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黄泉夜譚 ヨモツヤタン  作者: 朝里 樹
第五一話 放たれた狂気
204/206

二 猿夢事件

「あなたが直接ここに来るとは珍しい」

 死神はその黒く澄んだ瞳で目の前の青年を見つめ、そう言った。黄泉国、美琴の屋敷の客間に、その青年は座っている。

 姿は齢二十歳ほどの人間の男。だがその眼は妖しく緑色の光を発しており、その一点のみが彼が人ならざる何者かであることの証となっている。

 青年はその光に当てられたエメラルドのような瞳で死神を見返し、言う。

「確かに、我々は貴女たちのようなこの星の民と安易に直接接触することは禁じられている。しかし私は、公務を離れて個人的な依頼がしたい」

「それこそ意外だわ。それで、一体私に何をお望みかしら?」

 美琴は試すように青年を見た。青年は表情を変えず、答える。

「ある一人の女性の命が、貴女たちの言う異形のものに狙われている。その命を救って欲しい」

「この星の者同士の争いに干渉することは、あなたたたちゾルタクスゼイアンの規律から外れるのではなかった?」

 ゾルタクスゼイアンと呼ばれた青年は、小さく頷いた。

「無論だ。故に私は直接干渉することはできない。故に貴女の力を借りたい。このままでは、あの女性はもうすぐその命を散らしてしまう」

「あなたの言うその女性とは、蓑原希ね。エルカネル、あなたがかつて命を救われ、そして救ったという」

「やはり知っていたか」

 死神は頷いた。彼ら、ゾルタクスゼイアンは元来異星の民。しかし母星を失い、漂流の末にこの星に辿り着いたものの一人が彼、エルカネルだった。

 初め、彼らの一族が地球にやって来たのは何百年も前のことだったと聞いている。しかしエルカネルがこの星にやって来たのは僅か十五年前のこと。この星にやって来た仲間を追って来訪したのだと聞いている。

 そして蓑原希とは、彼がこの星にやって来たその時に出会ったという。その時に彼はまだ少女であった希に命を救われ、そして彼はその後希の命を救うこととなった。

「私の記憶が正しければ、私も当時彼女に関係する事件を追っていたもの。そしてあの時彼女を狙ったあの男がまた現れたことについても既に調べを進めているわ」

「ならば話は早い。貴女はあの男を葬るつもりでいるのだな」

「つもりで言えば、そうよ。ただそう単純に行くものではない。あの男は人として死んだ後、より厄介な怪異に生まれ変わった。彼は人の見る夢の中に現れ、その命を奪う。そこに直接干渉することは難しいわ」

「貴女の力があっても難しいのか」

 エルカネルは少し焦ったような調子で言った。美琴は首肯する。夢の中に干渉する方法、その選択肢は肉体を持つ存在はかなり限定される。最も確実な方法はかつてカシマレイコと戦った際のように自分の夢の中に相手を呼び込むというものだが、これは相手がこちらの行動に委ねられるという大きな弱点がある。今回の場合、あの男を自分の夢へと誘うのは少々難しい。

 かといって、他の人間の夢に入り込む場合、多大な霊力を使えばその人間の霊体を傷付けてしまう可能性が高い。それでは救いたいものも救えない。

「そうね。でも方法がないこともない。ただ、その場合は希さんに多少危険が及ぶことになるけれど……」

「それが最善なのであれば、その方法を取ってくれ」

 エルカネルは擬態した地球人の目で美琴の目を見つめ、真剣な眼差しでそう言った。

「分かった。ならばまず彼女と直接会わねばならないわね」




 途中で何度か意識が遠くなるような感覚に襲われながら、希は家の玄関へと辿り着いた。寄りかかるようにしてドアを開け、なんとか靴を脱いでリビングへと向かう。確かめなければならないことがある。

