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黄泉夜譚 ヨモツヤタン  作者: 朝里 樹
第 九 話 正義の資格
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四 正義の資格

 小町は獣の姿のまま、その陰陽師に向かって飛び掛かった。しかし、その攻撃は陰陽師の前に出現した土の壁によって弾かれた。

 空中で体を(ひるがえ)し、人の姿に変化して着地する。陰陽師は土の塊を自分の横に移動させ、小町を見た。

「誰かと思えば昼間の奴か。やっぱり妖怪だったんだな」

 苦々しげな表情で言って、陰陽師は小町を睨む。

「だが他の妖怪と比べて、お前は妖気の質が違い過ぎる。一体何しやがった。半妖という訳でもなさそうだな」

「あんたに教える筋合いはあらへんよ」

 小町は着物の袖から(くず)の葉を一枚取り出した。陰陽師が式神の媒介に紙を使うように、妖狐族は妖術の媒介に葉を使う。

 小町が右手を横に振ると同時に、手に持っていた葉が薙刀に変化した。小町は両手でそれを構え、刃先を陰陽師に向けた。

「そうか。お前が妖狐族なのが分かった時から、まあ見当はついている。狐が使う妖術の中に、人化の術というのがあったな。聞いたことがある。妖怪の身でありながら、ただの変化ではなく人間という存在そのものに近付く術。全く反吐が出る。何が目的でそんな術使いやがった畜生が」

 陰陽師が手に持った札から火の玉を放つ。小町はそれを薙刀を振って払った。

「あんたには関係ない」

 小町は駈け出して、陰陽師に向かって薙刀を振り上げた。だが、再び土の塊によって弾かれる。小町は後ろに跳び、距離を取る。

「まあいい、どうせお前も死ぬんだ。俺の名は伏見、貴様を地獄に落とす男の名だ。この名を抱えて死ね」

 伏見は二枚の式神を取り出した。同時に小町へと放たれた式神は、まず一枚が液体に変化し、それに包まれたもう一枚の式神が植物に変化した。この術の原理には小町にも覚えがあった。水生木、水を使うことによって木の陰陽術を強化する五行相生の術だ。

 水の力によって一気に増大した木が、まるで生き物のようにその枝を伸ばし、小町に迫って来た。小町は横に跳躍して一度はそれを避けたが、今度はその跳んだ方向から金の塊がぶつかって来た。凄まじい衝撃に襲われ、地面に叩きつけられる。だが、小町を押し潰そうと追撃を掛けて来た金の攻撃は、横に転がることで何とか避けた。

「中々しぶといじゃないか」

 嘲笑うように伏見はそう言った。

「貴様の妖力は風か、ならば質量で畳みかける戦いが効率的だ。それには金か土の式神が効果的。水と木はまあ、囮だな。見事に引っ掛かってくれが」

 そう言って、伏見は笑った。この男はこうして妖怪を痛めつけることを楽しんでいる。

「なんで、(あやかし)を殺すんや……私たちが何をしたって言うの」

 小町は薙刀を支えにして立ち上がった。

「なんで?簡単な話だ。妖怪は悪だから殺す、それだけだ」

 そう言い捨て、伏見はまた式神を構える。恐らく、次の攻撃をまともに受ければ命はないだろう。それでも、小町は伏見の前に立った。

「自分が、正義の味方つもりか何かなん?」

 正義、昨夜美琴と正義について話したことが思い出された。あの夜が、ずっと昔のように思える。先程叩きつけられた衝撃で、体中が痛んだ。だが、ここで逃げる訳にはいかない。完全に負けている、それは小町も分かっていた。それでも、美琴が来るまで、それまで時間を稼げれば良い。

「罪のない妖を殺して、何が正義や……、あんたがやってることは、ただの暴力やないの」

「ただの暴力だと?」

 伏見の放った炎が、小町を襲った。だが、本気の術ではないようだった。体を焼かれ、倒れながらも、まだ意識はあった。なぶり殺すつもりだ。小町はそう悟って伏見を見上げた。吉孝も、こんな風に痛めつけられたのか。そう思うと、心の奥が熱くなるのを覚えた。まだ闘志は死んでいない。

