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黄泉夜譚 ヨモツヤタン  作者: 朝里 樹
第一二話 鬼哭の古道
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二 旅籠

「見えてきたわ。あれが今日私たちが泊まる旅籠(はたご)よ」

 美琴が言った。恒は林道の向こうを見る。

 今までずっと続いていた林道は十メートルほど先で途切れていて、代わりに木々に囲まれた広い空間があった。そこには境界に入ってから始めて見る人工物がいくつかある。

 一つは大きな建物で、「天先宿」という看板が下がっている。どうやら旅館のようなもののようだった。他には茶店だったり、露店だったりがいくつかあって、小さな町のようになっている。

「境界にはこういった宿場町がいくつもあってね、あそこに見えるような旅籠(はたご)に泊りながら旅をするの。昔は人間界にもこういう宿場町があったのよ。交通手段が発達した今だと、なくなってしまったけれど」

 美琴はそう説明して、まず旅籠に行って荷物を置こうと提案した。確かに長い間歩き続けていたため体はくたくたで、少しでも体を軽くしたい気分だった。

 旅籠は木造で、瓦の切妻屋根の立派な建物だった。二階は前にせり出しており、壁は全面を板壁で構成されている。今まであまりこんなところに泊る機会がなかったため、恒の気分は少しだけ高揚した。美琴の屋敷も立派だけれど、宿泊となるとまた気分が違う。

 三人が格子戸を開け、旅籠に入ると、まず大きな土間があった。その横には畳敷きの広間があり、奥には木の廊下と、階段がある。

 その奥の廊下から女性の姿をした妖怪が現れて、出迎えてくれた。境界に入ってから始めてみる他の妖怪だ。どうやらこの旅籠で働いているらしい。

「美琴様、お待ちしておりました。お久しぶりですね」

「ええ、久しぶりね、お(さち)。一泊お願いするわ」

「かしこまりました」

 お幸と呼ばれた女性は頭を下げた。旅籠の一階にはこの広間の他にもうひとつ広い宴会用の部屋と厨房、それに風呂があり、宿泊用の部屋は全て二階にあるとのことだった。

 三人は二階の角にある部屋に案内され、そこに荷物を下ろした。部屋は畳敷きで、六畳ほどの広さのものが(ふすま)を間に置いて繋がっており、出窓辺からは森林が見下ろせた。部屋の真ん中には四角い机が置いてあって、座椅子が四つ設置されている。

「疲れたね~恒ちゃん」

 足を投げ出すようにして畳の上に座り込みながら、小町が言った。恒も同じように畳の上に腰を下ろす。何時間か振りに重力に屈したせいか、しばらく立ち上がれそうになかった。

「二人ともゆっくりしていてね。私はお幸と話して来るから」

 ただひとり微塵も疲れを見せていない美琴はそう言うと、部屋から出て行ってしまった。残された恒と小町はしばらくぼぅっとしていたが、やがて小町が口を開いた。

「ねえ恒ちゃん、こんな風に女子二人とおんなじ部屋に泊まるって、男の子はどう思うの?」

 にやにやしながら聞いて来る。完全にからかっている時の顔だ。

「どうって言われても、答え辛いなぁ」

 恒は頭を掻く。確かにこの状況は色々とおかしいかもしれない。

「嬉しいの?恥ずかしいの?」

「いや、美琴様は何か上の方にい過ぎてそういう対象にはならないし、小町さんは昔から知ってるから……」

「全く意識せえへんの?」

「いや、そう言われると……」

 完全に遊ばれている気がする。しかしどう答えればよいのだろう。意識していると言うのもあれだし、意識しないというのも何か失礼な気がするし。

 小町は楽しそうに笑って、ぽんと恒の頭に手を当てた。

「ごめんね、つい可愛くて」 

「可愛いって言われてもあんまりうれしくない」

「そう?」

 小町は「ふふ」と笑って、畳の上に寝転がった。

「眠いの?」

「眠くないけど疲れた。ちょっと休んでから、一緒に色々回ろ?」

「そうだね」

 恒は座椅子に体を預ける。窓の向こうを見ると、大きな鳥が飛んでいた。




 後藤はカップラーメンを食べながらテレビを点けて、適当にチャンネルを合わせて、その画面に釘付けになった。

 その画面には、自分の姿が映っていた。ニュース番組らしいそれは、「石井小枝子さん誘拐の現場」などという字幕をつけて監視カメラの映像を流している。そこに映っているのはどう見ても自分だった。

 その「石井小枝子」という人物の写真が監視カメラの映像の後に映し出された。昨日自分が殺して、あの世界に放置してきた女のものだ。

 しかしあれは住宅街だった。車の中に隠れていて、一人で歩いているあの女を見つけ、殴って気絶させてすぐに車に連れ込んでその場を去ったのだ。一体どこに監視カメラなどあったというのだ。

 後藤は食い入るようにテレビを見つめていた。その答えは、すぐに出た。

 後藤が昨夜犯行を働いた場所の、すぐ前の家は、以前空き巣に入られたという理由で監視カメラを導入していたというのだ。まさか店でも豪邸でもない普通の一軒家に監視カメラなど設置されているとは思わなかった。

