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黄泉夜譚 ヨモツヤタン  作者: 朝里 樹
第一九話 呪詛の渦より
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四 呪詛の渦より

 放課後、恒は小町とともに高校の屋上にいた。この場所はあまり人が来ないから、人に聞かれると不振がられる妖怪についての話をするのには丁度良い。

「あの子も災難やねぇ。幽霊だけじゃなく妖怪にまで狙われとるなんて」

 小町は屋上に吹いた強風で乱れた髪を直しながらそう言った。もうすっかり季節は秋になり、風が肌寒い。

「そうなんだ。だから、とりあえず今日は僕が側にいてあげようと思って。僕でもいないよりはましだろうからさ」

「恒ちゃんだって狙われてるんやから、それは忘れてへんよね?」

 小町の言葉に恒は頷いた。現状では自分より友人の方が危険だ。

「とにかく、美琴様には連絡したから、僕は一応水木についているよ」

「美琴様が来てくれるなら心配ないとは思うけど……。私も妖気の変化に気をつけとくから、危なくなったら駆け付けるわ。気を付けるんよ」

「分かってる」

 恒はそう言って、水木と合流するために屋上を降りたる。水木と一緒に飯田も待っているはずだ。




「八尺様……、聞いたことがない妖怪だね」

 バスを降りて水木の家に向かう途中、飯田は水木の顔を覗きこむようにしながらそう言った。

「そりゃあ、じいちゃんたちもほとんど外には漏らさないようにしてたみたいだからな」

「しかし本当に妖怪なんだね?これで妖怪の実在が証明されるのか……。僕の長年の調査が裏付けられる!」

 恒は黙ってその会話を聞いていた。彼らの隣には、半分妖怪の血を引いた自分がいる。

 自分の正体を彼らに話す日は来るのだろうか。恒は考える。彼らは大事な友人だが、自分の出生を話すのは怖かった。恒が半妖怪だと最初から知っていた小町とは違い、彼らは恒のことを人間だと思っている。

 恒自身最近になるまでそう思っていたのだから、当たり前だ。だからこそ言うのが怖い。彼らは、霊感のせいでいじめられていた恒を受け入れてくれた数少ない友人だった。

「池上君はどう思う?」

 不意に飯田に話を振られて、恒ははっと意識を彼に向けた。

「ごめん、何の話?」

「八尺様は本当に妖怪かという話だよ」

「さあ、見てみないことにはなんとも」

「でもさあ、身長二メートル以上あって真夜中に襲ってくる女だぜ。絶対妖怪だよあれ」

 水木はため息交じりに言う。昨夜の睡眠不足を授業時間で取り戻したせいか、少し元気になっている。

「しかし妖怪か。写真を撮ってもよいだろうか。証拠として残したい」

「やめとけよ。妖怪だろうと変質者だろうと、刺激していいことないぜ?」

 もっともだと恒は思う。恐らく、本当に妖怪に襲われればそんなことをしている暇はないだろう。

 町は夕暮れに染まり始めている。秋の落日は早い。もうすぐ日が暮れるが、この調子ならば夜になるまでに水木の家には着けるだろう。

 そう思いながら恒が道を歩いている時、唐突に強い霊気を前方から感じた。

 まさかと思って恒は目を凝らす。その遥か先に、長い影をっ体の前に伸ばした巨大な女が立っていた。




 美琴は(けが)れの気配を感じて、顔を上げた。

 彼女は事前に恒に聞いておいた水木の家の近くに待機していた。おみさが現れるとすれば、この家だと考えてのことだ。彼女がやって来れば、水木に手を出す前に討つつもりだった。

 だが、穢れの気配は遠くから流れて来てる。それと一緒に微かな妖気も感じる。美琴がここにいることを察知したのか、それとも単なる気まぐれか、おみさはまだ逢魔刻(おうまがどき)にすらなっていないこの時間に水木を襲おうとしている。

