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黄泉夜譚 ヨモツヤタン  作者: 朝里 樹
第 六 話 宇宙からの不明物体
24/206

二 スライム

 道の向こうから黒いスーツを着たサラリーマンが歩いて来るのが見えた。和装が珍しいのか、ちらちらとこちらを見ている。美琴はあまり気に留めず聴覚に神経を集中させる。しかしすれ違いざまに男に声を掛けられそれは一時中断させられた。

「お嬢ちゃん、一人で歩くのは危ないよ。ニュース見てないの?」

 眉を潜めてそう言葉を掛けて来る。他意はないのだろう。美琴は愛想笑いをして答える。

「大丈夫です。もうすぐ家ですから」

「そう?なんか外に出たっきり帰らない人が多いみたいなんだよ。原因は分かんないんだけどさ、危ないから早く帰るんだよ」

 そう言って、男は離れて行った。やはり失踪事件は起きている。既にスライムは活動を始めているようだ。この近くにまだいれば良いのだが。美琴は離れて行くスーツ姿を少しの間見送ってから、再び歩き出そうとした、その時だった。

 不意に道路の脇の溝の方から奇妙な音がした。物凄い早さで水が逆流してくるような音。しかも背後からだ。美琴は急いで振り返る。その瞬間にマンホールの(ふた)が吹き飛んで中から緑色の奇怪な液体が噴出した。

「危ない!」

 その警告の声も虚しく、スライムは真っ直ぐに先ほどのサラリーマンの方に飛び付くとその体を包み込んだ。 悲鳴を上げることもできず、男の肉は泡を上げながら溶かされて行く。

 走って近付くだけでは間に合わないと判断した美琴は、妖術で見えないように隠していた日本刀の柄を掴む。

 美琴はスライムに狙いを定め、居合で刀身を引き抜くと同時に妖力を斬撃化させて飛ばした。しかしスライムは素早く体を穴の中に潜り込ませてそれを避けた。斬撃は何もない空間を切り、空へ消えた。

 一瞬の出来事だった。既にスライムがいた形跡はなく、ただ男がかけていた眼鏡だけが残された。美琴はそれを、静かに拾い上げる。

 自分の油断だ。後一瞬でも早く気付いていれば、この男を助けられたかもしれない。相手が妖気を持っていないとこんなにもやりにくいのか。美琴は刀の柄を握り締めると、それを(さや)に収めた。

 スライムがこの近くに潜んでいることは分かった。美琴はスライムが現れたマンホールの穴に飛び込む。すぐに足は湿ったコンクリートの上に着いた。その横を流れる汚水からひどい匂いがする。しかし、そんなことに構っている場合ではない。

 美琴は暗闇の中、目を凝らす。妖は本来夜に活動するため、闇の中で視界に困ることはない。

 狭い下水道の中にスライムの姿は見えない。だが美琴は黒い水面が波立つのを見て、また水中で何かが動く音を聞いた。スライムは水中にいる。

 緑色の触手がどす黒い水を突き破って伸びて来る。美琴は身を翻してそれを避けると、掌から妖力を発生させそれをいくつもの小さな球状に変形させる。スライムの場合、単純に相手を攻撃するだけでは駄目だ。弱点である核を破壊しない限り殺すことはできない。だが今スライムは汚水の中に姿を隠しているため核の位置が分からない。それならば、範囲の広い攻撃しかない。

 再び水飛沫を上げて触手が伸びる。美琴はそれを身を屈めて避けると、妖力を散弾状に投げつけた。紫色の弾丸が水面を穿ち、水柱を上げる。一瞬、静寂が闇を包んだ。

 濁った水のせいで相手がどうなったのか良く分からない。美琴は油断無く、水面に近付く。

 その瞬間に再び水柱が上がった。ゲル状の物体が美琴に向かって飛び掛かる。美琴は後ろに飛び退きながら、着物の袖に手を入れ、白い砂のようなものの入った瓶を掴んだ。

 スライムは天井に張り付くと、今度は上から迫ってきた。闇の中に浮かぶ全長は十メートルはある。そしてその濁った緑色の体の中央には、まるで目玉のような模様をした核が見える。

