ある日の<俺> 2016年8月4日。 糠床のお世話
今日も暑い。本当に暑い。
このところの夕方からの豪雨のせいか、千切れた木の葉や小枝が詰まって継ぎ手から水が溢れるようになった樋を直したり、ペンキ塗ったり、草刈りしたり、そりゃあもう、暑い暑い。
だけど……。
「ごめんなさいね、何でも屋さん。そんなことまでお願いして」
小倉の奥さんがすまなそうに謝ってくる。
「いえいえ、こんな時の何でも屋ですから。些細な日常の、本当にちょっとしたご不便とか、お困りごととか、お気軽に申しつけてくださっていいんですよ」
俺は今、小倉家の糠床を混ぜている。
「冷たいでしょう」
「いやー、外暑いですしねぇ。ひんやりして気持ちいいくらいですよ」
嘘だ。冷たい。すっごく冷たい。
冬場に米を研ぐのが冷たくて辛いとかいうけど、冷蔵庫保存の糠床ほどじゃないと断言するね。ねっとり手に纏わりつく冷え冷えに冷えた糠を、底から混ぜる。底から混ぜる。きゅうりと茄子を掻き分け掻き分け、とにかく混ぜる。ちょっと水っぽくなってるから、小倉さんの指導の元、糠と塩を足してとにかく混ぜる。ちょっと粉からしも入れる。
冷たい。胸のあたりがずーんとする。両手から冷たさが心臓に総攻撃を掛けてくるみたいだ。
「このきゅうり、食べごろね。茄子は……もう少しかかるかしら。冷蔵庫だと漬かるまでに時間がかかるのよ」
食べごろだというきゅうりを出して、とりあえず皿に取る。
「新しいのを漬けますか?」
「いえ……一人減ったから、あんまり漬けても食べきれないのよ」
小倉さんは寂しそうに微笑んだ。
「この糠床はずっと姑が世話してたものなの。でも、先月亡くなって……。よく喧嘩したし、あんまり仲のいい嫁と姑じゃなかったけど、糠漬けだけはね、おかあさんの漬けたのがいっとう味が良かったの。それだけは私には真似できなかったわ」
ここに嫁いでから、どんな高級なお店の糠漬けを食べても物足りなくなっちゃったわ、と小倉さんは言う。
「だから、おかあさんが亡くなったあとは私がこの糠床を世話して守っていこうと思ってたんだけど、こんな怪我しちゃったから」
小倉さんは包帯をした左手を見た。
「包丁で手を切ったのなんて何十年ぶりのことかしら。包帯は当分外せないし、とてもおかあさんの遺した糠床を混ぜるなんて出来なかったから……何でも屋さんが引き受けてくれて本当に良かったわ」
冷たいけど。まるで地獄最下層のコキュートスかと思うくらい、すっごく冷たいけど。嫁姑の長年の確執を越えて、遺されたものを大事に受け継いでいこうという小倉さんの気持ちに、心が少しだけ温かくなったような気がした。
食べごろのきゅうり漬け、帰りにおすそ分けしてもらった。
石川のお婆ちゃんにもらったのも美味しかったけど、小倉さんちの糠漬けも絶品だった。