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ある日の<俺> 2014年4月6日。  朝日にゝほふ山ざくら花  

咲き急ぎ、散り急ぐ。


ちょっと暖かい日が続いたと思ったら、一分咲きからいきなり九分咲きになった桜。ほどなく満開になり、昨日と今日の豪雨で散り果てた。


散るために咲くのか、咲くために散るのか。


なーんてな。


んなこと考えったって分かるわけない。「どうせ死ぬのに、どうして生まれて来るの?」って聞くのと同じことだよな。いや、この間、後藤さんちの陽介君に訊ねられたんだよ。塾の送り迎えの時。


あの子もこの四月から中学生。小学三年生から続いてた俺の送り迎えも、その日が最後だった。だから、そんなことを聞いてきたんだと思う。ちょうどそんなふうなことを考えるような年だし。


大人として、何て答えたらいいのか悩んだんだけど──


「ごめん、小父さんにも分からないよ」

「そうなんだ・・・」


偉そうなことは言えなかったよ。俺にだって分からないもん。


俯く陽介君。まだ小柄だけど、小学三年生の頃から考えたら大きくなったなぁ。オジサンもトシを取るはずだ。


「でもさ、小父さんは思うんだけど」


そう言うと、陽介君はちらりと俺の顔を見上げた。


「たとえばさ、桜の花も、毎年咲いては散るだろう? で、翌年また花が咲くんだ。散るために咲くのか、咲くために散るのか分からないけど、木が生きてる限りはずっと咲いたり散ったりを繰り返すよね。人間も同じなんじゃないかなぁ。とりあえず、せっかく今生きてるんだから、死ぬ時が来るまで普通に生きてればいいんじゃないかな」


「・・・なんか、よくわかんない」


「小父さんだってわかってるわけじゃないよ。でもさ、今現在生きてるんだから考えたってしょうがないじゃん。仮にさ、今すぐ死ねなんて言われたって困るだろ。そんなこと言う権利なんて誰にもないんだし。だから生きるしかないんだと思う。どうせいつかは死ぬけど、それは今じゃない。そんな先のこと考えて不安になる必要はないよ」


「そうなの・・・?」


「そうだよ」


「そっか・・・」


──その日はそれで終わったんだけど、陽介君、わかってくれたかな。


考えてみれば、十代って心のサバイバルが過酷だよな。毎日意味もなく苦しかったり、捨て鉢な気分になったり、苛々したり落ち込んだり。


大人になるための蛹の時期っていうのかな。


俺にとってはもう大昔のことだけど、未だにうっすら覚えてるよ、苦しかったあの頃。思い出すと「うぎゃー!」とか叫んでその辺走り回りたくなるけど。


まあ、何だ。誰がどう思おうと何だろうと、関係なしに桜は毎年咲くわけだ。咲いて散ってまた咲いて。


そのことに苛々したり、安心したり癒されたり。様々な感情を受け止めてくれる桜は、やっぱり日本人の心ってやつなんだろうなぁ、って思う。



しき嶋のやまとごゝろを人とはゞ朝日にゝほふ山ざくら花

─ 本居宣長

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□■□ 逃げる太陽シリーズ □■□
あっちの<俺>もそっちの<俺>も、<俺>はいつでも同じ<俺>。
『一年で一番長い日』本編。完結済み。関連続編有り。
『古美術雑貨取扱店 慈恩堂奇譚』古道具屋、慈恩堂がらみの、ちょっと不思議なお話。
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