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黄泉夜譚 ヨモツヤタン  作者: 朝里 樹
第四八話 時計仕掛けの恋心
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四 時計仕掛けの恋心

 まずマリアの目に映ったのは、紫色のエネルギーの塊だった。三日月状の形をしたそれは良介を捉えていた金属のチューブを軒並み容易く切断し、更に洋館の壁に細い穴を空けて消えた。あゆみの注意がそのエネルギーが放たれた方向へと逸れる。マリアもまた、そちらに目を向けた。

 明かりの消えた部屋の入り口に、青紫の和服に身を包んだ一七、八の少女の姿が薄らと浮かび上がる。その右手には鍔のない日本刀を握り、瞳は紫色に染まっている。人間としては異様な風体のその少女に対して、あゆみが舌を鳴らすのが聞こえた。

「しつこいわね、死神さん」

「十年以上復讐に固執するあなた程ではないわ」

 あゆみが死神と呼んだ少女に向かって銃弾を連射する。だが少女はそれを避けようともせず、生身で受け止める。

「そんなただの銃弾じゃ、妖は殺せないわよ?」

 少女の頭を貫いた弾丸は、傷が塞がると共に彼女の内部から現れ、床に落ちた。他の傷も同様だった。鉛の弾によって穿たれた傷は、ものの数秒で癒えてその痕跡さえ少女の表面には残さない。人間でもアンドロイドでもないその異形の存在に、しかしあゆみは怯む様子もなさそうだった。

「ふふ、やっぱり本物の化け物には敵わないわね」

 あゆみは笑い、銃を投げ捨てた。同時に部屋の仕掛けが作動し、壁の一部が開いて砲塔が出現する。

 恐らくマリアはロッサム博士の技術を利用し、様々なロボットを造り上げたのだろう。それをこの館に潜ませていた。マリアは彼女の研究室でちらと見た、様々な形をした機械を思い出す。

「だけど、ただの鉛玉でも時間稼ぎはできる。VVWXX102」

 彼女に名を呼ばれて現れた四つの砲塔は、一斉に死神の少女に向かって弾丸を放った。途端に光が部屋の中を満たし、視界が効かなくなる。マリアは目を保護するように顔の前に掲げた。

 しかし数秒後にはその砲塔からの射撃音もまた聞こえなくなった。恐る恐るマリアが目を開くと、どろどろに溶けた金属の塊たちと、滅茶苦茶に破壊された部屋の景色、そしてマリアを庇うようにして立つ良介の姿が見えた。

 良介はマリアの方を振り返ると、その肩に優しく片手を置いた。大きな手が温かい。まだ温もりを感じられる自分の体に、マリアは少し安堵する。

「すまないマリア、俺が不甲斐ないばかりに君に辛い思いをさせてしまった」

 マリアはおずおずと首を横に振る。良介は何も悪くない。彼はただ親切心でここまでついて来てくれたのだ。これは自分たちの問題だ。

「良介さんが謝ることなんてありません。ただ、あまりにも多くのことがあって、気持ちの整理がつかなくて……」

 マリアは胸に手を当てた。この混乱は、本当に自分の感情なのだろうか。これもまた、ただ造られたプログラムがこの機械の体の中で人間らしく自分を見せるように作動しているだけではないのだろうか。

 そんな思いが頭を過る。自分が人間ではない。ずっと信じていた事実が根本から覆された恐怖が、遅れて彼女の中に湧き出て来る。

「良介さん、私は……、私は……」

 良介はゆっくりと首を横に振った。

「君はマリアだ。それ以外の事実は重要じゃないさ。この世には人間ではない存在はたくさんいる。俺だって、その一人だ」

 良介は言い、己の手に青い炎を宿して見せた。そして優しく微笑む。

「悩むことは悪いことではない。だが、その結果として自分という存在を否定してはならないよ。君がここにいることには意味があるし、君の父親だって、何の意味もなく君をこの世に生み出したりはしなかったはずだ。君の命には、確かな価値がある」

 その言葉は水に落とされた氷のように、少しずつマリアの心に溶けて行く。そして良介は立ち上がった。

「俺は橘あゆみを追う。君は危険だからここにいろ。あいつは、君の命を狙っている」

「でも、良介さん……、あゆみさんは」

 この時になってもまだ、マリアはあゆみという女性を憎めなかった。父を殺した殺人機械であり、自分をずっと騙し続けていたことが本当だとしても、彼女は四年間自分とともにいてくれた。喜びと悲しみ、それに怒りを共有してくれた。