「いいか、お前ら妖怪はな、俺の家族を殺したんだ。父や母を、そしてまだ小さかった俺の妹をな、それが悪でなくて何だと言うんだ!」

 伏見が小町の腹を蹴り上げた。内臓を圧迫され、咳が口から洩れる。それでも、小町は伏見のことを睨みつけた。

「それは、あんたがやってることと同じやないの」

 伏見は憤怒の形相で小町を見た。そして、金の式神を頭上へと振り上げる。もう終わりかもしれない。

 一瞬、恒の顔が頭に浮かんだ。最後くらい、恒に何か話しておけばよかった。でも、これである程度の時間稼ぎはできただろう。きっと美琴は来てくれる。それで、恒がこの男に殺されないのなら、それで満足だ。

 小町は目を瞑った。だが、最後の瞬間は訪れなかった。

「また一体現れやがった」

 伏見の言葉に、小町は薄らと目を開いた。朝の白い陽光を背にして、紫を(まと)った死神がそこにいた。




 小町に止めを刺そうと振り上げた金の式神を止め、伏見はこちらに歩いて来る新たな妖怪を睨んだ。

「私の眷属が世話になったようね」

 美琴は紫色に瞳で伏見を睨み、ぞっとするほど冷たい声で言った。だが小町は微笑して、その声を聞いた。こんなにも美琴の声が頼もしく聞こえたのは、これまでにない。

 伏見が懐に手を入れ、式神を取り出すのが小町の目に見えた。

「圧死しろ」

 そう呟いて、伏見が式神を発動させる。地中を移動した土の式神が、コンクリートを突き破って美琴を襲った。土の塊が押し寄せ、少女の姿をした妖怪を押し潰そうとする。普通の妖怪ならばそれで終わりだっただろう。だが、今回の相手は違った。

 死神は土の中で腰に佩いた太刀を一閃振った。その一撃で土の式神は呆気なく、ばらばらに弾き飛ばされた。

「何だと!?」

 信じられないと言う表情で伏見は美琴を見た。美琴は歩みを止めず、陰陽師の方に近付いて来る。

 伏見は、今度は水の式神を放った。質量で押し潰せないのなら、溺死させてしまおうということだろう。

 球形になった水の塊が美琴に向かって凄まじい勢いで飛び掛かる。だが、その攻撃も美琴には意味をなさなかった。美琴の放った妖力の塊は、その水の内部に侵入して爆発し、式神を四散させた。

 二度までも圧倒的な力で式神を捩じ伏せられた伏見は、その表情に焦りを見せていた。その口の端から言葉が漏れる。

「何なんだ、貴様は」

 美琴はその問いを受けて、表情を変えないままに答える。

「私の名は美琴、死神よ」




 美琴は目の前の陰陽師を、死神の目を通して見つめた。ここまで距離が近づけば、穢れの程度は分かる。この男は、何十何百という怨嗟(えんさ)を背負っている。

「死神?聞いたことがある。対峙するのは初めてだがな」

 敵意を剥き出しにして伏見という名の陰陽師は美琴を見ている。(けが)れに(まみ)れた、醜い姿だった。それから目を逸らし、美琴は小町を見た。打撲と火傷はひどいものの、意識はしっかりしているようだ。

「よく頑張ったわね。あとは任せなさい」

「はい、美琴様、来てくれると信じてました」

 小町はそう言って微笑んだ。この子を失わなくて良かった。美琴は頷いて、再び敵に向き直った。

「あなたは様々な妖の恨みに塗れている。人間だからといって、容赦はしないわよ」

「妖怪に恨むなんていう高度な思考ができたのか」

 馬鹿にするように伏見は言った。挑発でもしているつもりだろうか。

「どうしてあなたは妖怪を殺すのかしら。妖を殺して、あなたに何の特があるの?」

 あくまで淡々とした口調で美琴は尋ねる。

「そこの妖怪にも同じことを聞かれたな。答えなんてひとつだ。お前らは悪だから、それ以外の何物でもない。俺のような力を持った者が闘わなければ、誰が人間を守るって言うんだ。正義を守れるのは、俺しかいないんだ」

