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黄泉夜譚 ヨモツヤタン  作者: 朝里 樹
第 一 話 死神の少女
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三 死神の少女

 恒には自分の目の前の光景が信じられなかった。二人の男の体が常識ではあり得ない変化を起こしている。

 ジャンパーの男は皮膚の色がまるで血のように赤くなったかと思うと、体中の筋肉が膨張し、体の中で何かが壊れ、弾けるような音を発しながら五メートルほどの大きさになった。その目は黄色く濁り、口は裂け、額からは皮膚を突き破って二本の角が生えている。

 スーツの男も同様に皮膚の色が青く変わり、筋肉が膨張して四メートルほどの大きさになった。額の中央に角が一本。右手に巨大な金棒を持っている。

 鬼だ――。恒は朝の飯田の話を思い出した。彼の言った通りだ。まさか本当にいるなんて……しかも今狙われているのは自分だ。

 夢の少女はこのことを言っていたのだろうか。そうとしか考えられなかった。自分は今日ここで死ぬのか?さまざまな思いが駆け巡る。

「さあ、どう料理してやろうか?」

 赤鬼がにやにやと笑いながら言い、品定めするように、震えて立ち尽くす恒を見た。

「面倒なことを考えるな。さっさと始末するぞ」

 青鬼が棍棒を振りかぶった。一思いに恒をぺしゃんこにするつもりらしい。恒はそれを見て慌てて逃げ出した。

 狙いをそれた棍棒は恒の家に当たり、半分以上崩壊させた。ああ、住む家が無くなった。脳のどこか冷静な部分が、今の危険から逃避するようにそんな意味のないことを考える。だが体は自然に動いて、落ちて来る瓦礫から彼を遠ざけた。

「ちい、ちょこまかと」

 青鬼が悪態をつく。

「俺に任せな!」

 今度は赤鬼が拳を恒に向って打ち込む。今度は逃げる暇がない。死を覚悟する。だが、その瞬間は訪れなかった。




 夕闇の中、凛と響く少女の声。

逢魔刻(おうまがどき)黄昏(たそがれ)。境界は開き、(あやかし)たちが顔を出す」




 ふわりと体が浮くような感覚。一瞬あとに、それが誰かに掴まれて運ばれているのだと分かった。その主が着地したのと同時に恒は尻もちをついた。

「やはり今時夢知(ゆめじ)らせじゃ駄目ね。大丈夫?」

 優しげな声でそう問われた。この声はどこかで聞いたことがある。恒は少女を見た。黒い和服を着て、腰には同じく黒い日本刀を佩いている。黒く澄んだその瞳は、じっと二体の鬼を見据えている。

「あなたは……」

「私の名は美琴、死神よ」

 少女がそう言うと同時に、彼女から淡い紫色の(もや)のようなものが彼女の周りを覆った。一瞬で彼女の着物が青紫の生地に銀色の蝶の刺繍をあしらったものに変化し、瞳の色が紫色に染まる。その姿を見て、恒は気付いた。

 そうだこの少女は、夢の中のあの少女だ……。

「ここで待っていなさい。危ないから動かないこと」

 そう言い残して、美琴という名の死神の少女は刀を片手に、鬼たちの方へ歩き出した。




「死神? 貴様伊邪那美(いざなみ)か?」

 青鬼が興味深そうに自分の丈の半分にも満たぬ死神を見る。自分の姿を知らないということは、かなり下位の鬼だろう。しかし間に合ってよかった。こんな鬼とはいえ、人間の常識と照らし合わせれば恐ろしいほどの脅威だ。あの棍棒や拳に当たっていれば、間違いなく恒の命はなかっただろう。

