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黄泉夜譚 ヨモツヤタン  作者: 朝里 樹
第五一話 放たれた狂気
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三 人形創り

 かつて児童を無差別に連続で殺害し、そして逃走の途中に死亡した猿夢事件の犯人市原冬樹。その男は、死して意識の塊となって未だなおこの世にと留まっていた。そんな彼も、かつては生に執着するただの人間であった。ただ一つ普通の人間と異なっていたのは、彼が他の人間の命に何の価値も見出してはいなかったことだ。

 かつて人として生きていた頃、市原冬樹が趣味としていたのは、人形の作成。ぬいぐるみのようなものから精巧なフィギュアまで、彼はどんな人形でも愛していたし、それ故に市販されているような大量生産されたソフビ人形のようなものから、精巧なフィギュアまで、どんなものでも自らの手で作り上げた。

 故に彼の住む小さな家は、ほとんどを生なき人型のものたちで占領されていた。彼の生活するスペースは僅か布団一枚ほどの広さであったが、好きなものに囲まれた生活は彼にとってはそれ以上ない程に幸せだった。

 彼に家族はいなかった。父親は事故で、母親は病で既に死亡しており、それによって少ないものの遺産が手に入ったことから、彼はアルバイトをしつつその貯金を食い潰し、自分の趣味に時間と金とを充てていた。結婚願望などないし、そもそも恋人をほしいと思ったこともなかった。人形さえいれば一人が寂しいという気持ちも沸かなかったから、そんな生活で十分だった。

 それに彼にはひとつの目標があったのだ。それは、人に最も近い人形を作ること。誰もがそれを生きた人間だと見紛うような、完璧な人の形をしたものを作りたかった。この世の誰もが創り得なかったものを、自らの手で創り上げるのだと考えると素晴らしい幸福感に包まれた。

 かつて、欧州には人造の人間を作り出そうとした学生だか博士だかがいたという伝説がある。その男の生涯の物語は多くの人間を魅了したらしく、様々な小説や映画等の題材となっている。

 だが市原は、そのフランケンシュタイン博士になりたかった訳ではなかった。冬樹が欲していたのはあくまで人形であり、生きて会話を交わすことができるものを望んでいた訳でも、新しい生命の誕生に喜ぶような人間でもない。ただ、自分の理想とする人形が欲しかっただけなのだ。

 それゆえに彼は様々な試行錯誤を行った。書店で医学の専門書を買い漁っては人体の仕組みについて学び、それで足りなければ図書館へ赴いて必要な資料を取り寄せた。より本物の人間に近付けるため、勉学を怠ることはなく、とにかくたくさんの素材を作って人形を作り出そうとした。

 しかし彼の希望に沿うような材料は中々現れなかった。植物由来の素材も、化学繊維も試した。様々な動物の皮ももちろん試したが、やはり人間の皮膚とは感触も見た目も異なってしまう。故に彼は悩んだ。そして、その末にひとつの結論に辿り着いた。

 それは、人間そのものを素材とすること。そのアイディアを思いついたとき、市原はただ自分を賞賛したい気分になった。何も難しいことを考える必要は無い。人間に近い人形を作りたいならば、人間そのものを素材にすれば良かったのだ。

 それから市原はどのような形でその素材を集めるかを思案し始めた。人形に最適なのは、まだ小さな子どもの柔らかな皮膚だろう。人間の体は年月を経れば経る程に汚れを溜め、固くなっていく。完璧な人形を作ろうと思うのならば、大人の皮膚や髪は必要ない。人

 幸いにも、彼が今働いているのは遊園地。探さずとも幼子が大勢やって来る場所だった。故に最初の材料はそこで物色することに決めた。問題は、どうやって手に入れるかだ。

 市原でも誘拐という行為が犯罪と見なされることは分かっていた。それは彼の人形作りという芸術活動のためならば些細なことのようにも思うが、世間一般の人間たちはそうは考えないだろう。必ず自分を捕えようとするに違いない。