「あなた、正義と言えば何をしても許されると思っているんじゃない?」

 美琴が馬鹿にしたように言うと、伏見は顔に血管を浮き上がらせた。

「妖怪は、お前らは俺の大切な家族を殺したんだぞ?それが悪でなければ何なんだ!そこの狐もそうだ!妖怪なんぞに正義の心が分かってたまるか!」

 伏見が火の式神を投げる。だが、炎の渦と化したそれは美琴の刀によって簡単に切り払われた。

「私は嫌いなのよ。正義という言葉を免罪符にする者が。勝ったものが正義だとか、正義の反対はまた別の正義だとか言うのを良く聞くわね」

 二度目の炎も、美琴に届くことなく空中で雲散した。

「それは、ただ自分の都合のいいように言葉を使っているだけ。何にも考えていない。正義という聞こえのいい言葉に酔っているに過ぎないわ。信念を押しつけるのに、正義という言葉は利用しやすいんでしょうけど」

 価値観や信条と、正義という言葉は同義ではない。ましてや殺し合いを正義と正義のぶつかり合いなどというのは、詭弁もいいところだ。それを綺麗な言葉で飾り立て、安く使って何になる。各々が勝手に正義を定義して、それを正当化することに何の意味がある。自分の罪の意識から目を背けたいだけではないか。そんなものは正義などではない。ただの自己満足、自己正当化だ。

「お前に何が分かる!」

 伏見はほとんど冷静さを失っていた。土と金の式神を同時に放つ。土生金。五行相生で言えば土は金の力を高める。だが、だからと言ってそれが絶対的に強力だとは限らない。

 無数の刃と化して襲って来る金を、美琴は妖力を込めた斬撃で叩き落とした。勢いを失い、金が地面に落下する。しかし、攻撃はそれだけで終わらなかった。土と金の直後に放たれた木の式神が発動し、枝が蔓のように伸びて美琴の両手に巻き付いた。美琴の行動を封じようと万力のような力で手先から腕の付け根までを締め付ける。

「貴様の妖気の属性はもう分かった。お前には陽の力が良く効くはずだ!」

 伏見が放った式神は、今度は炎と化した。木生火の五行相生に加えて、木と火は陰陽に分ければ陽の属性を持つ力だ。

 美琴を締め付ける蔓を炎が走る。火は木によってその威力を増大させる。陰陽五行の基本だ。恐らく、これまでも強い妖力を持った者にはこうして五行相生の力を使って勝ってきたのだろう。だが、所詮はただの火だ。

 美琴は両腕に力を込めた。同時に美琴を締め上げていた木の式神が根元から引きちぎられた。さらに体内から妖気を放出して、体に纏う炎を弾き飛ばした。

 美琴はにやりと笑って、伏見を見る。

「確かに私の妖力の属性は陰、つまり闇ね。狙いは良かったわね。でも、力不足よ」

 伏見は目を見開いて、後ずさった。陰陽術の対妖の基本は、相手の弱点を的確に捉えることにある。だが、それが効果をなさないとなれば為す術はないだろう。

「あなたは正義という言葉と、自分の過去を後ろ盾にして、罪のない多くの妖の命を奪ってきた。それを許すことはできない」

「何だ貴様は……、自分が正義とでも言うつもりか?」

 美琴は伏見の問いに、首を横に振って答えた。

「私は、自分の行動を悪や善、正義や不義に当て()めようとしたことはない。そういうあなたこそ、自分が拘る正義という概念のことを、一度でもきちんと考えたことがある?」

 そこで言葉を切り、美琴は太刀の切っ先を伏見に向けた。

「善や正義というものは、共に生きる様々な者たちがいて、その皆が向き合い、皆のために考えていくものよ。独り善がりの信念を掲げて、ただ自分の気に入らない存在を消すことに正義という言葉を使うあなたに、正義を語る資格などないわ」

 美琴は冷たく言い放った。伏見は血走った目を美琴に向ける。

「妖怪が!偉そうに説教するな!」

 彼が空中に投じた四枚の式神は、それぞれ虎、牛、馬、猪の姿を取った。それぞれが五行の特性を持っているようで、虎は炎を、牛は水を纏い、馬は土で、猪は金で体が構成されている。