「お母さん、私って小さい頃、誘拐事件に巻き込まれそうになったことあったよね」

 リビングでテレビを眺めていた母親に希がそう問うと、彼女は希の方を振り返り、そして顔を顰めた。

「帰って来て早々どうしたの? 病院は大丈夫だった?」

 希は母親の言葉にただ頷いた。そしてもう一度尋ねる。

「私、あの事件のときどうして助かったんだっけ」

「あれは、確かあなたを誘拐する途中に犯人が警察に見つかって、追われている途中に電車に撥ねられたのよ。だからあなたは無事だったの」

「そうだったっけ」

 自分が巻き込まれた大事件のはずなのに、どうにも記憶が曖昧だ。まだ自分が幼かったことを考えても何かがおかしい気がする。ただ記憶を失っているのではなく、記憶の上に蓋を被せられているような、そんなもどかしさがある。

「そうよ~。まだあんたちっちゃかったから知らないかもだけど、あの犯人他にも何人も子供を誘拐しては殺していて、当時は結構なニュースになったんだから。あんただってもう少しで危なかったのよ」

「ねえ、その事件について何か詳細が分かるものってない?」

 その事件を知れば、この記憶を塞ぐ蓋をどかす切っ掛けになりそうな気がした。そうでなくても気はまぎれる。一時的にでもこの眠気を忘れることができるかもしれない。

「そうねぇ、確か、お父さんが当時の事件の記録をまとめていたような気がするけど」

 その答えを聞き、希は礼を言ってからふらふらとした足取りで父の書斎に向かった。今父は仕事に出て行っていないが、基本的に部屋の鍵は掛けていないはずだ。

 廊下の突き当りのドアを開けると、こじんまりとした父の書斎が現れる。机が一つと壁の両側に小さな本棚が置かれたシンプルな部屋。普段はほとんど興味を持つこともなかったこの場所だが、今は違う。希は本棚の中から「猿夢事件」と酷くシンプルな背表紙の張られたファイルを見つけ出し、これだろうかと抜き取る。

 それを開くと、母の言った通り当時の新聞記事や雑誌記事などの切り抜きが几帳面な父らしく整然と並べてコピー用紙に張り付けられている。

 それによれば犯人の名前は市原冬樹。希がかつて好きだったあの遊園地の従業員で、どうにもその遊園地に遊びに来た子供を誘拐しては殺害していたという。そして、その市原が主に遊園地において「モンキードリーム」というアトラクションを担当しており、それを利用していた子供を狙ったことから、彼の引き起こした連続誘拐殺人事件は「猿夢事件」と呼ばれていたようだということも分かった。

 彼によって殺害された子供の数は七人。どれも小学校に上がるか、上がったばかりぐらいの年齢の児童で、希はその八人目になるところであったらしい。それも本当に危なかったようだ。希は遊園地に行ったその日、迷子になった際にあの男によって園外に連れ出され、彼の家へと連れ去られる途中で市原が警察に犯行現場を見つかり、そして逃亡を図った市原がその途中電車に撥ねられたことで助かったのだという。誘拐されずとも、もしかしたらその事故に巻き込まれていたかもしれないと思うとぞっとする。

 希はもう一枚ページを捲り、そして眉をひそめた。そのページにはかつて小栗によって誘拐され、殺害された被害者である子供たちの顔写真が並べられていたが、その顔にどこか見覚えがある気がしたのだ。

 だが彼らと自分の共通点は同じ遊園地に遊びに行っていた、ということぐらいで、面識はない。もしかしたら同じ写真をかつて見たことがあるのではないかとも思ったが、それも違和感がある。彼らを見たのは、もっとごく最近のような気がするのだ。

 そんな風に思いながらじっと写真を見つめていて、彼女はやっと気が付いた。そうだ、自分はこの子供たちの顔に間近に対面している。それも今日、いや正確には今日も、だ。

 この子供たちの顔は、希を夢の中で襲うあの小人たちの顔とよく似ているのだ。




「おい、分かったぞ、この事件の共通点」

 不意に安田が声を上げ、上野は怪訝そうに彼を見た。安田はそれを気に留めず、興奮気味に言う。

「この四人の被害者は、皆同じ事件に関わっているんだ。上野、覚えてるか? 十五年前、小さな子供ばかりを誘拐し、殺害した男の事件があったのを」

「ええ、あの頃はまだ私は小学生だったし、妹はさらに小さかったから、親が警戒して遊園地に連れてってくれなくなったのを覚えてますよ。確か猿夢事件なんて呼ばれてましたよね」

