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黄泉夜譚 ヨモツヤタン  作者: 朝里 樹
第二二話 ババアたちの逆襲
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三 ババアたちの暴走

 朱音は鎌を持った老婆と鉈を持った老婆の斬撃を、髪を編み込んで作り上げた壁によって防いだ。朱音はそのまま髪を束ねて鞭のように使い、飛び掛かって来た二人の老婆を弾き飛ばす。

「髪は女の命。そんな風に使うたぁ女がなってないねぇお譲ちゃん?」

 鉈の背を肩に置きながら、老婆が挑発するようにそう言った。

「刃物を振り回すような方々に女を説かれたくはありません」

 朱音は頭髪を縮めながら言う。凶器を持って徘徊している妖怪を野放しにして置くなど、美琴が許さないだろう。

 しかし一体何人老婆の妖怪がいるというのか。美琴や良介も自分と同じように討伐を行っているはずなのにまだ現れる。段々苛立ちを感じて来た。

「行くぞ死神ババア!」

 鉈を持った老婆が鎌を持った老婆に言った。美琴と同じ死神を名乗るなど、それもまた腹立たしい。

「おう!首かりババア!」

 手に持った武器を構え、老婆二人は朱音と対峙する。今までの老婆の妖怪たちよりは戦い慣れていそうだ。その手に持った武器故か。

 朱音は両腕に自らの髪を巻き付けた。この髪はただ相手を刺し、縛り上げるだけのものではない。妖がそれぞれ特化した能力は少なくとも、妖力は工夫次第、訓練次第で幾らでも応用できる。

 老婆二人が素早い動きで朱音に斬りかかる。朱音は鎧の如く硬質化した髪に覆われた腕でそれを受け止める。同時に残った髪を束にして老婆に振うが、二人は跳躍してそれを回避する。

 標的を外れた髪は街灯をまとめて薙ぎ倒した。長時間戦っていたせいで妖力を抑えるのが億劫になって来ているようだ。朱音は奥歯を噛む。だがこの老婆たちを殺す訳にもいかない。

「ババアセイバー!」

「ババアシックル!」

 首かりババアと死神ババアが口々に叫ぶ。朱音はそれを冷たい目で睨む。

「なぜ一々横文字で叫ぶのかは知りませんが……」

 死神ババアの鎌を避け、首かりババアの鉈を右手で弾く。

「どんな目的であれ人の世界で暴れられては、他の(あやかし)たちが困るのです」

 両手で握った首かりババアの鉈が横に振われる。朱音はそれを背を反らして避けると、脚に髪を巻き付けて一気に妖力を上げ、首かりババアを蹴り上げた。

 鈍い音とともに首かりババアの右手から鉈が離れ、本体も地面を転がって行く。最初から髪で殴っても良いのだが、至近距離ならばこちらの方が威力は上だ。

 死神ババアはそれには目もくれず、鎌を持った手を振う。朱音はそれを避け、腕に巻いた髪で防ぎつつ、起き上がり向かって来る首かりババアを見た。あれだけの攻撃でも気絶しないとは、やはりこれまでの老婆妖怪とは違うようだ。