「美琴様……」

「大丈夫よ」

 やっと体を起こした小町の前に立ち、美琴は太刀を正眼に構えた。四体の式神と、一人の陰陽師の動きを視界に収める。

 最初に、虎と馬が動いた。火生土、火は土の力を高める。だが、土の馬は正面から真っ二つに切り捨てられた。火の虎はそれを見て違う方向に駈け出したが、今度は小町の薙刀によって頭を飛ばされた。

「もう行けます、こちらは心配しないで下さい」

 そう言うが、小町を見る限り相当無理をしているようだった。肩で息をしていて、薙刀の先は地面に付いている。なるべく彼女の方に敵が行かないようにせねばならない。

 次は牛と猪だった。金生水、金は水の力を高める。だが、二体が融合し、その能力を発動させようとした瞬間を狙い、美琴は八双に構えた妖刀、十六夜(いざよい)を斜めに振り下ろした。紫色の妖力を纏った斬撃が二体の式神を同時に消失させた。

 再び、美琴の前に立つのは陰陽師一人となった。あれだけの式神を使ったのだ。もうほとんど力も残っていないのだろう。全身から汗を流し、立っているのも覚束ない様子だった。それでも、伏見は懐から人形の神を取り出すと、槍の形へと変え、さらにもう一枚を巨大な狼の姿へと変えた。機動力を、その式神で補おうということらしい。

 美琴は再び、太刀を八相に構えた。両手に十六夜を握り、陰陽師と対峙する。

「妖怪が、俺に勝てる訳がない。正義は最後には勝つものなんだ」

 自分に言い聞かせるように伏見が言う。

 伏見を乗せた狼が走り出す。美琴はその場を動かず陰陽師の攻撃を待つ。そして、陰陽師と死神が交差した。

 一瞬の静寂があった。伏見の上体が揺れ、式神が消えると同時に地面に落ち、倒れた。袈裟斬(けさぎり)にされた体から血が流れ、空き地の土を赤黒く染める。多くの妖の命を奪った人間は、その恨みを背負って妖に命を奪われた。




「終わったわ」

 小町が見ている前で、美琴は血振いし、十六夜を鞘に収めた。小町も美琴の隣に立ち、伏見の亡骸を見た。多くの妖を殺し、それを正しいことだと疑わなかった男。だが、その男の亡骸は小町にはとても小さなものに見えた。

 それからまた、一日が経った。黄泉国では再び人間界に出入りすることが許可されたが、誰も人間界に行こうというものはいなかった。伏見の残した傷跡は、深いものだった。

 小町は美琴を探して屋敷の中を歩いていた。屋敷の主は縁側に座って、ぼんやりと空を見上げていた。小町はそっと、美琴の隣に腰かけた。

「小町、怪我はもう良いの?」

「はい。仙太郎さんの薬が効きました。少し痛みはありますけど、もう大丈夫です」

「そう、良かったわ」

 美琴はそう小町に笑いかけた。

「ねえ美琴様、あの男は、妖を殺すことに何も感じなかったのでしょうか」

 小町はそう呟いた。この男によって殺された妖たちは、謂わばこの男の八つ当たりによって、その命を散らしたのだ。伏見の過去の境遇に同情はできるが、その行いを許そうとは思えなかった。

「あの人間も、自分の中の記憶に囚われていたのでしょうね。それを、正義という聞こえの良い言葉に置き換えて、それが正しいことだと自分を信じ込ませていた」

「そのせいで、多くの妖怪たちが死んだのでしょうね」

 小町がそう言うと、美琴は頷いた。

「そうね。罪のない命を奪ったところで何か満たされる訳でもないでしょうに。ただ怨嗟と争いを生むだけ。あの男が行っていたことで、人間を恨む妖も生まれるでしょう。そうなればあの男だけでなく、他の様々な人間にも被害が及ぶ。人間を守るなんていうのは、詭弁(きべん)よね」

 それはそうなのだろう。この男がやったことは、かつてその家族を殺したという妖怪と変わらない。それが正しいことなど、伏見に言う資格はないと、小町も思う。

「あの男は、自分が行っていることが、かつての自分と同じ存在を作り出すということが想像できなかった。いえ、わざと想像しようとしなかったのかもね。最早あの男にとっては、妖怪は自分の家族を殺した恨みの対象ではなく、自分の掲げる正義をぶつけるための、道具にしか過ぎなかったのかもしれない」

