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黄泉夜譚 ヨモツヤタン  作者: 朝里 樹
第五一話 放たれた狂気
203/206

一 悪夢の遊園地

 私は、夢を見ていました。

 昔からそうでした。私は夢を見ている最中に、ここが夢の中なのだと自覚する事が多々ありました。いわゆる明晰夢というものなのでしょう。そして、この時もそうでした。

 その夢で、何故か私は薄暗い無人駅に一人で立っていました。随分と陰気臭い夢だとは思いましたが、大して気にはしていませんでした。すると突然、精気の無い男の人の声でアナウンスが流れました。

「まもなく、電車が来ます。その電車に乗るとあなたは恐い目に遇いますよ~」

 その言葉は、その時の私にとっては意味不明なものでした。でもその言葉の意味を考えているうちにすぐに駅に電車が入って来ました。それは普通の電車と言うより、昔良く行った遊園地にあった、私がお猿さんを電車と呼んでいたアトラクションにそっくりなものでした。その小さな座席には数人の顔色の悪い男女が一列に座ってました。

 私はどうも変な夢だなと思いつつも、自分の夢が、夢と分かっている状態でどれだけ自分自身に恐怖心を与えられるかということが試してみたくなり、また懐かしさもあってその電車に乗ってみることとしました。

 その時には我慢ができなくなったら目を覚ませばいいと思ったのです。なにせ明晰夢ですから、私は自由に夢から覚める事が出来たのです。


第五一話「放たれた狂気」


 私は電車の後ろから三番目の席に座りました。夢だというのにその周辺には生温かい空気が流れていて、まるでもしかして自分は本当は現実世界にいるのでは、と錯覚しそうになるほどの臨場感がありました。

「出発します~」

 またあの陰気な男の声でアナウンスが流れ、電車は動き始めました。これから何が起こるのだろうと私は不安と期待が入り混じった感情でいたと思います。

 電車はホームを出るとすぐにトンネルに入りました。紫色の明かりが、その薄暗く長いトンネルの中を怪しく照らしていました。

 それで私ははっきりと思い出しました。このトンネルの景色は子供の頃に遊園地で乗った、ライド型のお化け屋敷の景色です。確かその内容は、お猿さんが見る悪夢をこのトンネルの中で随時体験して行き、そして最後にトンネルを抜けるとともにお猿さんが目覚めるという、そんな演出になっていたと思います。あのアナウンスも、実際にアトラクションで悪夢の解説をする遊園地の従業員さんのものとそっくりでしたし。

 結局は自分の記憶にある景色を繋げているだけなのだと思うと、少しがっかりしました。夢なのだから当たり前なのでしょうけど。ただ懐かしさもあって、私は目覚めることなくそのお猿さんの電車に乗っていました。

 でも、それからの展開は違いました。恐怖はその直後に流れたアナウンスから始まりました。

「次は活けづくり~活けづくりです」

 そんなアナウンスがあった覚えはありませんでしたが、何せ幼少時に行ったっきりの遊園地の記憶です。自分が忘れているだけで、そんな場面もあったのかな、活け造りとは魚でも出て来るのだろうか、などと考えていると、急に後ろからけたたましい悲鳴が聞こえてきました。

 それに驚いて振り向くと、電車の一番後ろに座っていた男の人の周りに四人のぼろきれのような物をまとった小人が群がっていました。その男性は小人によって刃物で体を裂かれ、まるで人間を使った活け造りのようにされていました。

 強烈な臭気が辺りを包み、男性は体を切り刻まれながら耳をつんざくような悲鳴を上げ続けています。その間もまるで表情のない不気味な小人たちは、黙々と包丁のような刃物をその男性の肉体に突き刺しては皮膚や肉を裂いて行きます。男性の体からは次々と内臓が取り出され絵、血まみれの臓器が散らばりました。

 私のすぐ後ろには髪の長い顔色の悪い女性が座っていましたが、彼女はすぐ後で大騒ぎしているのに黙って前をを向いたまま気にもとめていない様子でした。

 私も流石に想像を超える展開に驚き、本当にこれは夢なのか分からなくなってしまいました。そのため、もう少し様子を見てから目を覚まそうと思いました。

 気が付くと、一番後ろの席の男性はいなくなっていました。しかし彼の体の残骸のような赤黒い、血と肉の固まりのようなものは残っていました。そのうしろの女性は相変わらず、無表情に一点を見つめているだけでした。

