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ある日の<俺> 2016年7月28日。  夏の子供は忙しい!

最近の子供は外で遊ばないっていうけど、それも仕方のないことだと思う。


「ウィークデーは午前中が塾で、火曜日と木曜日は午後からスイミングかぁ」


夏休みでも、とっても忙しい。このユータくんも今年やっと一年生になったばかりだというのに、近くの塾に行って帰って昼ご飯を食べて、ちょっとゆっくり食休みして、遊ぶ暇も無くこれからスイミングスクールだ。いつも送迎しているお母さん、夏風邪を引いた下の子の世話で今日は家から動けないらしい。代わりに、何でも屋の俺の出番。


「ごごもじゅくにするかってパパがいうから、それはいやだったからすいみんぐ」


小学校のプールは、今年は修理中で使えないらしい。ユータくんのパパはそれが残念で、スイミングスクールか塾かと言ったんだそうだ。自分の子なら絶対身体を動かすほうを選ぶはずだと。まあ、その通りになって良かったんだろうけど。


「ぼく、ほんとうはすいみんぐきらい……」


本人は不本意らしい。そんなわけで、歩きながら何でも屋相談員の子供お悩み相談室。


「どうして?」


嫌いの原因が分かってるなら、何とか助言出来ることもあるかも。


「かおに水かかるのいや。足ばたばしてもしずむからこわい……」


「そうだねえ。いきなりばしゃっと来るとびっくりするよね。自分で顔を洗うのは平気?」


かおはじぶんであらえるよ、とユータくんは主張する。


「うんうん、えらいねえ。じゃあさ、プールでもふだん顔を洗った時のこと思い出してみたらどうだろう。お風呂で顔洗うよね?」


「うん……あらう。でも、水の中で目をあけるのこわいよ。おふろで目はあけないよ」


「そっか。それなら、」


俺は提案してみた。


「今日はもう、プールをお風呂だと思ってみたらどうだろう」


「おふろ?」


「そう。お風呂。お風呂なんだから目は開けなくていい──まず、プールサイドに両手でつかまって立つ。つかまってるから、溺れないよ。大丈夫」


「……うん」


「つかまったまま、一、二の、三で息止めて、目をつぶってしゃがむんだ。しゃがむと沈むね?」


「しずむ」


「沈んだら、そこで三つ数える。数え終わったら立ち上がる。立ち上がって顔が水の上に出たら、目を開けて息をする。何度かやってみたら、顔に水がかかるのにも慣れるよ。何だ、お風呂と違わないじゃないかって思えるよ、きっと」


「でも、目、あけられない。あけられないとダメだっていわれる……」


しょぼん、とするユータくん。でもさ。


「急ぐことないよ。夏休みも始まったばかりだし。今日はとにかく顔だけつけられるようになればいいよ。今日出来なくても、次に出来るようになれればいい」


「それで、いいの?」


「いいんだよ。焦らなくてもいいんだ。目だってそのうち自然に開けられるようになるよ」


今日開けられるようになるかもしれないよ、と励ましておく。


「ばた足してもしずむのはなんで……?」


「きっと、ユータくんが『目開けなきゃ、足バタバタしなきゃ』って、すごく慌ててるからだよ。人間は水に浮くように出来てるから大丈夫。スイミングの先生もそう言うだろう?」


言うけど、とユータくんはまだ不安そうだ。


「よし。今日はお風呂だと思ってみる練習のあと、宇宙飛行士になってみようか」


「あ……うちゅうひこうしは、うちゅうでおよいでるみたいにみえるね」


「そうだよ。実際、宇宙に行く前の訓練で水中活動するのがあったはずだ。地球上では水の中が一番宇宙に似てるんだって」


「すごい!」


「すごいよね。先生の言うこと聞きながら、今日はユータくん宇宙飛行士のイメージでいこう!」


イメージトレーニングは大切だよ、なんて盛り上げながら、電車に乗って二駅め。駅前のスイミングスクールの受付までユータくんを送り届けて、帰りも迎えに来るからちゃんと待っててねと手を振って別れる。


さて、ユータくんが頑張ってる間に、浦谷の爺さんに頼まれた万年筆のインク買いに行くか。 近場ではこっちの駅前大型スーパー内専門店にしか置いてないんだよな。後は、えーと。本屋。取り置き頼んでるらしいけど、タイトル何だっけ。あっ、預かった受け取り票! ……良かった、ちゃんと持ってる。


ちょっとした遠出の機会も無駄にしない。ふ、俺、有能! なーんてな。たまたま用事が重なっただけだけど、待ち時間を有効に使えるのはありがたい。


改めて駅前を見ると、普段より子供の姿が多い。夏休みだもんな。親に連れられてる小さい子もいるけど、この辺りに密集してる学習塾や英語塾に通うらしい子たちの姿を何人も見る。あっちには何かの楽器ケースを持って歩いてる子もいるし……忙しそうだなぁ。


まあ、まだ夏休みは始まったばかりだ。どんなに忙しくても、夏休みならではの楽しい出来事がきっとたくさんあるはずだ。頑張れ、子供たち。






帰り、スイミングスクールまでユータくんを迎えに行ったら、にっこにこの眩しい笑顔を見せてくれた。なんと、今日は水の中で目を開けることが出来るようになったという。子供はすごいな、日々成長を見せてくれる。


──ののか、元気かなぁ……? 夏休み、会えるといいな。でもキャンプに行ったりするって言ってたし……。元義弟の智晴に連れられて短期の船旅もするって言ってたな……ああ、日頃出来ない色んな体験や発見をして成長していく。ことほどさように、夏の子供は忙しい!

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□■□ 逃げる太陽シリーズ □■□
あっちの<俺>もそっちの<俺>も、<俺>はいつでも同じ<俺>。
『一年で一番長い日』本編。完結済み。関連続編有り。
『古美術雑貨取扱店 慈恩堂奇譚』古道具屋、慈恩堂がらみの、ちょっと不思議なお話。
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