ある日の<俺> 5月12日。 魅惑の花かつを
突風と共に去っていった、芳しい香り。
ふんわりとやさしい、それでいて、胃の腑の底から激しい欲望を掻き立てる、あの罪な香り。あんまり一瞬のことで、俺にはそれを引き止める術が無かった。
「・・・そんな泣きそうな顔、しないでくださいよ」
困ったようなシンジの声。そうは言うけど、シンジ。俺、すっごく好きだったんだ、あの匂い。
「ほら。特別大盛りで乗せてあげるっすよ。もう」
鉄板の向うからにゅっと伸びてきた手が、誘惑的な香りを放つそれを、ふわりと俺の持つ舟に乗せてくれた。絹のように薄いそれが再び風に攫われないよう、俺は慌てて胸に抱きこむようにする。
ああ、魅惑の花かつを。熱々のたこ焼きにたっぷりかけられた香ばしいソースの上で、くねくね踊る悩ましいその姿。なんていい匂い!
うっとりしている俺を見るンジの目が、ちょっと冷たい。
「鰹節くらいで・・・子供みたいですよ」
いや、だってさ。俺、ソースたこ焼きに乗ってる花かつをが何より好きなんだよ。愛しちゃってるんだよ。ソースとたこ焼きとかつをぶしの熱いコラボレーションがだなぁ、
いや、そんなことは後でいい。また風に飛ばされる前に、とにかく今は食べる。食べるんだ!
・・・かつをぶし大盛り、ありがとな、シンジ。お前の焼くたこ焼き、最高だ。