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ある日の<俺> 2016年8月15日。  佐々木さんと猫と門柱塗り

じっとしてても流れる汗を、首に掛けた手拭いで乱暴に拭う。


暑い。


髪も水に濡れたみたいにびしょびしょだ。あー、そこの庭用水道蛇口からいっぱい水出して、頭から丸洗いしたら気持ちいいだろうな……。


現実逃避なのは分かってるけど、この強烈な蒸し暑さ。不快指数百二十パーセント超えてるだろ。もうほんと充分だと言いたい。だけど、しょうがないよな。これが日本の夏。


俺は今、佐々木さんちの玄関先で門柱に漆喰的なものを塗っている。昔の家だったら小さい生垣みたいに造ってたと思うけど、今はこういう目隠しみたいな壁をお洒落に作って幅広の門柱にしてるところも多い。


これがまた南向きで白い壁だから、背後頭上からの日差しと、前からの照り返しがキツイ……。


今日は薄く雲のかかった水色の空で、雨は降らなさそうだ。でも明日明後日あたりは天気が悪そうだし、塗る前の汚れ落としと下塗りのことを考えたら、もっと時間をもらいたかった。だけど、とにかく今日を凌げればいいからって、文字通りのやっつけ仕事。


佐々木さん、昨夜、車庫入れの時に車をぶつけたんだって……。どうハンドルを切ったものか、門柱には思いっきり亀裂が入ってた。その部分を百均を何軒か梯子して買ってきた白い粘土で埋めて、上から速乾の漆喰もどきを塗り塗り。


午後の遅くに到着予定の娘さん夫婦が来る前に、とにかく上辺だけでいいから修復しておきたいらしい。独り暮らしを心配されるのが嫌なんだって。まあ、それはねぇ……。でも、車はどうやってごまかすつもりなんだろ?


まあ、いいや。俺は言われた仕事をこなすのみ。とはいえ、素人のこんなごまかし仕事なんて保つわけないから、出来るだけ早くプロに頼んで修理してもらってくださいって進言しておこう。なんか俺、張りぼて作ってる気分。


やれやれ、と次に塗るぶんをコテ板に取ろうとした時。どこかからいきなり猫が走ってきた。しゃがんでいた俺の肩を踏み台に、塗ったばかりのところを蹴って門柱の上に乗る。ああっ、せっかく埋めた粘土に足型が……。


唖然としてたら、後ろから「コラーッ!」という声が。俺が作業を始めてすぐ、ちょっと出てくる、といって出掛けてた佐々木さんだ。手にホームセンターの大きな袋を持っている。どうやら車カバーを買いに行ってたらしい。


「こ、このクロマルめ!」


門柱の上で毛繕いする猫を、佐々木さんが憎々しげに睨み付ける。


「あの猫、佐々木さんちの子だったんですか?」

「違うわっ!」


くわっ! と目を見開く佐々木さん。迫力ありすぎて怖いよ。


「いや、すまん、何でも屋さん。儂が昨夜ハンドル操作を失敗したのはこやつのせいなんだ。こやつさえ飛び出して来なかったら……!」


くっ! と佐々木さんは悔しげに奥歯を噛み締めている。


「最近どっかから流れてきた野良猫でな……」


顔も手足も尻尾もみんな白いのに、何故か背中にだけ黒くて丸い柄がひとつ、ぽん、と。だからクロマル、らしい。命名・佐々木さん。


「何が気に入ったのか知らんが、この暑いのによくこの門柱の上で寝ててなぁ。儂の顔を見るたび馬鹿にするようにひと声鳴きくさって──」


顔を見れば鳴くし、ちょっとその辺を歩くと後ろからついて来るし、足元に纏わりついてくるからうっかり足を引っ掛けて転びそうになる、と佐々木さんが嘆いている。


「一昨日は、もうちょっとで家の中に入られてしまうところだった……」


「もう飼っちゃえばいいのに」


気もそぞろに、おれはそう言っていた。


「名前まで付けちゃったんだから、飼っちゃえばいいじゃないですか。それで家の中から出さなければ、車の邪魔されたりせずに済むし」


「……」


うーん、クロマルに踏まれて、猫の足型梅鉢マークのついた箇所をどうやって埋めよう……? いや、今塗ってるの速乾性だから先に塗ってしまったほうがいいな、とこの後の段取りを修正していたら、いつの間にか佐々木さんが静かになってた。ん?


「……何でも屋さん、これ飲んでください。それだけ汗掻いたら脱水症が心配だから」


そう言って俺に冷たいスポーツ飲料のペットボトルを渡すと、佐々木さんはとぼとぼと玄関脇の駐車スペースに入って行った。


佐々木さん、背中がたそがれて見えるけど、何でだろう? ちょっと首を捻ってたら。


「にゃーん」


クロマルが鳴いた。


「……」


ええーい、とにかく、暑いんじゃー! 余計な手間を増やしやがった猫なんか放っておいて、門柱塗りに塗り塗りぬりかべ。

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□■□ 逃げる太陽シリーズ □■□
あっちの<俺>もそっちの<俺>も、<俺>はいつでも同じ<俺>。
『一年で一番長い日』本編。完結済み。関連続編有り。
『古美術雑貨取扱店 慈恩堂奇譚』古道具屋、慈恩堂がらみの、ちょっと不思議なお話。
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