ある日の<俺> 2016年8月11日。 夢に追われて 後編
「この壁の裏側に、ソファベッドがありましたよね?」
俺の問いに、赤萩さんは無言で頷いた。
「ど、どうしたらいいと思います……?」
声が震えてる。怖いよな。俺も怖い……。だけど取り敢えず──。
「このフレーム、動かしましょうか」
立て掛けてあったのを動かして、床に伏せた。取り敢えずはこれでいいと思う。
「これって、赤萩さんが撮った写真ですか?」
撮り鉄だったのか、赤萩さん。
「違います。この間遊びに来た弟が……」
すごくいい具合に撮れた自信作! と置いて行ったらしい。撮り鉄は弟さんか。
「まあ、迫力はありましたけど……」
「……」
「あり過ぎでしたねぇ……」
「……」
赤萩さんは下を向いて項垂れたままだ。
「豆狸ちゃんはこのことに気づいてたのかも。豆狸ちゃんがあんなふうににゃかにゃか鳴かなかったら、俺がこちらにお邪魔することもなかったでしょうし」
「……」
髪が顔にかかって表情が見えない。こっちからは逆光だし。
「一番の功労者、いや、功労猫ですよ」
「……」
「ご褒美に高級キャットフードでも買ってあげてください」
「……」
何だか肩が震えてる。脅威は去ったと思うんだけど、まだ怖いのかな。
「赤萩さん?」
「アイツ、今度会ったらシメる!」
ひと声吠えて、赤萩さんはカッと目を見開いた。窓からの光で瞳が不穏に輝く。──今、この時だけは睡魔をアドレナリンが追い出したようだ。
その後。
赤萩さんも元気が出たみたいだし、次の仕事に行く前に、食べそびれていた朝飯を摂りに帰ろうとしたんだけど、「弟はシメるけど、この写真は怖いので、何でも屋さん、何とかなりませんか?」と縋りつかれた。
気持ちの問題だから、別に自分で捨ててもなんてことないはずですよ、と言ったんだけど、その気持ちの問題で、自分で処理したくないです、とうるうる目で返されて、しょうがないから仕事として請けることにした。──そういえばこの人、恐怖映画を見て後悔するタイプの怖がりさんだったっけ。
だけどまあ、夢とはいえ、毎晩毎晩電車に轢かれたり撥ねられたりしたら、そりゃ怖くもなるか。俺だって同じ目にあったら気力が削がれると思う。今だって気味が悪いとは思うけど……、俺はその夢見てないしな。
写真だけじゃなくて額縁ごと持って行って欲しいっていうから、仕事の分類としては単なる粗大ゴミの処理ということになる。ただそれだけのことなんだけど、赤萩さんは「いきなりのお願いだし、何でも屋さんのお陰で今夜は眠れるはずだから」と諭吉を数人上乗せしてくれた。──明日様子を聞いてみて、やっぱり眠れなかったというなら、これは返すことにしよう。
微妙なオカルト、かもしれない物件を持って、コンクリート打ちっぱなしのボロビル事務所兼住居に帰ってきたら、額縁は下の倉庫にしてるとこに一旦放置。月に一度の粗大ゴミの日に出すことにする。写真のほうは、朝飯の前に屋上に持って行って焼いた。レシピは塩ひと摘み。それだけ。これで大丈夫。多分。
ふう。
額の汗を拭って、伸びをする。今日も頑張ろう。