 安田は頷いた。事件の犯人であった男が遊園地で「モンキードリーム」という名前のアトラクションを担当しており、そして最後にそのアトラクションを利用した女児を誘拐、殺害しようとしたことからモンキードリームを直訳した猿夢という言葉がこの事件の通称として使われるようになった。

 しかもあれはただの誘拐事件ではなかった。あの男によって誘拐された子供たち全てが身代金の要求等もなく、無惨に殺害されていたこと、さらにその子供たちの頭髪や皮膚、骨などの体の一部がその犯人の作成する人形の素材として使われていたなどの猟奇性から一時期大きな話題となり、メディアも連日この事件を報道していた。

 その犠牲者は子供ばかり七人に上り、相田が幼い子供たちの犠牲を止められなかったことをひたすらに悔やんでいたことを覚えている。つい一月ほど前に偶然会って酒を飲んだときもその話をしていた。だからこそ、関連付けて考えてみる気になったのだが。

「そう、その猿夢事件だ。その犯人は最後の犯行の途中、現場を目撃されて踏み切りに突っ込んで電車に轢かれて死亡したんだが、今回変死している人間たちは、全員あの事件の捜査に関わっていた者たちなんだ。相田がたまにこの事件の話をしていたのを思い出して、それで繋がったんだが。これを偶然と片付けて良いとは俺には思えん」

 安田は、死んだ人間が時に怪物と化すことを知っていた。無論ひとつ共通点があるからといってそれが原因だと断じる訳にはいかない。常識で考えるなら、偶然睡眠中の突然死が重なったのだと考える方が自然かもしれない。だが人ならざるものの仕業である可能性があるのならば、それを知っている自分たちが動くしかない。その予想が当たっていたら、さらに犠牲者は増え続けることとなる。

 そう安田が考え、次の行動を思案し始めたそのとき、ふと透き通るような女の声が彼に向かって投げかけられた。

「そこまで分かっているのなら話が早いですね」

「君は……」

 上野が安田の後ろを見て眼を見開いた。その反応に安田も後ろを振り返る。するとそこには、彼の予想通りあの死神を名乗る少女の姿がある。そしてそれは、先程の安田の予想が当たっていることを物語っていた。

「久しぶりだな、お嬢ちゃん。お前さんがやってきたということは、やはりこの事件人間の仕業じゃないのか」

「その通り。そして、その正体も安田さん、あなたが想像した通りの人物です」

「市原冬樹、か……」

 美琴が頷いた。安田は悔しそうに表情を歪める。

「相田が死んでやっと分かった。もう少し早く俺が気付いていればあいつは死なずにすんだかもしれん……」

 どうしようもないことだったのは分かっている。それでもどうしようもなく悔しかった。

「だけど、これから犠牲になる人間を救うことはできます」

「そう言うということは、確実に次の犠牲者が出る、ということか」

 上野の声に、安田は顔を上げた。そうだ、今は何よりもこれから起こり得る殺人を事前に阻止するのが警察としてやるべきことだ。安田は自らの正義感に鼓舞され、美琴に問う。

「そうだ、美琴さん。君が我々のところへ来たということは、我々にも何かできることがあるのだろう?」

「ええ。あなた方は私たちのような異形と出会っても記憶を残されたままでいる一握りの人間です。故にあるひとりの女性を助けるために、力を貸していただきたい」

「女性? その人もまた、その事件の関係者なのか?」

 上野の言葉に美琴は頷いた。

「はい。ただし警察の関係者ではありません。彼女の名前は蓑原希。かつて猿夢事件の最後の犠牲者となるはずだった少女です。あなたたちには、彼女をある場所に呼び出して頂きたい」