 ならば見つかってはならない。その上で、どうにかして子供を調達しなければ。そこで彼が考えたのが、遊園地を利用した誘拐方法だった。

 彼はその遊園地でアルバイトを始めて以来、園内でも子供たちに人気のあった「モンキードリーム」という名前のライド型アトラクションの乗務員を担当していた。

 このアトラクションはその名の通り猿の夢を再現したという建前のアトラクションで、ゆっくりと動く電車の形をしたマシンに乗り込み、悪夢を通り抜けてやがて楽しい現実へ帰るという一種のお化け屋敷の一つだった。子供向けであるためそこまで恐ろしい訳ではなく、むしろ小さな子供には丁度良い刺激なのか、それとも悪夢の中で逃げ回る猿のキャラクターが子供たちに受けたのか、週末にもなればたくさんの子供たちがモンキードリームを訪れた。

 市原はその電車を模したマシンの先頭車両に乗り、車掌となって夢の中をアナウンスして行くのが役割だった。ただそれを一日に何度も繰り返すだけの仕事。その間はまともに人と会話することもないから、楽な仕事だった。

 そして遊園地では、得てして迷子が生じる。その迷子を保護するのも職員の仕事だ。故に市原もまたその仕事は何度もこなしてきている。そしてそれは、遊園地の制服さえ着ていれば子供と共にいても怪しまれないことを意味していた。

 故に最初の素材は、遊園地で手に入れようと決めた。そのチャンスはすぐに巡って来た。初めに手に入れたのは、五歳の男児の体だった。

 その少年は親を見失って遊園地の中で泣いていた。シフトが終わり、制服のまま園内をぶらついていた市原はそのまま少年に声を掛け、そして家族の元に連れて行くと言って一度トイレに行かせた後、そこで用意したスタンガンを使って気絶させ、服装を女児用のものに着替えさせた上、頭に長髪のカツラを被せて連れて帰った。

 幼い子供は性別が分かり辛い。それに子供用の服やカツラは人形作りが趣味であるお陰で家に大量に余っていた。

 子供はかつて父母の寝室だった部屋へと監禁した。理由はただ単に最も人形が少なく、片付けるのが容易だったというだけだ。

 意識を取り戻した少年は怖がり、泣き叫び、家へ帰せ、親に会わせろとうるさかったためとりあえず包丁で切り刻んで殺した。もちろん人間を殺すなど初めての体験であったため、簡単には殺せなかったために素材となる肉体にたくさんの傷を付けてしまった。

 少年が抵抗したため、狙いを逸れた包丁が少年の身体のあちこちを切り裂いてしまったが、子供でも思った以上に生命力は強いらしく、中々死に至りはしなかった。その生きたまま体を切り裂かれる状況に、何となく活け造りという言葉を思い出したものだ。

 その後、少年は見る見る衰弱して息絶えたが、彼の死体はとてもまともに素材として使えるような状態ではなかった。皮はぼろぼろで骨も傷がついている。一応はその骨の一部を骨格として利用し、なめした皮を使って五十センチほどの大きさの人形を作ってみたもののとても理想通りのものとは言えなかった。

 それ故、彼は更なる素材を欲することとなった。そして二人目の児童は、遊園地ではなく夕方一人で公園で遊んでいた子供を狙った。連続で遊園地を犯行現場に選ぶと、自分自身が疑われる可能性が高くなると踏んだためだ。

 誘拐は案外簡単なものだった。相手は子供だ。力づくで連れ去ることも、言葉で騙して連れ去ることも容易だった。ただ目撃者さえいなければ良いのだ。

 二人目の子供は、針を使って殺した。皮に付ける傷を最小限にするという前回の反省を踏まえた方法で、これが中々上手く行った。人形の加工用に買ったが、古くなってほとんど使っていなかった錐を男児の目に向かって突き刺し、そのまま脳の方に向って押し込んで殺した。この串刺しの方法は有効で、予想通りほとんど皮膚に傷を付けずに上質な素材を手にすることができた。

 突き刺したためぐちゃぐちゃになった眼球はスプーンを使って抉り出し、皮膚は肉から慎重に剥いでなめした。肉の処理には苦労したが、大部分は少しずつミキサーに掛けて挽肉状態にし、トイレに流したり庭に埋めたりして処分した。また一部は食費の節約にならないかと焼いたり煮込んだりして食ってみたが、そこまで美味いものでもなかったため、結局大部分は廃棄することとなった。

 そしてそれ以上に厄介だったのは骨だ。一部は人形の骨格としてそのまま使ったが、ほとんどの部分はゴミとなった。そのため金槌で叩き潰したり、車で轢いてみたりしたが、殺す人数が多くなるほど処理が面倒になって、部屋の片隅に積まれることとなった。