 死神ババアの鎌が妖力によって片手で持つための小さなものから、両手で持つ巨大なものに変化する。

「ババアヴァーチカルギロチン!」

 死神ババアが鎌を垂直に振り下ろすと、縦長の斬撃が発生して地面を抉りながら朱音に迫る。朱音は近くの建物に髪の先を刺すとそれを縮めて体を移動させ、斬撃を避ける。

 が、今度は首かりババアが鉈を持って朱音に向かって跳び上がると、凶器を水平に振った。

「ババアホリゾンタルギロチン!」

 避け切れないと判断し、朱音は腕に髪を幾重にも巻き付けて両手でそれを防御する。腕が痺れる感覚に襲われながらも、朱音は後方に一度回転して着地する。

「ババアサーキュラーギロチン!」

 二人の老婆が同時に叫び、それぞれが斜めに刃を振うと×字の斬撃が妖力を纏い、朱音に向かって発射される。朱音は髪が赤い色を帯びる程の妖力を纏わせ、それを叩き落とす。

「いい加減に……」

「ババアマルチギロチン!」

 朱音の言葉を遮り、今度は死神ババアと首かりババアが連続で斬撃を放つ。だが朱音は赤く染まった目を二人に向けたまま、逃げも隠れもせずにその場に立つ。

「してください!」

 朱音の髪が一気に前方に向かって伸びる。それは無数の斬撃を砕き、二人の老婆の体を縛り上げた。殺さない程度に力を入れ、締め上げる。

「なんという……力じゃ」

 死神ババアが辛うじてそう声を出す。その手から鎌が落ち、地面に刺さる。

「少し手荒になりますが……」

 朱音は赤い目を細めて縛り付けられた老婆を睨む。

「私の主の手を煩わせるわけにも行きませんので、ここで眠っていて下さい」

 完全に気を失った二人を地面に落とし、朱音はそれに目もくれずに進み出す。




「ババア……スパーク!」

 ブーメランババアが両手に持ったブーメランを投げる。美琴はそれを体を捻ってかわすが、妖力を纏ったその武器は空中で反転して再び美琴に向かう。

 美琴はそれも見切って避けるが、ブーメランは一向に追跡を止めない。対象を捉えるまで、ということか。

 美琴は両の掌に紫色の妖力の弾丸を作り出すと、それを自分に向かってくる二つの刃向かって投げつけた。空中で二度の爆発が起こり、ブーメランが消失する。

「ババアカッター!」

 今度はヘリコプターババアが背中のプロペラを回転させ、斬撃を連続して放つ。美琴は掌を前に突き出して自身の妖力でそれを弾くと、もう片方の掌から妖力を散弾状にして放出する。

「効かんわ!」

 ヘリコプターババアが背中を向け、プロペラを回転させて美琴の妖力を吹き飛ばし、さらに突風を発生させる。

「行くぞヘリコプターババア!」

「行け!ブーメランババア!」

 ブーメランババアが再び二つのブーメランを握り、投擲した。それはヘリコプターババアの起こす強風に後押しされ、凄まじい速度で美琴に向かう。

「ババアアタック戦法じゃ!」

 ブーメランババアがそう叫んだ。美琴は十六夜の柄に手をかけたが、間に合わない。咄嗟に腕で体を守るが、ブーメランはその両腕にそれぞれ突き刺さる。

「腕が千切れんとは流石じゃのう」

 ブーメランババアがそう嗤った。美琴はそれを無視して、両腕からブーメランを引き抜き、捨てる。

「これで終わりかしら?」

 美琴はわざと再生を始めた腕の傷口を見せるようにして、そう言った。この老婆たちもまだ、彼女らの中の長、という訳でもないらしい。ならば、倒して次に進むのみ。

「言ってくれるのぉ、お嬢ちゃん」

「じゃが、若造がわしらに勝てるかな?おう?」

「大した攻撃してないじゃない」

 美琴は腕がほぼ回復したのを確認して、言った。ブーメランババアの表情が歪む。

「小娘が粋がるな!」

 ブーメランババアが空中に跳び、自らの体を回転させ始める。妖力を帯びたその体は白く光り、ひとつの巨大なブーメランと化す。

「奥義!ババアスラッガー!」

 高速で回転するブーメランババアはそのまま美琴に向かって突進してくる。だが、美琴は避けようとはせず両腕に妖力を通すと、その巨大ブーメランに手を伸ばす。

 美琴の手がブーメランババアの腕をしっかりと掴んだ。美琴はブーメランババアの突進勢いを活かし、自身の両足を軸として一回転させ、投げ飛ばす。

 ブーメランババアは自身の制御を失い、そのままヘリコプターババアへとぶつかった。体の空気を全て吐き出すような声を出して、二人の老婆がもんどりうって転がる。

「こんのクソガキがぁぁ!」

 ヘリコプターババアが怒声を上げ、プロペラを回転させて宙に浮いた。そして体をプロペラとは逆の向きに回転させ始めた。老婆が高速回転する様など恐らくこれまでもこれからも遭遇する機会はないだろう。それでも別に困りはしないが。