 その全てが偽りだったなど、信じたくなかった。例えお互いが機械だったとしても、そこにあった絆を否定したくはなかった。

 だが良介は再びマリアの肩に手を置き、再び首を横に振った。

「いや、来ない方が良い。俺は君がこれ以上、悲しみに直面するのを見たくない」

 そして、人ならざる男は同じ部屋に立つ死神を見た。死神は良介を見返し、その小さな唇を開く。

「私も共に行く?」

「いいえ、俺が決着をつけてきます。美琴様は、マリアの側にいてやって下さい」

「ええ、分かったわ」

 美琴と呼ばれた死神の少女は、言葉少なに頷いた。そして良介の姿はやがてその部屋の中から消えてしまった。

 後にはただ、マリアと美琴だけが残った。




 橘あゆみは、たった一人で森の中に立っていた。辺りに他の人造人間の姿はなく、ただ降り積もる雪だけがあゆみの姿を際立たせる。それは雪の結晶の妖精のようにも、雪に染まる亡霊のようにも見える。

「やっと、二人になれたわね色男さん」

 橘あゆみはそう笑みを浮かべた。良介は炎を拳に纏い、彼女の前に立つ。

「その拳を、私に対して振るうのかしら」

「ああ、そうだな」

 良介の炎に触れた雪の結晶は、音を立てる間もなく溶けて消えてしまう。良介は己が拳を見つめ、呟いた。

「お前はマリアに涙を流させた。俺が拳を握る理由は、それで十分だ」

「そう。その言葉を聞いて安心したわ。私もまた、全力で戦える」

 あゆみが雪原を蹴った。その速度は並の人間の女とは比べ物にはならず、一瞬で良介との間合いは詰められる。良介が後ろに体を仰け反らせた直後、あゆみの靴の先が良介の鼻先の掠めた。

 良介が体勢を整えた直後、今度はあゆみが後ろ蹴りで良介に左足の踵を叩き込んだ。良介はそれを抱き抱えるようにして防ぎ、そのまま体を回転させて力任せにあゆみを投げ飛ばす。

 あゆみは空中で体を回転させて地面に着地した。追撃で放たれた妖力の炎は、横に跳んだあゆみによって回避される。

 再び真っ直ぐにあゆみが突っ込んで来た。回避は間に合わない。良介は拳を握り、雪に覆われた大地を踏み占めた。あゆみの蹴った雪がまるでスローモーションのように彼女の周囲に舞った。良介は拳を前に突き出した。

 良介の青い炎を纏った拳があゆみに迫る。だが炎が自らの体に触れた瞬間、あゆみは小さく笑った。




「美琴さん。あゆみさんは、本当に私を殺そうとしているのでしょうか……」

 沈んだ顔でソファに座ったマリアがそう美琴に問うた。既に死神としての姿をやめ、浅葱色の着物を身にまとった美琴は彼女の方を振り向き、問う。

「どうして疑問に?」

「あゆみさんは、最後まで私を殺すことを躊躇しているようでした。引金を引けばいつだって私の頭を吹き飛ばすことだってできたのに、彼女の手は震えるばかりで私を撃とうとはしませんでした」

 マリアはあゆみと共に過ごした四年間を思い出していた。彼女は自分の父、ロッサム博士を殺したのかもしれない。だけど、自分に対する彼女の振る舞いが、偽りだったとはどうしても思えなかった。

 父を失ったマリアにとって、彼女はただ一人の家族だった。あゆみは、まるで母のような存在だった。

「もしかしたら、この手帳にその答えが書いてあるかもしれません」

 美琴は言い、手に持ったあのロッサム博士が使っていたという手帳をマリアに見せた。

「それは、父が残した手帳なんじゃ」

「ええ。だけどロッサム博士の研究を引き継いだ橘あゆみは、あなたのお父様の記録に繋げるようにして自分の成果や考察を加えて行った。故にこれは彼女にとっての記録でもあるようです。橘あゆみは先ほどの砲塔の銃撃でこれも一緒に処分しようとしていたのかもしれないけど、生憎私が回収してしまいましてね」

 美琴はそれをマリアに手渡した。マリアはおずぞずとそれを受け取り、丁寧にそのページを捲って行く。するとやがて父の筆跡が消え、日焼けした数ページの空白が続いた後、良く知ったあゆみの文字や数式が現れた。