「ええ、どうするの?逃げるなら早くなさい」

 美琴が鬼を挑発する。赤鬼が拳を鳴らしながらそれを笑い飛ばした。品性も何もない話し方に、美琴は顔をしかめる。

「誰が逃げるか。特にお前からはな。我ら一族の恨み、忘れたわけじゃあねえだろ?」

「しつこいわね。ならさっさとかかってきたらどう?」

 面倒臭そうな口調で美琴が言った。それに怒りを覚えたのか、赤鬼が怒声を上げる。

「望み通りにしてやるよ!」




 恒は座り込んだまま鬼と死神を見ていた。あの少女は何をする気なのか分からない。まさかあの刀一本で鬼二体と戦うつもりなのか。恒の心配をよそに、美琴は鬼たちの前に毅然と立っている。




 赤鬼が右の拳を突き出す。予想した通り、何の工夫もない力任せの攻撃だった。美琴はふわりと跳んでそれを避けると、右手を腰に()いた刀の柄に当てた。その後は一瞬だった。

 紫の直線が夕闇を切り裂いた直後、赤鬼が地響きにも似た悲鳴を上げた。巨大な赤い腕が支えを失い、地面に転がる。赤鬼は信じられないという表情で肘から先の無くなった自分の腕を見た。皮膚と同じ色の血が噴水のように噴き出している。先程の美琴の抜刀と同時に切断されたのだ。赤鬼は左手で傷口を押えながらその場に膝をついた。




「貴様!」

 今度は青鬼が棍棒を死神に向かって振り下ろした。だが美琴はそれも軽々と避けると、一瞬膝を曲げて青鬼の顔の位置まで跳び上がる。

「さよなら」

 無表情のままそう言うと、美琴は両手で持った刀を縦に振り下ろした。驚愕の表情をした青鬼の顔が、体もろとも一刀に両断される。

 二つに分離した体が別々に地面に倒れ、地響きを立てた。

 今度は背後から空気を震わせるような咆哮が聞こえた。赤鬼が左腕を振りかざし、半乱狂になって美琴に襲いかかる。

 だが美琴は慌てもせず、振り向き様に刀を振るった。鋭い金属音がして、赤鬼の前進がとまる。静寂ののち、斜めに切り取られた赤鬼の上半身だけが前に落ちた。そして一瞬の間を置き、次いで下半身が後ろ向きに倒れる。どちらももうぴくりとも動かない。




 二体の鬼が地面に沈んだのを見届ると、美琴は無言で刀身を鞘に納め、座り込んだままの恒の方に歩いてきた。黒い髪が風に(なび)き、赤い陽がその顔を照らす。先ほどの戦いからは想像し難い美しく整った顔。恒は逃げる気にはならず、ただ美琴が歩いて来るのを待っていた。彼女は恐ろしい力を持っている。だが彼女は自分のことを鬼たちから守ってくれた。それは確かだ。

 再び彼女から紫の靄が現れて、美琴はもとの姿に戻った。彼女は恒の側まで来て、立ち止まる。

「立てる?」

「え、ええ」

 恒は立ち上がって尻を払った。

「ごめんなさいね。少し来るのが遅かったわ」

 美琴は半壊した家屋の方に顔を向けて言った。

「そ、そんな、こちらこそ命を助けてくれてありがとうございました」

「礼儀正しいのね、あなた」

 恒が礼を言うと、美琴はおかしそうに小さく笑って、そう言った。その姿には、先程の鬼神のような強さは微塵も感じられない。

「あの、今のは一体……」

「話せば長くなるのだけど……、少し付いて来てくれるかしら。歩きながら話すわ」

 そう言って美琴は恒に背を向け、歩き出した。恒は慌ててそれに付いて行く。




「今朝、夢に私が出てきたでしょう」

 聞こうとしたことを先に言われ、恒は出鼻を挫かれながら頷く。

「ええ、どうしてそれを?」

「あれはね、夢知らせと言う古い霊術なの。本当は私が直接行った方が早かったのだけど、あなたとあなたの家の周りには強力な結界が張ってあってね、生身じゃ近付けなかったのよ。その結界もついさっき壊れてしまったから、今私がここにいるのだけどね」

