表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

326/520

ある日の<俺> 2014年4月11日。  チューリップと思い出

ぴっかぴっかの青空の下で、チューリップの花がかすかな風に揺れている。


赤、白、黄色。

ピンクにオレンジ、紫。


見てると、気分が浮き立つような、幸せな気分になってくる。無意識に子供の頃のことを思い出すからだろうか。


いつも俺たち兄弟を幼稚園まで迎えに来てくれた母。片手に弟、片手に俺。三人で手を繋いで帰ったっけ。あちこちの庭先でチューリップの花が咲いていて、俺は何だかやたらにうれしくて。そうそう、覚えたての下手くそなスキップして転んだんだっけな。


もうあれから何年経ったんだろう。かつての幼稚園児が、一度は家庭を持って娘を儲け、離婚して、今は独り暮らしをしている。それほどの歳月が過ぎてしまった。母も、父も既に亡く、双子の弟にすら先立たれて。


・・・そんなこと、考えても仕方ないのにな。


「おじさーん!」


俺のしょうもない感傷を、元気な子供の声が吹き飛ばしてくれた。胸に縮こまっていた息を、大きく吐く。助かった。こんな天気の良い日に、暗い気持ちでいたくなかったから。


あれは由良さんちの智彦くんだ。幼稚園の玄関脇の窓から、元気良く俺に手を振ってくれている。


俺、今日はこの子を迎えに来たんだ。働く娘夫婦の代わりにいつもお迎えを担当しているお祖母さんが、昨日足を捻ったんだって。家の中でちょっと動くくらいは大丈夫だけど、幼稚園から家までの間の道を歩くのはやっぱりきついらしかった。子供はスキップなんかしたりするしな。


「智彦くん、お祖母ちゃんの代わりに迎えに来たよ。先生は?」

「んー、ケンジくんがころんでケガしたんだー」

「そっか。先生は怪我の手当てしてるんだね。ちょっと待とうか」

「うん!」


幼稚園の敷地前に立つ俺と、窓越しの会話。ここの幼稚園はきっちりしてるから、先生がお迎えの人間を確認するようになってるんだ。園児も日頃から言い聞かされているので、先生もいないのに、知ってる人間が来たからといってすぐ外に出てきたりしない。


「あ、何でも屋さん!」


玄関奥から出てきたのは園長先生。うん、まあ、俺、何でも屋だけど。いいけど。こういう所でそう呼ばれると、なんだかこう・・・。


「由良さんから連絡受けてます。あなたなら安心してお預けできるわ」


園長先生、にこにこしながら智彦くんを連れてきてくれる。まあね。今年の節分にも鬼のボランティアしに来たしね。顔を知ってもらえる、信頼してもらえるっていうのは有り難いことだよ、うん。俺は地域密着型の何でも屋さんさ。


「はい、確かにお智彦くんをお預かりしました。由良さんのお宅まで責任持って送っていきます」

「お願いします。じゃあ、智彦くん、また来週月曜日にね」

「はい! さよならーえんちょうせんせー」


元気良く挨拶する智彦くんの手を引きながら、俺も笑顔で会釈する。


あ、何だかデジャブ。というか、娘のののかの幼稚園お迎えを思い出す。あの子も智彦くんくらいの頃があったんだ。子供ってすぐ大きくなっちゃうよな。


「おじさーん、ねこがいるー!」


走り出そうとするのを、握った手で止める。危ない危ない。子供は思い立ったらすぐ身体が動いちゃうからなぁ。


「猫かぁ。この時間なら、もう少し行った先の塀の上で、白いのとサバトラのが寝てるよ」


「ホント?」


ホントだよ、と笑いながら子供の歩幅に合わせて歩く。家出ペット探しもするから、猫がよくいるポイントはチェックしてるからな。


「あー、ちゅーりっぷー! いっぱいー!」


智彦くんの指さす先、階段状の外壁に色とりどりのチューリップが植えてあるのが見えた。行きには気付かなかったな。園芸好きのお宅なのかな?


「ねー、おじさん。ちゅーりっぷってわらってるみたいだねー」


繋いだ手をぶんぶん揺らしながら、智彦くんが笑う。


「そうだねぇ。智彦くんが笑ってるから、チューリップも笑ってくれるんじゃないかなぁ」


「おばあちゃんもそういってたー」


あははは、と笑いながら、今度は今日習ったらしきお遊戯の歌を歌う。子供は忙しい。


大きくなるのに忙しく、成長するのに忙しく。そして気がついたら、いつの間にか大人になってるんだ。


誰もが大人になってから気づく、自分も昔は子供だったのだと。


智彦くんが大人になった時、チューリップはこの子にとってどんな思い出になるんだろう。それが幸せな思い出だといいな。既に大人になってしまった俺が願えるのは、それくらい。



青空と、チューリップ。何も怖いことなんかなかった、幸せな、遠い日の思い出。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
□■□ 逃げる太陽シリーズ □■□
あっちの<俺>もそっちの<俺>も、<俺>はいつでも同じ<俺>。
『一年で一番長い日』本編。完結済み。関連続編有り。
『古美術雑貨取扱店 慈恩堂奇譚』古道具屋、慈恩堂がらみの、ちょっと不思議なお話。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