 美琴は上からの攻撃を避け、スライムに向かって瓶を投げつけると同時にそれに向かって妖力を放った。

 瓶と妖力の弾がぶつかった瞬間に中の砂が爆発した。砂を浴びたスライムの動きが一瞬鈍り、炎が下水道の天井を走る。スライムは奇妙に甲高い声のようなものを上げ、端から体を燃やされて行く。だが、それでもこの生命体は死なないようだった。

 スライムは体を震わせると、燃えている部分を自ら切り離した。そしてまだ傷付いていない体を素早く動かすと、美琴が追う暇もなく小さく開いた隙間の中に逃げて行ってしまった。

「これだけでは足りないか……」

 美琴は黒い焦げの塊のようになったスライムの残骸を見下ろし、呟く。

 あの砂は異界の一部で取れる特殊な発火性を持った砂だった。スライムには物理的な攻撃は効きにくいため持ってきたのだが、相手は予想以上に成長していた。放って置けばまだまだ成長するだろう。しかも単純に切る殴るで死ぬ相手ではない。

「厄介ね」

 呟き、美琴は光の除くマンホールの穴を見上げた。戦い方を変える必要がありそうだった。




 美琴に言われた通り屋敷に待機していると、恒の携帯電話が鳴り、連絡網が回って来て今日は休校だと知らされた。それによれば昨夜から木久里町周辺で謎の失踪事件が多発しているらしい。そのため、原因が分かるまでは学校は休みにするとのことだった。幸い木久里高校に被害者はいないようだったが、失踪した人数は分かっているだけで十人に上るという。

「ほんまやったんやねえ」

 小町がぱちんと携帯を畳みながら言った。彼女の方にも同様の連絡が来たらしい。

「皆大丈夫かな」

 外出は禁止とのことだったから、学校の友人たちがスライムに襲われる心配はないだろうと思う。だがそれでも恒は落ち着かなかった。ここは人間界から隔絶しているから安全であろうが、水木や飯田はそうではない。何かの拍子に外へ出て襲われでもしたらと不安になる。しかし現在彼にできることはなかった。美琴たちが早く解決してくれることを願うしかない。

「恒ちゃんが心配しても仕方あらへんよ。美琴様たちに任せておけば大丈夫やろ。すぐ終わらしてくれるわ」

 小町はそう言って恒に笑いかける。安心させようとしてくれているのだろう。

「でも、スライムなんて本当にいるんだね」

「そりゃあ妖怪や幽霊がおるんやから何がおったっておかしくはないやろなぁ。私も見たことはないんやけど」

 今まで出会って来たのは幽霊か、妖怪かだけだったので、美琴の口からスライムという横文字の名前を聞いた時は違和感があった。しかし、今まであまり考えてこなかったが、小町の言う通り妖怪がいてそれ以外の架空とされる生物がいないというのもおかしな気がする。

「僕たち、ここでじっとしているだけでいいのかな」

「仕方ないやろ。私らが行ったところで、足手まといになるだけやろうからなぁ」

 考えるほど恒は自分の知っていた世界が小さなものだったと知る。しかし広い世界を知ったからと言って、自分が役に立つとは限らない。むしろ世界を知るほど、自分が無力であると考えてしまう。

 美琴たちが戦っている中で自分は守られているだけだ。最近そんなことを考えることが多くなった。彼らより自分の方が人間界には親しいのに、今のように危険なことが起こってもなにもできはしない。それなのにここに居候をさせてもらって、一人安全な場所にいるのかと思うと恒は自分の無力さが疎ましかった。

「恒ちゃん恒ちゃん、寝不足の恒ちゃん」

 声に反応して小町の方を見ると、正座をして膝をぽんぽんと叩いている。

「膝枕してあげよっか」

 脈絡のないその言葉を聞いて、恒は何となく脱力してしまった。

「なんで急に?」

「なんか眠そうやったから。暇やし。昔よくしてあげてたやないの」

「本当に昔じゃないか」

 そう言って恒は苦笑いをした。確かに膝枕をしてもらった記憶はあるが、精々幼稚園ぐらいの頃のことだ。流石にもう恥ずかしい。

「あら、やっと笑った」

 そう言って小町は嬉しそうに微笑んだ。

「何か悩んどるみたいやけど、あんまり気にしない方がええよ。誰も恒ちゃんのことを責めたりはしないし、外のことはあの三人に任せておけば大丈夫や。あの方々を信頼しいね」