 プロペラと本体の逆回転から生みだされる妖力の渦はやがてひとつの巨大な輪となり、切断能力を持った光輪となる。

「ババアスラァァァッシュ!!」

 ヘリコプターババアの絶叫とともに光輪が発射された。アスファルトに固められた地面を木綿のように容易く切り裂き、妖力の塊が美琴に迫る。

 美琴は大地を踏みしめて、十六夜(いざよい)に手を掛けた。鞘の内部に妖力を溜め、抜き打ちとともに一気に解放する。

 十六夜の刀身から放たれた斬撃はヘリコプターババアの白い光輪とぶつかり、消失させると共に空中で回転しているヘリコプターババアとブーメランババアを衝撃で吹き飛ばす。

「言っておくけれど、お嬢ちゃんなどと呼ばれる歳でもないわ」

 美琴は倒れた老婆二人にそう言い残し、太刀を鞘に収めた。

「ほほう、若造りっちゅう奴か」

 失礼な言葉が聞こえて来て、美琴は振り返る。そこには予想通り、高速道路の高架上に逆光を背にした老婆がいる。老婆は挑発するように人差し指を美琴に伸ばし、軽く曲げた。美琴は跳び上がり、高速道路の上に着地する。

 その老婆の後ろには、どこから沸いたのか大量の老婆たちが群れをなしている。

「もうこれ以上老いも育ちもしないだけよ」

 そう言うと、老婆は不快そうな顔を美琴に向けた。

「それは、わしらのようなババア妖怪に対する皮肉か?」

 面倒臭いと思いつつも表情には出さず、美琴は老婆を睨む。明らかに今までのものたちとは違う、濃い妖気。後ろに老婆たちを従えているところを見ても、この老婆が長か。

「そんなことはどうでも良いわ。どこから沸いて出てきたのかは知らないけれど、私はあなたたちを止める。それだけよ」

「ふん、妖怪の癖して人間に味方しおってからに。このターボババアを舐めておると、痛い目を見るぞ?」

 その言葉を残して、ターボババアの姿が消えた。いや、とてつもない速さで移動したのだ。突如目の前に現れたターボババアの拳を美琴は掌で受け止める。

 痺れるような衝撃を受けながら、美琴は老婆の腕を掴もうと手を伸ばすが、ターボババアはその姿からは考えられない反応速度で腕を引き、地面を蹴って美琴から距離を取った。

「わしの拳を受け止めるとは、中々できるの」

「どうしてあなたたちは揃いも揃って武闘派なのかしら」

 ターボババアはにやりと笑うと、戦闘態勢に入ろうとしている他の老婆たちを振り返り、大声で言った。

「手出しは無用じゃ!このターボババアがあいつをぶちのめすしーんを、とくと見ておるが良い!」

 老婆たちの歓声が上がる。その期待を受けてターボババアが地面を蹴る。

 ターボババアの踵落としを、美琴は両腕を交差させて頭上で止める。そのまま蹴りを放つも、老婆は身軽にかわして逆に蹴りを叩き込んで来る。

 しかし美琴もそれを腹部に受けると同時にがっしりとその脚を掴むと、横に向かって投げ飛ばす。

 だがターボババアは飛ばされながら地面に片腕を着き、空中で体を捻って着地する。

 老婆が構えを整えようとするが、今度は美琴が迫っていた。美琴の右拳が老婆の下腹部を捉える。

 ターボババアの体が数メートル浮き上がり、落ちる。

「なるほど……、わしの仲間がやられる訳じゃ」

 老婆は腹をさすりながらそう言った。少し手加減をし過ぎたのか、老婆は口元の笑みを浮かべている。

「じゃが、わしを見くびらない方がいいぞ……。わしはまだ本気を見せておらん」

 ターボババアは美琴の方を向きながら、奇妙なポーズを決める。

「変……身……」

 その言葉とともに、老婆の体を灰色の風が包みこんだ。



異形紹介

・死神ババア

 寝ていると老婆が夢に出てきて「今何時?」と聞いて来るが、これに答えると老婆は死神に変身し、首を切られるという。


・首かりババア

 資料には首かりばあさんとある。大分県のとある公共施設のとある部屋に出て、子供の首をかるという。


・ブーメランババア

 北陸地方に現れたという妖怪。交通事故の犠牲者の霊がブーメランのように回転しながら飛び回るのだという。


・ヘリコプターババア

 昭和のヘリコプター事故で身内を失い、悲しみのあまり自ら命を絶った老婆が、背中にヘリコプターの羽を付けて空中に浮かぶ妖怪になったのだという。 

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