「彼女のチェーンメールがなぜ今になって再び流行り始めたのか、それが不可解だったのです。初めは都市伝説としての自分の力を増幅するためかと思った。だけどこれを読んで違うと分かりました。わざわざ彼女がなぜ自分の存在を主張するような行動を起こした理由が」

 手帳を最後まで捲ると、今までとはまた違ったページが現れた。それはずっと続いていた実験の記録や予測ではなく、ただ日本語で綴られた数多のあゆみの言葉。マリアはそっと顔を近付け、そのページを読む。

 そこにはあゆみの苦悩が記されていた。読み進めながらマリアは短く息を吸い、自分の口元に手を当てる。

「私の復讐は終わった。橘あゆみを殺した最後の人間を、この手で殺した。それなのに私の殺意は収まらない。人間を見るだけで、人を殺さねばならないと私の頭が訴える」

「マリアは日に日に人間に近付いて行っている。今日、彼女は恋を覚えたようだった。ある男の名前を嬉しそうに話していた。それはロッサム博士にとっては喜ばしいことなのだろう。でも、私にとっては」

「この頃、私の殺人衝動がマリアへと向かう。造られた機械としての本能ともいうべき機能が、私の心に反して彼女の存在を消そうとする。どうして、私はマリアを殺したくなんてないはずなのに」

「もう限界が近付いている。私は、放っておけばマリアを殺してしまうだろう。それは嫌だ。例えマリアが人間であろうとも、彼女だけは殺したくない。ならばいっそ、私が消えれば良い。マリアのために、そして私のために。ロボットは自分で自分を壊せないけれど、ならば、誰かに壊してもらうしかない。きっとマリアを命がけで守ってくれるような誰かに」

「私は再びあの懐かしいメールを流布した。父が復讐の為に、そして私の為に使った、あのチェーンメールを。私の根幹となったあの文章を。あの頃、父の所業を見抜いて父を探していた妖怪がいた。だからきっと、このメールを切っ掛けにして彼女は私の存在に気付いてくれる。そして彼女の側には、マリアが想いを寄せた誰かがいる」

「もっと良い方法はあるかもしれない。だけど私の最後は、父が残したものを切っ掛けにして終わらせたい」

「願わくば、マリアが私のことを恨んでくれますように。私がいなくなることを、望んでくれますように」

 手記は、そこで終わっていた。マリアの瞳に再び涙があふれた。それはマリアのため、自分の存在を犠牲にせんとするあゆみの想い。

「あゆみさんは、私の為に……」

「あなたに対する行動は、恐らく本心ではなかったのでしょう」

 マリアは溜まらず胸にその手記を抱え、外へと飛び出した。




 良介の拳は、あゆみの胸の中心を貫いた。その傷口からは微かに血のような赤い液体が流れ、そしてあゆみは満足げな笑みを見せた。

「お前、わざと……?」

「ふふ、私の演技も中々のものだったでしょ?」

 良介が拳を引き抜くと、あゆみは立っていることもできずに近くの木の幹に体を預けた。そのまま雪の上に座り込み、虚ろな目で良介を見上げる。

「どうしてこんなことを」

「簡単なこと。ロッサム博士のロボットは、自分で自分を壊せないの。だから誰かに私を壊してもらわなければなかった」

 晴れていた夜空からは少しずつ、雪が降り始めていた。それを見上げながらあゆみは言う。

「父は、私に人を殺すことしか教えてはくれなかった」

 その声は乾いていて、どこか諦めを感じさせた。

「それを憎んでいる訳ではないわ。私自身、人を殺すことが嫌な訳ではないし、寧ろ心地良いぐらいだった。だって私はその為に生み出されたのだから。それに父の遺志を全うするのは、嬉しかった。そのためにマリアを使ってロッサム博士を脅し、この体を手に入れた」

 良介は言葉を発さず、ただ彼女の言葉に耳を傾ける。雪だけが二人の間を埋めるように降り続いている。

「私はただ父に愛されたかったの……。だからかつて、父が愛したこの橘あゆみの姿と名前を求めた。馬鹿よ。私が自我を持ったときにはもう、父は死んでいたのに。そんな人間みたいな感情を持ってしまわなかったら、私は苦しむことなんてなかったのに……」

 あゆみは再び良介に顔を向けた。だがその瞳の焦点は揺れ動き、良介に留まることはない。

「ねえ、知ってる? 世界で初めてロボットという名前が使われた戯曲の最後で、ね、ロボットは恋を知って初めて機械から生命となるのよ。人間って、初めから時計仕掛けで決まっていたみたいに恋に落ちるでしょう? それと同じように、子供を産むことができないはずの人造人間が、まるで人間みたいに恋をして……」