 美琴はすぐに行動に移った。穢れと妖気を頼りにおみさの方へと向かって走る。彼らが無事であればいいが……。




「ぽっぼぼぽっぽぼぼぽぽ」

 女はそう奇妙な笑い声を上げながら近付いて来た。巨体から来るものとはまた別の異様な威圧感。恒は体を震わせた。こんな感覚は今までにない。

「水木君、あれが……」

「そうだ……、あれが八尺様だ……」

 飯田と水木はその場に立ち(すく)んだままそう会話した。その声には抑揚がなく、感情も籠っていない。

「何やってるんだよ二人とも、早く逃げなきゃ」

 恒は言うが、水木も飯田もぴくりとも動こうとしない。恒は美琴の言葉を思い出した。これが八尺様の呪いだろうか。

 恒自身は妖怪の血が流れているためか一応は呪いを防いでいたが、八尺様が次第に近付いて来るにつれて体が浸食されているような感覚が現れ始めた。筋肉が言うことを聞かなくなり、骨が錆びたように動かなくなる。

 このままでは三人とも殺される。自分が屈してしまったら終わりだ。恒はポケットの中の横笛を掴むと、それを取り出した。この二人は、自分が守るしかない。

 その思いと同時に笛が槍へと変わり、恒自身の体も変化を起こした。そして、あの夢桜京(むおうきょう)の時と同じ白い鬼の姿となって、八尺様の前に立ちはだかった。

「変わった……」

 恒は呟いて、槍を構える。八尺様はすぐそこに迫っていた。

 とにかく水木と飯田の二人には近付かせてはいけない。そう意識しながら、恒は美琴や小町に習った通りに槍を振った。八尺様は少し怯むような仕草をして、前進を止める。

 恒は八尺様に向かって槍を突き出すが、相手は上半身を後ろに曲げてそれを避けた。

「ぽぽぽっぽぽぽっぽぽぽ」

 相変らず単調に声を上げながら、八尺様は口だけの笑みを浮かべたまま充血した目で恒を睨む。その右目のすぐ横に、何かで切りつけられたような傷跡が見えた。

 それに目を取られた隙に、八尺様の左手が恒の槍を掴んだ。恒は慌ててそれを引き抜こうとするが、八尺様の力は一切緩まない。

 八尺様は槍ごと恒を持ち上げると、上空まで持ち上げ、背中が下になるように地面に向かって叩きつけた。肺の中の息が強制的に吐き出されるのを感じながら、恒は起き上がろうとする。

 しかし、その顔を巨大な掌が押さえつけた。長く太い指の隙間から、八尺様の顔が覗く。

「ぽぽぽっぽぽぽっぽぽぽ」

 呪詛を湛えた瞳と笑い声を上げ、八尺様は恒を持ち上げ、放り投げた。近くの家の塀にぶつかり、再び恒は地面に倒れる。痛みとは別の要因で、体が動かなかった。八尺様に触れられた瞬間から、体の自由をあの妖怪に持って行かれてしまったような感覚がある。

「やめ……ろ!」

 恒が呻くようにして叫ぶが、八尺様は全身を止めない。その上、水木は自らの懐に手を入れて、お守りを取り出した。彼もまた、八尺様に操られているのか。

「駄目だ!」

 恒はようやく立ち上がったが、遅かった。水木はお守りを両手でつかむと、それをひと思いに引っ張ってばらばらにしてしまった。千切れた布が彼の手から落ちる。そして、八尺様の笑い声が夕闇に響く。

「ぼぼぽっぼぽっぽっぼぼぽぽ」

 恒は八尺様に向かって走り出す。だが、八尺様は恒を一瞥しただけで、触れることなくその体を地面に叩きつけた。まるで上から何百キロという重りを突然乗せられたような感覚だった。妖怪の体でなければ死んでいたかもしれない。

 このままではまずい。八尺様の意識は既に水木に向いている。このままでは……。

 その時だった。紫の風が一陣吹いて、八尺様にぶつかった。美琴だ。死神の蹴りをまともに顔面に食らった八尺様は後方に弾き飛ばされて、地響きを立てて倒れた。

「危なかったわ。さあ、あなたはあの子たちの側にいてあげて」

 美琴が着地し、恒に言った。八尺様が倒れたためか、恒の体は再び動けるようになった。恒は急いで立ち上がる。

「美琴様?」

「ええ。あの妖怪の直視しては駄目よ。呪いをかけられるわ。内側から肉体を壊し、死に至らしめる呪いを。だからまずあの子たちの視界を塞ぎなさい。あなたもあの妖を見ないように」