「次はえぐり出し~えぐり出しです」

 またアナウンスが流れました。

 すると今度は二人の小人が現れ、ぎざぎざスプーンの様な物をうしろの女性の目に近付けました。子供のような姿をしたその小人たちは、しかし目には白目がなくただ黒く染まっているのみで、また表情もなく声も発さず、酷く不気味でした。

 小人のスプーンが女性の目に触れ、そして眼孔へと潜って行きます。その瞬間、無表情だった彼女の顔が物凄い形相に変わり、私のすぐ後ろで鼓膜が破れるぐらい大きな声で悲鳴を上げ始めました。その眼からは眼球が取り出されようとしています。血と汗の匂いが堪りませんでした。

 私はもう限界でした。順番からして次は三番目に座っている私の番です。これ以上は付き合いきれません。

 そう思い、私は夢から覚めようとしました。ですが、いつもと違って何故か目が覚めてくれません。そうしているうちにまたあの男の声でアナウンスが流れてきました。

「次は挽肉~、挽肉です~」

 直後、機械の唸り声のような音が聞こえて来ました。小人はやはり現れ、私の膝に乗って奇妙な形をした機械を近づけて来ます。

 音が大きくなるとともに、顔に風圧を感じました。もう駄目かと思った瞬間、急に辺りは静かになりました。気が付けば私は自分の部屋のベッドの上にいました。

 なんとか悪夢から抜け出す事ができたのです。全身汗でびしょびしょになっていて、目からは涙が零れていました。




「これが、私が四年前に見た夢の全貌です。それが始まりでした」

 そう蓑原希みのはらのぞみは言った。まだ成人したばかりの彼女は顔は、まるで大病を患ったかのように酷くやつれていた。その眼には大きな隈ができており、顔色は青白い。誰が見ても深刻な睡眠不足と分かる様相だった。

 彼女の前には白衣を纏った髪の薄い中年の医師が座っている。医師は一度頷いた後、彼女に対して優し気な口調で問いかける。

「それから、同じような夢を何度も見るようになったのかな?」

 希は頷く。そしてぽそりと口を開く。

「しばらくは何もなかったのです。また私が夢を見始めたのは、先週のことでした。夢は四年前の続きから始まりました」

 希の瞳が小さく震えた。そして彼女は恐怖を絞り出すように続ける。

「こんなことを言っても信じてもらえないかもしれませんが、二回目の夢の時、私は現実の世界ではっきりとあの電車のアナウンスの声を聞いたんです。また逃げるんですか~次に来た時は最後ですよ~、ってあの陰気な声で。私はきっと、もう一度あの夢を見たら死んでしまうんです。そうしたら、怖くて怖くて」

 二度目の夢は、抉り出しから始まった。そして最初の夢を再現するかのように希の後ろに座っていた女性は眼を抉られ、死んだ。その後はやはり自分の番だった。挽肉、というアナウンスとともにあの訳の分からない機械が自分に迫り、そして何とか目覚めた直後、あの悪夢は現実にまで浸食して来たのだ。

 それ以来、希は何度も同じ夢を見るようになった。目を瞑るたびにあの声と匂いが蘇って来るようになった。そのために眠ることができなくなり、解決策を求めてこの病院にやって来たのだ。

「なるほどね」

 中年の精神科医はそう頷いた。そしてカルテに何やら書き記して行く。希はそれをぼんやりとした面持で見つめていた。こうしている間にも眠気は襲って来る。だがここで目を瞑ることはできなかった。そうすればまた、あの男の声が聞こえて来そうだった。

 まるで冷たい氷の穴から響くような、あの忌々しい声が。その恐怖は日増しに蓄積され、今では目を瞑ることさえも恐ろしい。

「とりあえず睡眠薬を出しておきましょうか。これなら夢を見ることなく眠れますよ」

 いつの間にか医師の話は進んでいたらしい。それも眠気と戦うのに必死で頭に入って来なかった。

 希は頭を小さく下げるとふらつく足取りで診療室を後にした。そして待合室の椅子に座り、首を垂れる。頭を上げているのも辛かった。

 そのうちに、彼女の意識は夢へと引き摺り込まれて行く。病院の明るい部屋は次第に暗い景色へ変わり、紫色のぼんやりとした光が辺りを包み始める。座っていた椅子はコースターの座席に変わり、そして小さな足音が近付いて来る。

