ある日の<俺> 2016年8月10日。 夢に追われて早朝の猫散歩
「あ、何でも屋さん……おはようございます」
あ、赤萩さん。
「おはようございます。豆狸ちゃんもおはよう」
「にゃー」
豆狸ちゃんは赤萩さんの飼い猫だ。今年の春、いきなり玄関から入り込んできて居ついてしまい、たまたまペット可のマンションだったこともあり、なし崩しに飼うことになってしまったという。きれいなシャム柄だけど、顔がやたらに丸く、小さな狸みたいだから豆狸と付けたらしい。
去年この辺に越してきたばかりの赤萩さんは、猫の春の声も知らないくらい猫に縁が無かったらしいのに、分からないもんだ。
実家では犬を飼ってたという赤萩さんは、たまにこうやって豆狸ちゃんの首輪にリードを付けて散歩してる。……それにしても。
「今日は早いですね?」
うん。今、午前五時十五分。俺、五時前に起きて、これから山名さんちのジャーマンシェパードのムーサくんを散歩に迎えに行くところ。ムーサくんの後はグレートデンの伝さんとも散歩するから、このところいつもより三十分ほど早起きしてる。眠い。
夏のペットの散歩は早朝か、日が暮れてからがお約束だけど、今まで朝の五時台に赤萩さんを見たことはない。たまに会うとしても夕方か夜だ。
「何か、最近眠れなくて」
ふわぁ、と大きな欠伸をする赤萩さん。何だか消耗してるようだ。
「変な夢ばっかり見て、今朝も四時半ごろかな? 目が覚めて。せめていつもの起床時間まで寝ようかと思ったんだけど、またその夢見そうだから……」
豆狸ちゃんと早朝の散歩に出て気分転換を図ったと。
「眠れないと体力を消耗しますよね。今日も最高気温36度らしいし、熱中症とか気をつけてくださいね」
「はい……。ありがとうございます」
赤萩さんはふらふらと歩いて行った。去り際、豆狸ちゃんが俺の顔を見て「にゃん」と鳴いた。とことこと飼い主の足元に着いていく。可愛いな。
それにしても、赤萩さん大丈夫かな? 朝の通勤電車で倒れそうかも。明日は「山の日」で祝日だから、今夜はゆっくり休めるといいけど。
──おおっと、ムーサくんムーサくん。つい気になって赤萩さんの背中を見送ってしまってた。ま、こっから山名さんちまでは五分くらいだし、余裕だな。しかし、「山の日」っていつの間に出来たんだろうな。謎だ。
赤萩さん初登場は、「ある日の<俺> 2015年2月10日。ホラー映画と猫」です。
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