 言いながら、小町は畳の上に身を投げ出して横になった。そのだらしない恰好を見ると、恒は少しだけ気持ちが楽になる。恒は小さく笑って、小町に頷いて見せた。

「うん、そうだね」

「まあ、最初から役に立とうと思っても上手くいかへんよ。恒ちゃんはまだこっちの世界を知って間もないんやから、あんまり危ないことはしちゃ駄目。それに、良介はんや朱音はんが、恒ちゃんが家事手伝ってくれて助かってるって言うてたよ」

 寝転がったまま、小町はそんなことを言った。家事の手伝いをしているのは事実だ。居候の身として、朱音の掃除だったり良介の料理だったりをなるべく手伝うようにしている。一人暮らしの頃の習慣が抜けていないせいで、何かしないと落ち着かないせいもある。

「なんか、それだけでいいのかなあ」

「ええって、下手に妖怪と出会って怪我される方が困るやろ。私だってあんまりそういった血生臭いことには呼ばれへんよ」

 そう言って小町は体を起こした。一度体を伸ばしてから立ち上がる。

「さあ、恒ちゃん。朝ご飯でも作ろか。まだ食べてへんやろ?」

「そういえばまだだ」

「良介はんもおらへんし、一緒に作ろ」

 小町に手を引かれ、恒も立ち上がる。




 良介はじっと、昨夜自分を襲ったスライムが出て来た溝を見ていた。そこにはもう、スライムがいたという確かな形跡はない。彼が燃やした後の死骸さえ残っていない。

 良介は諦めて歩き出した。時刻は朝から昼へと変わろうとしている頃だった。スライムを探すのに一番手っ取り早いのは、自分が囮になることだ。だからこうして隙だらけで歩いているというのに、スライムは一向に攻撃してくる気配を見せなかった。町にはほとんど人が歩いていないため、獲物には困っているはずなのに、何故なのかと考える。

 昨夜の襲撃の際に自分のことを覚えられてしまったのかとも考えたが、スライムという生物にそんな知能はないはずだった。ただ喰うだけのために生きている生物だ。

 そんなことを考えながら歩いていると、前方の公園に二人の子供の姿が見えた。子供がいることさえ珍しいのに、必死の形相で走っているようだった。

 もしやスライムかと良介は走り出す。しかし子供たちを追っているのは意外なものたちだった。

 それは人間だった。成人した男が二人、場違いに見える白衣を着て男児二人を追っていた。やがて一人の子供が捕まり、もう一人もそれを見て止まった。良介は物陰に隠れ、その様子を窺う。