 彼女は夢と現の間で彼女は自分の元へと駆け寄って来る小人を見た。まるで人間の子供をそのまま小さくしてしまったような、だけどどこか歪な小人。その目はまるで黒い玉がはめ込まれたように真っ黒で、そして、その手にはあの奇妙な機械が握られていて……。

「蓑原希さん」

 名前を呼ばれ、希ははっと目を覚ました。どうやら病院の受付の職員が呼んでいるようだ。そして彼女の視界に映し出されたのは病院の白い床だけで、もちろんあの不気味な小人も血に錆びた機械も見当たらなかった。

 病院の待合室のテレビにはニュース番組が映されている。近頃多発している睡眠中の心臓発作についてニュースキャスターとコメンテーターが何やら語り合ったかと思えば、今度はつい先週開園したという遊園地の特集に移っている。

 もう眠らないようにと希はぼんやりとそのニュースに視線を向けていた。画面では若い女性アナウンサーが子供向けの小さなコースターを紹介している。宇宙をテーマにしたSFチックなアトラクションのようだ。子供たちは楽しそうにそれに乗り込んでいる。

 そして希は思う。あの悪夢の中に出て来る景色は、その遊園地のものなのだ。なぜ楽しかったはずの思い出があのような悪夢と繋がってしまうのだろうと考える。そこにあったライド型のお化け屋敷大のお気に入りだったからだろうか。いや、そうではない。私は何か大きな出来事を忘れている。

 あの遊園地は確かもう潰れてしまった。だけどその前に私はあの場所には近付かなくなったから。希は隙を見せれば眠りに落ちてしまいそうな頭で必死に考え、そして思い出した。その理由は確か、自分がある事件に巻き込まれたせいだ。そしてそれを思い出した瞬間、彼女の中で悪夢の中で聞こえたあの陰気なアナウンスの声と、現実の記憶に残っていた声とが重なった。




「これで何件目だ、上野」

 缶コーヒーをのプルタブを開けながら安田が溜め息まじりにそう尋ねた。上野は手帳を開き、そして上司である安田の問いに答える。

「四件目ですね。偶然にしては多い気がします」

「この短期間だものなぁ。また変な奴らが関わっていなければいいが」

 被害者の詳細を伝えるニュース番組の画面を見ながら、安田はブラックコーヒーをごくりと飲み込んだ。苦みをほとんど感じないまま、液体が喉を通り過ぎて行く。

 この一週間の間に前日までは何も異変の見られなかった人間が、急性心不全を起こして眠っている間に死亡するという現象が、立て続けに四件起きていた。そして奇妙なことに、死亡したのはいずれも警察関係者であるという共通点があった。

 事件性はなく、ただ偶然にそういった現象が重なったというだけと判断されたため、刑事部捜査一課に所属する二人が動くようなことではない。だが、安田はこういった一見何の犯罪性もない事件を気に掛けるようになっていた。そして一連の事件の四件目の犠牲者、相田壮二はかつての安田の同僚だった人物でもある。それ故に余計に気にかかった。

 この世には人ならざる化け物がうようよしている。それを知っているのは、警察の中でも安田と、彼の相棒である上野だけだった。他の警察官たちの中にもそんな化け物たちと対峙したことがある者は何人もいる筈なのだが、彼らは決まって翌日にはそのことをすっかりと忘れている。いや、むしろその記憶を残されている自分たちだけが異常なのかもしれない。

 故に、こういった不可思議な現象が起きたとき、もしかすればまた人ならざるものの仕業なのではないかと考えても、それを話すことができる相手は安田にとっては上野だけだった。他の同僚にそんなことを話せば仕事の最中にどこかで頭でも打ったのかと心配されるのがオチだろう。

「嫌な予感は当たらなきゃいいんですけどね」

 安田の考えを見透かしたように上野が言った。安田は全くだと頷く。化け物を相手にするには、人間はまだ知識が足りなさ過ぎる。




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