 美琴は小さく息を吐いてから、続けた。

「あとはもう、この事件で人間全てを恨む妖が出てこないことを祈るしかないわね。本当に、何も生まない事件だったわ」

「そうどすね……」

 小町は心が重くなるのを感じた。人と妖、どちらの世界でも生きる小町にとっては、後味の悪い事件だった。

「小町、あなたもこの事件だけで、人間全てに偏見を持つことはしてはだめよ」

 美琴が言う。それに小町も頷く。

「分かってます。人間があんな人ばかりじゃないことは、この十六年でちゃんと学んでます」

 小町が言うと、美琴は微笑した。

「そう、ならいいの。ねえ小町、人と妖の共存できるということは、私もずっと昔から信じていた訳ではないの。私もみすずに教えられたことなのよ」

「そうなんどすか?」

 義姉はずっと、妖と人とは共存できると、小町に言っていた。だから人を見下したり、傷つけたりしてはいけない、人間も妖と同じ命を持っているのだからと、幼い小町に義姉は教えてくれた。

「みすずはどんな目に合っても、誰かを信じて、愛するということを止めようとはしなかった。妖同士でも、人と妖でも、いつかは分かり合えるということを信じていたわ。そんなあの子を見ているとね、本当にそんな夢物語みたいな世界が来るということも、信じてみたくなってしまうの。きっと時間はかかるのでしょうけど、誰もが分かり合える世界が、本当は一番良いのだものね」

 美琴は優しい笑みを浮かべて、そう言った。

「姉様や美琴様が言うのなら、私も信じます」

 小町も笑って、そう言った。二人がそう言うのなら、もしかしたらいつか、そんな未来が来るのではないかと思えてしまう。少しだけ軽くなった気持ちで空を見上げると、心なしか先程よりも明るくなっているように、妖狐の少女の目には見えた。

 


異形紹介

・陰陽師

 陰陽師は異形ではないが、ここで紹介。かつて中国では世界を陰陽に還元する二元論と、また万物・万象を木火土金水の五行に還元する五行思想が生まれ、それらが結びつくことで陰陽道の思想と技術の背景が整った。しかしこれらは中国では儒教や道教に吸収されてしまい、発達しなかった。だが、その思想はは日本に入ってきたことで、陰陽道として独自の発展を遂げる。

 陰陽五行思想は他の宗教、呪術、技術などとともに中国から日本へと伝わったため、それらが複合されたものとして日本では発達した。そしてそれらを扱う者たちが、陰陽師である。

 陰陽師は狭い意味で言えば占いを職務とした者たちであり、広い意味で言えば占い、(こよみ)、天文の三部門を兼ねた者たちだった。

 彼らは占術と呪術をもって災厄を回避する方法を示すなどして、国家の管理下に置かれながら朝廷に重宝された。

 彼らが異常能力を持つ者たちとして描かれ始めたのは、平安時代末から中世にかけてである。彼らは式神と呼ばれる鬼神を操り、他者に呪いを掛けたり、逆に呪いを返したりするとされ、また普通の人間には見えない鬼を見ることができたりと陰陽師の超人化が進んだ。玉藻前伝説や、酒呑童子伝説など有名な妖怪退治譚にも彼らの活躍は記されている。

 彼ら陰陽師は現代においてはほとんど廃れ、その名も知られていなかった。しかし、荒俣宏が『帝都物語』において陰陽師を大々的に取り上げたことで再び陰陽師は脚光を浴びることとなった。荒俣氏が陰陽師を自身の創作に取り入れたのには、小松和彦との対談において「いざなぎ流」の儀礼に使用される式神の存在を知ったためという背景がある、という話があるが、不確かである。

 そしてその後に夢枕獏が小説『陰陽師』を執筆。これが晴明ブームの火付け役となり、「陰陽師 安倍晴明」の名を世間に知らしめることとなった。

 現在の日本では純粋な陰陽師は残っていないとされている。しかし、創作物や研究を通して、彼らはまだこの日本に生き続けているのである。

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