「逃げられると思うな」

 子供を捕えていない方の男が、低い声でそう言った。年は五十ほど、白髪の混じった短い髭を生やした、厳めしい顔の男だった。

「放せよ!」

 首根っこを掴まれた男児が喚いている。

「そうはいかん。あれを見られたからには野放しにはできん」

 男が言った。そのまま殺してしまいそうな剣幕だった。これはただ悪戯をした子供が叱られている訳ではなさそうだ。良介は物陰から体を出して白衣の二人の後ろに迫った。

「お二人さん、子供相手に何してるんですかな?」

 突然現れた良介に、白衣の男たちはひどく驚いた様子だった。慌てて振り向いたことで手の力が緩んだのだろう。子供がその隙を付いて逃げ出した。

「くそっ」

 子供を掴んでいた方の男が悪態をついた。こちらはまだ若く、三十ほどの年齢のようだった。

「こいつら悪者なんだ!」

 男児の一人が叫んだ。良介は年配の方の男を見る。

「悪者?」

「ふん、子供の戯言ですよ。私たちは危ないから早く家へ帰るように注意していただけだ」

 目を合わすこことなく男はそう言った。明らかに嘘を付いている。先ほどの言葉にも合致しない。このまま放って置いては子供たちが危険だろう。

「そうですか、じゃあ俺がこの子たちを自宅まで届けますよ。幸いこの子たちとは知り合いなんでね」

 そう言って良介は子供たちに目配せした。それを理解したらしく、男児の一人が言う。

「うん、俺たちおじさんに連れて行ってもらうからもういいよ」

 それを聞いて、白衣の男は酷く悔しそうな顔をした。しかしすぐに元の顔に戻って言った。

「そうですか、ではお願いしますよ。行くぞ柿原」

「はい、所長」

 部下らしき若い男を従えて、所長と呼ばれた男は去って行った。次第にその姿は小さくなり、やがて見えなくなった。




 背の高い方の男児の名前は、木村孝太と言った。そしてもう一人、小さい方は健太で、二人は兄弟だという。

「なんであんなのに追われてたんだい?」

 公園のベンチに座る二人に、自販機で買って来たジュースを渡しながら良介が尋ねた。

「分からない。ただ、昨日見た怪物の話をしたら突然追っかけて来たんだ」

 コーラの缶を開けながら孝太が言った。

「怪物?」

「うん、昨日俺たち見たんだ。変な緑色の怪物。健太も見たよな?」

 孝太が問うと、健太も頷いて言った。

「僕たちの友達がいなくなっちゃったんだ」

 良介は孝太の隣に座り、言った。

「その話、詳しく聞かせてくれるかな?」




 二人の話では、彼らは昨日もう一人秀雄という名の友達と共にこの公園でサッカーをしていたそうだ。そして夕方になり、サッカーにも飽きた頃、秀雄がある提案をした。それはこの近くにある廃工場に探検に行こうというものだった。

 孝太と健太も同意し、三人は工場へ向かった。廃棄されてもう何年も経つ工場内には人の姿はおらず、立ち入り禁止の敷地内に入るのは簡単だったらしい。そこで昔使われていた機械などを見ながら奥へ進むと、テーブルや椅子が何個も放置されたままの、食堂として使われていたであろう場所に辿り着いた。

 まず異変に気がついたのは健太だった。彼は何か、大きなものが這いずるような奇妙な音を聞いたらしい。それを孝太と秀雄に伝えると、秀雄が調べてみようと言い出した。健太は止めたが、孝太も乗り気になって二人で行ってしまった。仕方がなく健太も二人に付いて行った。

 その音は食堂の奥、おそらく調理場と思われるところから聞こえていた。ぼろぼろだが一応ドアはまだ付いていて、外からは中の様子は分からなかった。そこで秀雄が先陣を切ってドアを開けた、その瞬間だった。

 孝太と健太は緑色の水が溢れ出して来たのを見た。最初は何が起こったのか二人には分からなかった。しかし水が奥へ戻っていくのを見て、二人は慌てて逃げ出した。そして、しばらく走ってもう安全だと思って振り返ってから秀夫がいないことに気がついた。二人は慌てて元の場所に戻ったが、そこにはただ剥がれたタイルやむき出しのコンクリートが湿ったような跡が見えるだけで、もう調理場には秀雄の姿もその水の怪物の姿もなかった。




「それでまた、その廃工場に行ったのか」

 良介が言うと、孝太が頷いた。

「だって大人に言ったって誰も信じてくれなかったんだ。秀雄が行方不明になってるのに、なにをふざけてるんだって怒られた。だから、俺たちが秀雄を見つける以外、どうしようもないじゃんか!」

 悔しそうに孝太はそう言った。確かに大人にスライムが出て友達を攫って行ったと言ったところで信用されないのがオチだろう。いや大人だけでなく他の子供たちだって信じるかは怪しい。

 動く液体が襲って来て人を喰うなどという話は、この世界では物語の中のものでしかないと思われている。

 もうその秀雄という少年が生きているかは怪しいが、良介はそれを口に出さなかった。徒に子供たちを不安にさせる意味はない。

「じゃあ、あの白い服の男たちは?」

「知らない。今日あの工場に行ったら、いたんだ。そんでここで何か見たかって聞かれたから、昨日のことを言ったら、急に怖い顔になってなんかしようとしてきたから健太と一緒に逃げてきた」