 恒は頷いて立ち上がる。そして八尺様を視界に入れないように後ろを向き、水木と飯田の元へと駆け出した。八尺様を背中にするのは恐ろしいが、今は美琴がいる。




 美琴は恒が友人二人の体を動かし、八尺様に背中を向けさせたのを横目で確認し、妖と対峙した。

 おみさという名の妖は顔に引きつった笑いを貼りつけたまま、美琴を見下ろしている。

「ぽぽっぽぽっぽぽっぽぽぽぽ」

「言葉も表情も失っても、笑いは止めないのね」

 美琴の目の前で、八尺様と呼ばれた妖の体が巨大化し始めた。皮膚の下で肉が膨張して裂け、骨が音を立てて砕け、再構成される。そしてその大きさは十メートルを優に超え、遥か頭上から八尺様は美琴を見下ろした。水木のお守りがなくなったことで、妖力が戻ったのか。

 おみさの腕が振り下ろされる。だが、美琴は後方に跳んでそれを避ける。

 八尺様の腕はアスファルトを砕くが、姿勢をかがめたことで隙ができた。美琴は太刀を抜いて、その首に向かって突き立てる。だが、八尺様はそれを首を捻って裂けると、右腕を美琴の腹部に向かって鞭のように振った。

 凄まじい衝撃を受けて、美琴が弾き飛ばされ、歩道のガードレールを突き破ってさらに後方の塀に当たり、それを砕いた。美琴は咳をして手を腹に当てる。とんでもない力だ。

 七尋女房(ななひろにょうぼう)の能力は、その肉体の大きさを普通の人間の女ほどの大きさから七尋まで自在に変えるというもの。だが、今美琴が対峙している妖怪の能力はそれだけではない。その能力が何なのか、美琴は身を以て知ることになった。

 おみさが美琴を睨む。妖力の放出を感じて、美琴は右腕を前に伸ばした。同時に美琴の右腕が軋み、肉が裂け、骨が音を立てて折れた。美琴は苦痛の呻き声を上げる。まるで先ほどのおみさの巨大化と同じ現象が、自分にも起きている。

 これで分かった。おみさは見ただけで相手にも自分の妖力を作用させることができるのか。そして勿論七尋女房の妖力などに対応していないものたちの体は、無理矢理巨大化、縮小化を発現させようとすれば肉体は悲鳴を上げ、破壊される。

 それを器用に使えば相手の体を少しならば操ることができるし、強く作用させればこの通りということか。妖力である程度防いだため右腕だけで済んだが、恒やその友人たちがこれを受けていれば体がねじ曲がり、砕けて死んでしまう可能性が高い。

「早めに決着をつけさせてもらう」

 美琴は右手に妖力を回して再生を促進しつつ、左手で逆手に太刀を構えた。八尺様が再び妖力を放つが、美琴は高く跳び上がってそれを避ける。

 美琴が降下しながら八尺様を狙うが、八尺様は体を急激に縮小させてそれをかわし、今度は右腕の肉体のみを伸ばし、それで美琴を地面に叩き付けた。このまま、直接妖力を送り込むつもりか。

 地面とおみさの腕に挟み込まれた衝撃で口から血を漏らしながら、美琴は太刀を振った。妖力の斬撃が放たれ、八尺様の右手を根元から切断した。

「ぼぼっぽぼっぼぽぼぼぼぽぽぽ」

 八尺様は笑いに固定された顔のまま、怒りの声を上げた。血走った目が美琴に向けられる。だが、美琴は動かせるまでに回復した右掌に妖力の弾を作ると、それを八尺様の顔に目掛けて投げ付けた。

 右手が完全には回復していないため頭部を吹き飛ばすまでの威力はなかったものの、紫色の爆発に八尺様が怯んだ。美琴は足に妖力を込め、一気に跳び上がる。

 かつて自らの快楽のために多くのものたちを殺し、力を失っても殺戮をやめず、何百年もの間人々に恐怖という呪詛を与え続けた(あやかし)。もうこの妖には、殺すか殺されるかしかない。

