、3ON3でバスケットやってたりする、高校生たち、かな? がいるだけだ。
「日によるみたいですけどね。あとはまあ、暑いから」
本日の予想最高気温、三十六度だもの。試合前の自己鍛錬に励んでるらしき十代の若人たちですら気をつけないと危ないのに、七十近いご老人が、しかも何十年ぶりにラケットを握ろうっていうんだから、付き添いの俺は怖い怖い、緊張する。いかに熱中症にさせないかを考えながら、ハラハラドキドキだ。
「軟弱な。俺の若い時は──」
いやあ、ははは……。昔は夏でもこんなに暑くなかったんじゃないかなぁ?
「……俺の若い頃は、練習中に水は絶対飲むな、って言われてたんだ。バテるから。その印象が強くて、今でもこんなもん飲んだらいけない気がする。妙な罪悪感がして、な……」
古尾谷さんの視線を追うと、ちょうど少年たちも車座になって休憩していた。お? あれはレモンの蜂蜜漬けか? なかなかマメな子たちだな。遠目にそんな光景を見つつ、俺は聞いてみる。
「バテましたか? 今、水分摂ったとこですけど」
8/23 古尾谷さんのバドミントン歴を「中高大」から「中高」に変更しました。