「そうか……」

 良介は顎に手を当てて考える。この二人の話を聞く限り、どう考えてもその廃工場と白衣の男たちが怪しかった。スライムと無関係だとは考え難い。この町にスライムが現れたことは偶然ではないのかもしれない。

「どうせおじさんも、信じてないんでしょ」

 拗ねたような口調で健太が言った。周りの大人たちに信じてもらえなかったためだろう。良介は笑って彼の肩に手を置く。

「いや、そんなことはないさ。俺は信じてるよ、君たちの話」

「本当!?」

 そう反応したのは、孝太の方だった。

「ああ、本当だ。嘘じゃないよ。実はおじさんも、その変な液体に昨日襲われたんだ」

 それを聞いて、二人が同時に良介の方を見た。

「おじさんすげえ、どうやって逃げたの?」

 二人とも興味深々で良介の話を促す。良介も笑って答える。

「すごいか?たまたま持ってたライターの火を近づけたら、逃げてっただけだよ。熱いのに弱いんだな、あれは」

「水なのに火に弱いのか。変なの」

 もっと派手なものを期待していたのか、少しつまらなさ気に孝太が言った。良介は苦笑いした。さすがに子供たちに自分の正体は話せない。

「そんなもんさ」

 良介は持っていた缶コーヒーの残りを喉に流し込むと、ベンチの隣のゴミ箱に投げた。からんと音を立てて空き缶がゴミ箱の中に落ちる。良介はそれを見てからベンチを立った。

「ところで、君たちの家はこの近くなのかい?」

「うん」

 良介と同じようにベンチから立ち上がった健太が言った。孝太も健太に続いて立ち上がる。良介はその二人の方を見て、静かに言った。

「なら、もう帰りなさい。またあの怪物に襲われたら危ないだろう?ご両親も心配しているだろうし」

 そう言うと、孝太が不満そうな顔をして良介を見た。

「父さんも母さんも俺たちのこと何て心配してないよ。昨日だって喧嘩したばっかりだし。俺たちの言うことなんて、信じてもくれないし」

 その言葉に健太も頷いた。昨日彼らが見たという光景を彼らの両親は嘘だと決めつけて頭ごなしに叱りでもしたのだろう。子供が一人行方不明になったのだから、大人から見ればふざけているとみなされるのは仕方のないことかもしれない。

 だが、この子たちにしてみればそんな理不尽なことはない。実際に友人が襲われるのを見て、その犯人も分かっているのに大人たちにはそれを戯言と決めつけられ叱られるのだから。これほど歯痒いこともないだろう。

「そうかあ。でもな、きっとお父さんもお母さんも、君たちのことが嫌いな訳じゃないんだよ。きっとその時は秀雄君がいなくなって、ご両親も焦ってたんだろう。でもな、考えてもみなさい。もし君たちがいなくなってしまったら、ご両親は悲しまないかい?」

「……悲しむと思う」

 良介は「そうだね」といいながら頷いて、孝太の前に屈んだ。

「だから孝太君も健太君も、今日は帰りなさい」

「でも、秀雄が」

「大丈夫、それはおじさんに任せてくれて良い」

 良介は孝太の肩に手を置いた。

「おじさんが君たちの思いは受け取った。だから俺が秀雄君とやらを探してくるよ」

 危険な怪物が街中に潜んでいるのに子供を外に出して置く訳にはいかない。もしかしたらあのスライムに屋外も屋内も関係はないかもしれないが、それでも外に子供たちだけでいるよりは良いはずだ。

「本当?男と男の約束?」

 そう尋ねる孝太に良介はゆっくり頷いた。

「ああ、男と男の約束だ」

 すると孝太が拳を前に突き出した。健太も同じようにする。

「男と男の約束の時は、こうやって拳を当てるんだよ」

「そうか」

 良介は微笑んで、二人の拳に自分の大きな拳を当てた。



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