 あゆみの目の光が消えて行く。だがその口元には、とても満ち足りた笑みが浮かんでいた。

「あの子も、恋を知れば、本当に人になれるかもしれない。夢物語みたいだけれど、人造人間だって夢は見られる……。だけどその夢の向こうの世界では、私は彼女と一緒にいられない。彼女が人となってしまったら、私はきっとマリアを殺してしまうから……。私は人間は嫌いだった。でも、あの子のことは大好きだった……、、だから……」

 あゆみの首ががくりと下に垂れた。良介はただそれを見つめているしかない。雪は全てを終わらせるように、もう動かない彼女の上に白く、白く降り続いていた。

 あゆみは確かに人間ではない。だが、マリアを愛した心は本物だったのだろう。良介は後ろを振り返った。闇の向こうに、こちらに走って来るマリアの姿が見える。

「良介さん! あゆみさんは……!」

 良介が答える前に、マリアはあゆみの姿に気が付いたようだった。声にならない声を漏らして、マリアはあゆみの亡骸の側に座り込む。

「あゆみ……さん……」

 あゆみがその呼びかけに答えることはない。そこには、ただ物言わぬ一人の人造人間の亡骸があるだけだった。




「あゆみさんは、死ぬことが怖かったのでしょうか」

 暖炉の火が燃える洋館の一室。そこで、マリアは良介にそう問いかけた。

「それは俺には答えられない。俺はこの手で彼女を殺してしまったんだから」

「それは、あゆみさんが望んだことでした。それも私の為に望んだこと。私には、良介さんもあゆみさんも攻めることはできません。でも知りたいのです。彼女が最後、恐怖を覚えながら逝ってしまったのかを」

 良介は頷き、そして答える。

「最後、、彼女はとても満足そうに笑っていたよ」

「そう、ですか」

 マリアは右手で目を擦った。そして小さく笑みを作る。

「なら私ももう泣きません。きっとあゆみさんも、お父さんもそれは望んでいないでしょうから。これからは一人になってしまうけれど、それでも私はしっかりと生きていきます。ロボットとして、そして人間として」

「それが良い。君の死を望んでいるものは、きっと誰もいないからね」

 マリアは力強く頷いた。良介はそれに安堵し、そして彼女に別れの挨拶を告げる。

「なら俺はもう行こう。もし、何かあれば……」

「はい、私の方から連絡します。良介さんは、私にとって大事な人ですから」

 マリアはそう言って、今度は無邪気な笑顔を見せた。良介は一度頭を掻いた後、ただ一度頷いた。




 洋館を出ると、出口の近くで美琴が待っていた。良介の姿を確認すると、彼女は真新しい雪の上を歩き始めた。良介もその歩調に合わせ、歩き出す。

「美琴様、一つ聞いてよいでしょうか」

 彼女と並んで歩きながら、良介は美琴にそう呟いた。

「なに?」

「あの橘あゆみは、マリアと同じように生きていたのでしょうか。ただの機械ではなく、一つの生命として」

 良介の問いに、美琴はひとつ白い息を吐き出しながら答える。

「そうね。彼女は生きていたわ。だって、私の目はただの機械の穢れを映したりはしないもの。彼女は自分の望むように生き、そして夢の為に死んだのよ」

「そうですか。それを聞いて、救われたような気がします」

 良介は両手をコートのポケットに突っ込んだ。橘あゆみは、機械とプログラムによって構成された自身の限界を超え、ただ一つの命を全うしたのだろう。その証拠が彼女が最後に見せたあの表情だったのだと、良介は思う。

 そんなことを考えていると、美琴が不意に声を発した。

「でも、彼女は最後まで機械の体に囚われていたのかもしれないわ」

「機械の体、ですか」

「ええ。彼女は自身の死を望みながら、あなたに自分を殺させるしかなかった。自分自身を殺すことができなかったのよ」

 美琴は白い息を吐く。

「ロボット工学三原則のうち、彼女は第一条、第二条に縛られることはなかった。それに無関係に造られた人工知能だった故、人を平気で殺すことができたし、人の命令にも従わない。だけど、第三条、ロボットは自己を守らねばならないという原則にだけは彼女は逆らえなかった。恐らく、第一条と第二条が彼女が他者に与えられ、また与える行動に対し、第三条は自身の体に関するものだったからね。ロッサム博士に造られた体だけは傷付けることができなかったのでしょう。それでも彼女は諦めなかったのよね。自分自身の手からマリアさんを守るために」