 二人目の少年を誘拐して殻一ヶ月足らずの間に、市原は合計七人の子供を殺していた。怪しまれないよう、車を飛ばして様々な地域から子供を集め、人形の材料とするためひたすら殺した。

 それでも彼の納得の行く人形は作れなかった。故にさらなる素材が必要となった。

 蓑原望に目を付けたのは、彼女がただ彼のアルバイト先の遊園地の、彼が担当していたアトラクション、「モンキードリーム」を良く利用していたという、ただそれだけのことだった。

 今度こそは本物の人間に限りなく近い人形が作れると信じていた。市原は自分の才能を疑ってはいなかったし、諦めるつもりもなかった。

 それ故に市原にとって、ライド型マシンに乗って無邪気な笑顔を見せる希の姿はただの動く材料に過ぎなかった。

 市原はいつものように自分の勤務が終わった後、遊園地の中に残り、密かに希とその両親のことを観察していた。誘拐をする際には焦ってはいけない。必ずチャンスは巡って来る。これまでの経験から彼はそれを知っていた。

 そしてそれは訪れた。希が一人女子トイレに入って行ったのだ。それを見た市原はそっとトイレの出入り口に潜み、そして希が出てきた瞬間に彼女を抱き上げて男子トイレへと連れ込んだ。一人目の少年を誘拐したのと同じ方法だが、それ故に今度も上手く行くと信じ切っていた。

 無論男子トイレに人がいないことは確認済みだった。それにこのトイレの男女のトイレへの分かれ道は出入り口から少し奥に行ったところにあり、外から見える心配もない。

 市原は手慣れた手つきでスタンガンを用意し、希を気絶させた後、鋏で彼女の長く伸びた髪を切り、そしてビニール袋に詰めて鞄に入れた。さらにその服を男児用のものに着替えさせ、帽子を被せた。

 幼い子供は性別の区別がつきにくい。だからこのぐらいの変装をさせれば例え親であっても一見するだけではそれが自分の子供だとは気付かない。

 市原はそのまま希を背に負ぶり、トイレを出た。それはまるで眠ってしまった幼い息子を背負う若い父親のように見えたであろう。市原はそのまま希を背負い、そして従業員用の出口を使って遊園地を出た。

 あとは車に希を乗せ、自分の家へと帰るだけだった。材料として解体するのはそこで良い。また新しい人形を作ることができると思うと、自然に笑みが零れる。

 希はまだ目を覚ます気配はなかった。故に市原は既にこの誘拐が成功するものと信じ切っていた。だがそれは、予想外の珍客の登場により阻止されることとなる。

「そこのお前、その子を放せ」

 いざ車を発進させようとしたとき、その男は市原の前に現れた。若い男の姿をしているが、エメラルドグリーンの瞳が昼間の太陽の下で異様な光を放っていた。

 それが何者かかは分からなかった。しかしそんなことはどうでもよかった。この男の言う通りにすれば自分が危険に晒される。それだけが重要なことだ。故に彼はギアをバックに入れ、車のアクセルを踏んだ。

 だがどうした理由か、車は動こうとはしなかった。幾らアクセルを踏み込んでもピクリともしない。目の前の男は、ただボンネットの上に右手を置いているだけなのに。

 そのうち、外が騒がしくなって来た。遠くから走って来る警察が見えた。その側にはこの子供の両親と思しき人間たちも。彼らがこちらを見ている。この男が教えたのか。

 市原は男を睨んだ。男は澄んだ緑色の目でこちらを睨み返すだけ。わずかな逡巡の後、市原は車を捨てる選択をした。

 もう何人も子供を殺している。警察がそれを知れば、無論自由にこの空の下を歩くことなどできないだろう。それでは人形作りは続けられない。それは何よりの損失だった。この男に全てを台無しにされることは許されない。

 市原は車を捨て、逃げた。自らの足を使ってひたすらに走った。警察が追い掛けて来る声が聞こえた。それに振り返っている余裕はなかった。

 ここで警察を撒き、自分の家へと帰る。それから策を考えれば良い。そうすれば上手く行くと市原は信じていた。自分の人生が終わるなどということは、考えてもいなかった。

 だが現実が彼に慈悲を与えることはなかった。市原は前方で踏切の降りようとしている線路を見た。迷わず彼はその踏切を潜り、その向こうへと駆け抜けようとした。

 その時彼の右足に強烈な痛みが走り、そして突然動かなくなって前方に倒れ込んだ。慌てて右足を見ると何かが貫いたような穴が空き、そしてその傷跡が焦げ付いて煙を上げている。そしてその視界の端に小型の銃のようなものを持っているあの緑の目の男が映った。