「犯人は三十台中盤の男で、黒い服を着ています。もし犯人と思われる人物を目撃した方は、すぐに警察へ連絡してください」

 ニュースのレポーターは淡々とそう告げる。後藤はそれを見て、体が震えるのを感じた。

「なんだよクソ……!」

 悪態を付き、後藤はどうすればよいのか考えた。つい半年前までは死んでもいいと思っていたのに、働かずに金が手に入る方法を知ってからは命を手放すのが惜しくてたまらなくなっていた。

 こうなったら、あの場所にしばらく隠れているしかない。そう判断した後藤は、財布を持ち、家にあった使い捨てのマスクと、高校生くらいの時に使っていた覚えのある帽子を引っ張り出して来て、それを身につけてから外に出た。

 とにかく食糧が必要だった。コンビニで適当に菓子類やパン、おにぎりなどできるかぎりかごに入れた。カップ麺はお湯がないから駄目、冷凍食品もレンジがないから駄目、と選んでいくと、意外と買えるものは少なかった。

 苛立ちを感じながら食物を購入し、車に詰め込む。そしてそのまま車をあの山まで走らせた。麓で車を乗り捨て、食糧の入った袋をぶら下げて山道を走るようにして登った。

 自分の身に危険が迫っているとここまで必死になれるものなのかと、我ながら不思議だった。後藤はいつもの大木の前まで来ると、迷わず異世界への道へ足を踏み出した。




 しばらく休んだ後、恒と小町は旅籠を出て、周辺の店を回った。と言ってもあるのは露店が数店と、茶店がひとつという状態だったので、すぐに見るものもなくなってしまった。

 露店には誰もおらず、商品だけが陳列してあった。恒がその理由を小町に尋ねると、「確かね……」と思い出すようにして答える。

「こういうお店はお金を払わないと商品が持っていけないように妖術が掛かっとるのよ。滅多にお客なんてけえへんから、月に一度くらい商品の補充と集金を兼ねて店主がやってくるって聞いたことがあるわ」

 意外と効率的なんだな、と思いながら並べられている品物を見る。食べ物や飲み物も多いが、これも人間の常識で測ってはいけないのだろう。あとはこの境界の木で作られたと説明のあるお土産がいくつかあるくらいだ。

 露店を見終わって、二人は茶店に入った。露店とは違って、さすがにここには店主がいた。灰色の和服を着た男性の妖怪で、目の下に大きな(くま)があるのが印象的だった。

「いらっしゃ~い」

 店主はそう無気力な声を出した。恒と小町が適当に席を選んで座ると、のそのそと注文を取りに来た。

「えっと、みたらし団子に、お茶をお願いします。恒ちゃんは?」

「じゃあ僕も同じもので」

 注文を終えると、店主は「は~い」と間延びした喋り方をして、店の奥に引っ込んでいった。こんなところに店を構えていると、暇すぎてああなるのだろうか。

「ねえ恒ちゃん、最近こうやって二人でいること増えたね」

 机を挟んで向かい合って座っていた小町が、そう言った。

「そうだね、増えた気がする」

「何か、昔に戻ったみたいでお姉ちゃん嬉しいな」

 小町はそう、首をかしげて微笑した。

 昔は、いつも小町の後ろを追いかけていた子供だった。一番最初にできた友達で、一番長くいる時間も長かった。それに、小町だけは何が見えると言っても受け入れてくれた。きっと自分はこの人に甘えていたのだと思う。

「何だかんだ言っても、一番長い付き合いだから」

「そんなこと言って、中学生のときは全然私と一緒にいようとしなかったやない。寂しかったな~」

 小町はわざとらしく横目で恒を見る。本気で怒っていないことは分かるが、小町に攻められると弱い。昔から頭が上がらない。

「悪かったと思ってるって。小町さんには感謝してるよ。おばあちゃんが死んじゃったときも色々してくれたし」

「あの時はねえ、恒ちゃん誰も頼ろうとしないんやもの。よく家に行ってた私が助ける以外ないやんか。お婆様にもお世話になってたし」

 店主がゆっくりとした動作で注文したものを運んで来る。恒は一口、みたらし団子を齧った。

 恒が十五歳になる少し前に、祖母が亡くなった。祖父はその数年前に他界していて、恒は本当に独りになった。だからと言って、他の人たちを巻き込みたくなかった。いや、同情されるのが嫌だったのかもしれない。両親がいないという理由で、小さなころから同情の目ばかり向けられていたから。

 あの時小町はよく家に来て、晩御飯なんかを作ってくれた。その頃は以前と比べれば一緒にいる時間は減っていたのに、一番親身になってくれた。上手く礼は言えなかったけれど、本当は嬉しかった。

「恒ちゃんはもっと人を頼った方がええよ。自分一人で抱え込んでたら、いつか壊れちゃうから。それとも私じゃ信用できへん?私が、自分の正体のこと黙ってたから……」

 不安そうな口調になって、小町は言った。自分が妖怪であることを黙っていたことを、小町は気にしているようだった。その表情が見ていられなくて、恒は慌てて否定する。

「いや、小町さんのことは信用してるさ。自分が妖怪だって言えなかったのも分かってるよ。だからさ、気にしないでよ」

 あの頃、小町のことが嫌いな訳ではなかった。むしろ大事に思っているからこそ、心配をかけたくなかったのだ。それを言うのは何だか言い訳のようだから、言いたくない。こういうところは自分でも頑固だと思う。

「……うん、ごめんね」

 小町はそう言って、笑った。それを見て、恒も安心する。何だかしんみりした空気になってしまったまま、茶店での食事は終わった。



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