「ただ、遠くへ去るだけでは駄目なのかと思うこともあります」

 良介は言った。無論あゆみのやったことは許されることではない。だが彼女ら二人が二度と会うことがなければ、きっとあゆみはマリアを殺すこともできなかっただろう。そうして二人が別々に生きていれば、と思ってしまうこともある。

「それではいつか出会ってしまう可能性もあるでしょう。自分自身の手でマリアさんを殺してしまう可能性を零にしたのよ。一か零かのシンプルな答え。それが彼女には必要だった。それにあのような穢れを纏っていたら、いつか私でなくとも私のような存在に狙われることになるのは知っていたのでしょうから」

 美琴はそれ以上何も言わず、ただ雪道を歩き続けた。良介もその横に並んで歩きながら、ぽつりと口にした。

「橘あゆみはにとっては、これが幸せだったのでしょうか」

「ええ、そう思うしかないわ。これが彼女の出した答えだったのだから」

 美琴はそう、あまり感情を見せない声で答えた。良介は黙したまま頷く。

 そう、これはもう答えの出ぬことなのだ。ただ橘あゆみが残した言葉を信じるしかない。

「それよりも今は、マリアさんのこれからを願いましょう。それが殺人以外に橘あゆみという一つの命が自分で見つけた、最後の夢だったのでしょうから」

 美琴は良介の方を見ずにそう言った。良介は洋館を振り返る。

 あそこには橘あゆみが命を賭けて守りたかった、そしてこれからマリアが紡いで行く多くの夢が眠っている。良介はしばらくそれを見つめた後、また雪の上を歩き始めた。


 

異形紹介


・人造人間

 文字通り人に造られた人間を模した機械や人工生命体の総称。また古い神話において神々が人を模して造り出した生命体を人造人間と呼ぶこともある。その用例は多岐に渡り、ユダヤの伝説にある自立して動く泥人形ゴーレムやギルガメッシュ叙事詩に登場する泥から生まれたエンキドゥ、また小説『フランケンシュタイン』に登場する死体をつなぎ合わせた怪物や、戯曲『R.U.R』に登場する人間そっくりのロボットまで様々な人為的に造られた人型の人ならざる存在を指して使われる。またロボット小説の巨匠アイザック・アシモフは人型を含めロボットを制御する原則として、

第一条

ロボットは人間に危害を加えてはならない。また、その危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない。

第二条

ロボットは人間にあたえられた命令に服従しなければならない。ただし、あたえられた命令が、第一条に反する場合は、この限りでない。

第三条

ロボットは、前掲第一条および第二条に反するおそれのないかぎり、自己をまもらなければならない。

というロボット工学三原則を提唱し、後世の作品に多大な影響を与えた。


 人造人間という言葉が初めて使用されたのはチェコの戯曲『R.U.R』(1920年)が宇賀伊津緒氏によって訳された1923年のことで、ここでは「Robot」の訳語として使われた。ちなみに現在では一般的に使われているロボットという言葉が初めて登場したのもこの『R.U.R』という作品である。また人型のロボットを指す際に良く使われる「アンドロイド」という語の使用例は更に古く、1886年の『未来のイヴ』という小説に使われている他、1700年代には既に百科事典に「ANDROIDES」という語が載せられていたりもする。また女性型のアンドロイドを区別して「ガイノイド」と呼ぶこともある。

 人造人間が初めて映像として現れたのは1927年公開の映画『メトロポリス』とされ、ここでは人間そっくりに造られた「マリア」という女性型人造人間が登場し、物語の最終局面にて火炙りにされて金属の体を剥き出しにする。この映画は後世の多くのSF作品に影響を与え、「SF映画の原点にして頂点」と称されている。また1982年公開のSF映画『ブレードランナー』においては「アンドロイド」が機械を連想させるという理由から、作中の人造人間たちには「レプリカント」という名前が与えられた。これはクローン技術において使われる「細胞複製レプリケーション」という言葉から造語されたとされている。ちなみに「サイボーグ」は人為的な技術で生物の身体機能を補ったり強化したりした存在であるため、一から人為的に造られた人造人間とは意味合いが異なる。

 人造人間と深い関わりのあるものに人工知能があり、人工知能は自我を持つか、夢を見るか、人間と人工知能の間に愛は芽生えるか、と言ったテーマは人造人間を通して語られることも多い。

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