ある日の<俺> 2016年8月12日。 障子を張り替える
七尾のお婆ちゃんが障子を張り替えたいというから、午前中、手伝いに行った。
水に含ませたスポンジを使って、古い障子紙を剥がす。桟の部分を湿らせて糊をふやかすんだ。しばらく置いておくと、きれいに剥がれるようになる。
二枚目に掛かってる間に、お、浮いてきたな。ぺりぺりぺり……。
「簡単に剥がれるものねぇ」
七尾さんが感心する。
「昔、どうせ剥がすんだからって、夫と子供が一緒になってあちこちぼろぼろに破っちゃったことがあって。あの時は後が大変だったわ」
「そうでしょうねぇ」
俺は苦笑した。
「一度に剥がせなくなって、桟に紙がこびりついたりしたんじゃないですか?」
「そうなのよ。終いには庭に持ち出して水で洗うことになったの。そうすると乾かさなきゃいけなくなるでしょう? あの時は張替えに二日もかかったわ」
ふふ、と七尾さんは笑う。大変だったけど、楽しい思い出なんだろうな。
そんな話を聞きながら、俺は古い紙を剥がした後の桟をきれいに拭いた。うん、二枚とも糊をちゃんと落とせた。割り箸とか、爪楊枝とか、色々道具は揃えてるけど、今回は拭くだけで取れたから楽ちんだ。
桟を乾かす間、新しい障子紙を用意する。ここで七尾さんの出番。
「ねえ、これはどうかしら?」
「そうですねぇ……端がちょっと切れるから、このあたりでどうですか?」
「そうねぇ」
色つきの和紙で出来た、きれいな花の切り紙。お孫さんが「障子に貼り付けたら、それだけで部屋のイメチェンが出来るよ」と送ってくれたらしい。趣味でそういうのやってるんだって。でまあ、せっかくの孫の心づくし、新しい障子紙でやりたいということで、何でも屋の俺に仕事が回ってきたというわけ。
「ん? これってグラデーションになってませんか? ほら、濃淡が」
「あらホント。それじゃあ、ここにこうして……あら、きれいね」
「そうですね。これで行きますか?」
「ええ」
七尾さんがレイアウトを決めて、俺がそれを糊で貼り付ける。こういう時に役立つのはピンセット。狙ったところにペタッと。お、なかなかいい感じ。
「何でも屋さんは器用ねぇ」
「いやいや。こういうのは道具とコツですよ」
いや、本当に。器用じゃないからこそ、道具は工夫しなくちゃ。
そうやって出来上がったお洒落障子紙を、今度は桟に貼り付けていく。まず位置を決めて、ずれないように端を仮留め。それから刷毛で桟に糊を塗って、乾く前に素早く転がすように障子紙を伸ばす。よれないように慎重に。
もう一枚にも花付き障子紙を貼って、端の余分な紙をカッターガイドを使って切り落とした。これで完成──だけど、貼り付けた紙花を障子紙に落ち着かせるためにも、軽く霧吹きを吹いておく。吹き過ぎないように……よし。
「はい、出来上がりです」
畳に新聞紙を敷いた上に置いてた障子を起こして壁に立て掛け、糊が乾きやすいようにする。
「素敵な仕上がりだわ。ありがとうね、何でも屋さん」
「いえいえ、こちらこそ。どうしましょう、もう少し乾いてから元の場所に嵌め込みますか?」
「そうね……ちょっとお茶とお菓子でもいかが? 朝早いとそろそろお腹がすいてくるでしょう?」
敷いていた新聞紙をゴミ袋に片付けてから、ありがたく七尾さん特製のパウンドケーキをいただいた。オレンジピール入りとアールグレイの茶葉入り。どちらも甘さ控えめで美味しい。紅茶も美味い。
「無事に乾いたようですね」
しばし談笑しているうちに障子も乾いた。元の場所に嵌め直す。
「部屋が明るくなったみたいだわ」
庭から入ってくる真夏の光をやわらげて、新しい障子紙がほんわりと明るい。そこに切り紙細工の花が楽しい彩を添える。見てると心が弾むようだ。
今は夏。これから秋になり、冬になり、春が来て、また夏になり。移ろう季節に陽の光に、この花たちはどんな表情を見せてくれるだろう。
想像すると、とても幸せな気持ちになった。