 あの男が撃ったのか。もしかしたら警察の一員だったのかもしれない。だがこの国の警察がただ逃げているだけの男に向かって発砲なぞするものだろうか。

 しかしそんな思考を遮るように、今度は甲高い金属音が鳴り響いた。急ブレーキを掛けたのであろう電車が、火花を散らしながら迫ってきている。踏切の警告音がどうしようもなく頭蓋骨に響く。

 やがて鉄の塊が目前に迫った瞬間、市原の意識は闇に消えた。





 それから彼は、浮遊する意識として目覚めた。既に彼には肉体がなく、また確固たる形さえも残ってはいなかった。ただ記憶と思念のみで構成される霊という存在。それだけが彼に残されていた。

 しかしその思念と記憶が、生きていた頃には持ち得なかった強い怨みと悲しみを生じさせた。肉体を持たねば、もう人形は作れない。夢は夢のまま終わってしまった。肉体のない彼は、涙を流すこともできずに嘆き悲しんだ。そしてそれは怨みを呼んだ。自分をこのようなモノにした人間たちへの怨みを。彼の願いを奪った者たちへの怨嗟を。全てを失った彼の心の空白を、その邪悪な意志は隙間なく埋めて行った。

 肉体を持たぬ男は、それを使わずしてその怨みを晴らす方法を考えた。時間の流れは分からなかった。だがどれだけの年月を使ってでも復讐を果たすつもりだった。

 そして彼は見つけた。霊体のまま生きた人間に影響を与える方法を。それはその人間が見る夢の中に侵入することだった。形のない夢は彼にとってとても心地の良い場所であり、そして何より、眠っている人間は誰もが無防備だった。

 彼は自身に都合の良い夢を作り上げた。その景色は、彼がかつて働いていた遊園地によく似ていた。そして彼は、かつて自分が担当していたアトラクション、「モンキードリーム」にちなみ、その世界を「猿夢」と名付けた。

 そう、これは猿の夢だ。ただ復讐に取り憑かれ、それしかすることができない、いやそれ以外の道を奪われてしまった、哀れな猿の夢だ。自分はもはや人間ではない。かつて人であった頃、その全てを捧げて来た人形作りという糧を失った自分は、本能のままに己が復讐に浸り続ける哀れな猿で十分だ。

 彼は夢の中を渡り歩き、そして人々を殺して行った。自分を追い詰めた警察たちを一人一人調べ上げ、その命を夢の中で奪って行った。人間は無力だった。あの子供用のコースターの上で、血塗れの肉片になって無様に死んだ。

 人の殺し方は良く知っていた。活け造り、抉り出し、挽肉、人形を作り出す過程で覚えたものだったが、人を苦しめて殺すためにはとても効果的な方法だった。市原は自らが創り上げた出来損ないの人形たちを使役し、次々と人を襲った。

 だがそんな中で、彼が中々殺すことができない存在が二人いた。一人はあの緑の目を持った人間。あの男の夢には、どういう訳か辿り着けなかった。まるで一切夢を見ないかのようだった。だが人間であれば必ず夢を見る筈なのだ。この上ないもどかしさを感じながら、彼はあの男の夢を捜し続けていた。

 そしてもう一つは彼が最後に手に入れようとした人形の素材、蓑原希だった。あの女は、体質的に明晰夢を見ることができる人間だった。故に他の人間に比べ、夢の中で無防備ではない。その上自分の意志により無理矢理夢から覚めることができた。最初に侵入した夢は彼女のものだったが、その時には目覚めることによって逃げられた。それから数年、人々の恐怖を食って力を蓄え、再び彼女の夢に現れたが、やはり逃げられてしまった。

 だが蓑原希はもう限界だ。夢を見るごとに抵抗力が落ちてきている。だから、こちらは時間の問題だ。自分が死者となる切っ掛けを作った少女。それがこの世に生き続けているなど、我慢がならなかった。




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