 山の上へ上へと向かう道を歩きながら、美琴は説明する。

「何だか良く分からないです」

「そうよね、まあ簡単に言ってしまえば私は妖怪よ。さっきあなたを襲っていたのもそう。なんて、いきなり言われても実感が沸かないわね」

「ええ、まあ……」

 昼間は自分の中で否定していた妖怪が、今目の前にいる。その本人である美琴は苦笑して、「大丈夫よ」と励ますように言う。

「仕方がないわ。これから少しずつ分かってくると思う。でも、あなたは意外と怖がったりしないのね」

 確かに、目の前に妖怪と名乗る人物が現れて、しかもその言葉に説得力のある行動を見せつけられていたら、怖がるのが普通かもしれない。しかし、先程の二体の鬼や、今まで見てきた悪霊などに比べれば、目の前の少女はずっと温かい感じがした。

「幽霊なんかは見慣れてますから」

「そう、やはり霊感は強いのね」

 美琴は言って、立ち止まった。

「着いたわ」

 美琴の方を見ていた恒は、彼女の視線を辿り、その前にある巨大な物体を見る。どうやら大きな門のようだ。ここは山の頂。茫然と門を見上げながら、恒が呟く。

「こんなものがあったんですか」

「そこで見ていてね」

 美琴はそっと門に手を当て、ゆっくり押し始めた。高さ三メートル、横は四メートルはあろうかという門は何の抵抗も示さず、軽々と開いていく。

 恒は門の向こうを見やって、我が目を疑った。そこにあるのは巨大な和風の屋敷。門の外側から見ても何もないのに、門の枠の中にだけ存在している。

「向こうはあなたが住んでいた世界とは異なる世界。私たちは異界と呼んでいるわ」

 そう言うと、美琴は門の内側へ入って行ってしまった。恒も慌てて追いかける。

 確かに、門の向こうの世界は存在した。大きな屋敷と、その屋敷がある山の下に広がる、大きな町。ただ現在のようにビルが立ち並び、アスファルトに覆われた町ではなく、時代劇から切り抜かれたような石畳と屋根瓦の古い街並み。山に囲まれたその町は、夕闇の中で淡い光を放っている。

「ここは……」

「ここが人間の知らない、もうひとつの世界」

 彼女は微笑して、口を開く。

「ようこそ、黄泉国(よもつくに)へ」

 恒はまじまじと、異界の情景を瞳に写した。これまでの当たり前だった日常が、この日を境として全く別のものに変わろうとしていた。



異形紹介

・鬼

 日本の代表的な妖怪の一つ。日本においては様々な形で鬼という存在が文化の中に登場しているが、ここでは一般的な角の生えた人型の妖怪である鬼について解説したい。

 主に頭部に一本または二本の角を持ち、鋭い牙や爪、また発達した身体を有する人型の妖怪として描かれることが多い。鬼には知性と慈悲が欠けており、貪欲、嫉妬、愚痴の三つしかないため、鬼の手足の指は三本しかないとされることもある。

 代表的な鬼としては源頼光と闘った酒呑童子(しゅてんどうじ)、羅城門の鬼と同一視され、酒呑童子の配下であったとされる茨木童子(いばらきどうじ)などがあるが、日本で最初に鬼とされる妖怪が登場したのは古代、和同六年の『出雲国(いずものくに)風土記(ふどき)』である。これに登場する鬼は一つ目で、現在一般的な、牛の角に虎のふんどしという鬼の姿は不吉とされた「鬼門」の方角が丑寅(うしとら)と呼ばれていたためであるとされる。平安時代の『和名類聚抄(わみょうるいじゅしょう)』には、鬼の語源は「(おん)」であり、これがなまって「おに」となったとされている。また、「鬼」という漢字はもともと中国で死者の魂を表わす漢字であり、これが日本に入ってきた際に日本固有の「オニ」という概念と合わさり、現在の形になったとされる。ちなみに『古事記』、『日本書紀』にも黄泉醜女(よもつしこめ)両面宿儺(りょうめんすくな)など、鬼の一種と考えられる異形のものも登場している。

 仏教において鬼は、閻魔大王のもとで地獄の獄卒とされ、多くの地獄絵に登場している。

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