 その少女が希の目の前に現れたのは、希があの小人たちの姿がかつての市原の犠牲者たちのものであることに気が付いた、その夜だった。

 青紫の和服に身を包んだ少女は、いつの間にか希の部屋に立っていた。うつらうつらとしていた彼女の目は、その突然の出来事に少しだけ覚めた。そしてその眠気が、目の前の出来事が夢ではないことを教えてくれた。

 声を上げなかったのは少女が自分よりも年下であろう容姿をしていたことと、その体力もほとんど残されていなかったためだった。その悲鳴の代わりに、希は少女に対して問い掛けを発した。

「あなたは……」

「私の名は美琴。あなたをその悪夢から助けるために来たの」

 紫の目の少女はそう言って、希の頬にその華奢な指を触れる。その瞬間、今までの眠気が嘘のように消え、一瞬で眼が冴えた。

「これは一時的なものだけど、あなたの命を延ばすことにはなる。突然やって来て信用しろなんて言うのは難しいとは思うけれど、あなたの命を救うため、協力してはくれないかしら。もう時間がないの」

「私の悪夢を、知っているのですか?」

 目の前の少女には、あの悪夢の中で感じるような嫌悪感は覚えなかった。いずれにせよこのままでは自分が死んでしまうことは、希自身が身に染みて分かっていた。だから彼女は藁にも縋る思いで、美琴を見つめた。

「私を助けてくれるって、本当ですか?」

「ええ。そのためにはあなたの夢のことを知らねばならない。あなたの夢について、知っていることを話してくれるかしら?」




 希は昼間精神科医に話したように、自分の見た夢を詳細に美琴と名乗る少女に語った。彼女は真剣にその話を聞いてくれた。そして、話し終えるとひとつ頷き、希に向かって言った。

「あなたの予想している通り、あなたを殺そうとしているのは市原冬樹で間違いないようね。そして、その人形たちは恐らく彼の犠牲となった子供たち。正確には、その死体を素材として作られた人形たちね。だからどこか彼の犠牲者たちの面影があるのだと思うわ」

 その言葉に希は思わず身震いした。死んだはずの人間が自分を殺そうとしているという話だけでも恐ろしいのに、あの小人たちが、子供の死体を使って作られた人形たちなんて。それと同時に、その子供たちに同情の念を抱いたのも確かだった。死んでからもなお自分を殺した者に支配されるなて、どんなに苦しいことだろう。

「でも、あなたの夢の舞台となる場所が分かったのは収穫だった。良い? 明日、あなたを迎えに二人の警察の人間が来るわ。あなたは彼らに連れ添ってもらって、あなたの夢の舞台となった遊園地に来てほしい。私はそこで待っているわ。警察の人間と一緒ならあなたも幾分か安心でしょうし、それに廃墟と化した場所に侵入しても幾らでも言い訳ができる」

 そう美琴は言った。それにどんな意味があるのかは分からなかったが、希はただ頷くしかなかった。寝不足で判断力が鈍っているのは確かだが、それでもこれがもう自分一人で解決できるような問題ではないのことは分かっているつもりだった。これが何かの罠だったとしても、夢の中で挽肉として殺されるよりは、きっとマシだ。

「私を、信用してくれる?」

「はい。この悪夢から解放されるなら、どんなことでもします」

「ありがとう」

 美琴はそう言って、安堵したように微笑んだ。

「本当は私がずっとあなたに付いていたいのだけど、確実に事を解決するためには相応の準備がいるの。あと半日だけ、眠らないでいてちょうだい。それであなたは、いつもの日常に戻れるわ」

 そう言って美琴は希の額に手を当てた。思わず目をつむると、もう既に美琴の姿は消えていた。

 希はまた一人になった部屋の中で、少しずつ戻ってくるような眠気に抗うように、市原冬樹という男のことを思う。なぜ彼は、自分を殺そうとするのだろうか。




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