 八尺様が闇雲に振った腕を空中で避けると、美琴は逆手に持った十六夜(いざよい)を八尺様の頸部(けいぶ)に突き立て、そのまま抉り斬り裂いた。

 数百年前と同じく首を裂かれ、呪いを吐き続けたその妖の首は、血飛沫を上げながら十六夜の(やいば)によって刎ね飛ばされた。巨大なおみさの体がぐらりと揺れ、地面に倒れた。

 夕焼けは夕闇に変わり、街灯が妖力を失って縮んでいくおみさの姿を照らしている。

「あなたの呪いは、もう終わり」

 美琴は呟いて、血を拭いた太刀を鞘に収めた。




「あれ、俺どうしたんだ?」

 水木が起きた時、彼は自宅のベッドの上に眠っていた。既に空は明るく、小鳥の鳴く声が窓の外から聞こえてくる。

「たしか昨日は恒や飯田と一緒に家に帰っていて、それからどうしたんだっけ」

 水木は頭を捻りながら部屋を出て、階段を下りた。すると、よく知った老人の顔が現れて、彼に声をかける。

「おお国男、起きてきたか」

「あれ、じいちゃん?なんでいるんだ?」

 水木は頭を掻きながら言った。

「孫の顔見に来るのに理由がいるかい?」

 祖父はそう言って笑う。水木もつられて笑った。




 八尺様の事件から一夜が過ぎていた。呪いは消え、いつもと変わらない夜明けが来た。

「恐らく、水木君も飯田君も、それに八尺様に関わった人々の記憶は既に消えているわ。それに恒、あなたの変化した姿のこともね」

 早朝の居間で、美琴は完治した右腕を眺めながら、恒にそう言った。

「そうですか」

 恒は安心して、息を吐く。あの時は無我夢中であの二人を守ろうとしていたが、完全に自分の姿は見られていた。八尺様に呪いをかけられていたとはいえ、自分の姿が彼らの記憶に残っていることも考えられた。

「八尺様がいなくなった以上は、彼らがその記憶を持っている必要もないからね。特に人を襲う妖の記憶だけが残ることは、また人と妖の間に争いを生むことになりかねないから」

 美琴の言葉に、恒は頷く。そして尋ねた。

「僕のあの姿も、もし水木や飯田が覚えていれば、八尺様と変わらない怪物だったのでしょうか」

「さあね、それは分からないわ。あの子たちにきちんと話せば、分かってくれるかもしれない」

 美琴は静かな声でそう話す。

「それを話すかどうかはあなた次第。自分の正体を話さないことが卑怯だとも悪いことだとも、私は思わないから」

 恒は頷いた。いつか自分の正体を、彼らに話すべき時が来るのだろうか。それとも、このまま黙って関係を続けるべきなのだろうか。

 人と妖の寿命は違う。そして、その間に生まれた半妖怪はそのどちらとも違う寿命を持っている。晴明の言葉だ。だからいつかは、自分は彼らと別れなければならない時が来るのは確かだろう。

 恒は溜息をつく。この悩みは、自分にとってはある種の呪いなのかもしれない。これからも当分の間解消されることはないだろう。



異形紹介

八尺様(はっしゃくさま)

 ネットの怪談より生まれた現代妖怪で、その名の通り身長が八尺(240cm強)もある女性の姿をした妖怪。老婆であったり、若い女であったりと容姿は一定しないが、いずれも背が異様に高く女性であること、頭になにか載せていること、「ぽぽぽぽ」と奇妙な笑い声を上げること、が共通している。また、声色を変えて相手の知っているものの声を出すことで、油断させておびき出そうとする行動もとっている。

 八尺様に魅入られてしまった人間は数日のうちに取り殺されてしまうとされ、特に成人前の子供が被害に遭うことが多い。それを防いだ例としては、まず一晩札の貼った部屋に御守りを持って閉じこもり、翌日魅入られた者の親類を集めて八尺様の目を惑わして逃げたというものがある。八尺様は地蔵によってある地域に閉じ込められており、そこから出れば安全なのだという。

 しかし現在ではこの地蔵は破壊されており、八尺様はもうどこに現れるか分からないとされている。

 これに類似した妖怪としては先に紹介した「七尋女房」の他、「高女」や現代妖怪の「アクロバティックサラサラ」が挙げられる。どれも背の高い女性の姿をした妖怪たちである。

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