三 私は、ロボット
深い冬の森の中、月夜を背にして死神は女と対峙していた。その紫の瞳は大きな穢れを纏った白衣の女を捉え、離すことはない。
女は死神の異形の姿を見ても動じることなく、ただあまり興味もなさそうに妖の少女を見返している。
「あなたが今回の殺人事件の犯人、かしら」
美琴は落ち着いた声でそう問うた。女もまた、一切取り乱すこともなく死神に問い返す。
「私のことを知ってるの?」
「橘あゆみ、いえ、PAmw-B38、と言った方が正確かしらね」
橘あゆみの顔色は変わらない。ただ、その瞼だけが微かに動き、目の前に立つ死神の姿を睨む。
「どうしてその名を? 死神さん」
あゆみは唇だけを動かしてそう問うた。この女もまた自分の情報を把握している。どこまで知られているのかは分からないが、この女が必要だと思った知識は全てその頭脳に記録されているのだろう。
何故なら彼女は元来電子の世界に生まれた異形のもの。その上美琴の推理が正しければ、彼女が作られた目的は情報の収集だった。故に彼女にとってはこちらの素性を探るなど容易い作業なのだろう。
美琴は左手で刀の存在を確かめるように鞘を撫で、答える。
「私は恐らく過去のあなたと、あなたの創造者を知っている。昔懐かしいチェーンメールが再び流行り始めたと同時期に再び連続殺人が発生したときにはもしやと思ったけれど、マリアという娘の存在と、それに関連して現れた橘あゆみという名前がある一つの仮説を導かせてくれた」
「是非ともその仮説とやらをお聞かせ願いたいわね」
橘あゆみは小馬鹿にしたような視線を美琴に向け、そう言った。美琴はそれを意に介すことなく説明を始める。
「そうね、単純な推理なのだけれど、まずは昔話から始めようかしら。かつて自らの婚約者を誘拐され、そして彼女を殺されたある男がいたわね。その男は友人も警察も介入させず、ただ自分の力で婚約者を殺した犯人たちを見つけ、復讐するためにある人工知能を造り上げた。それがPAmw-B38」
それは十年近く前の話。男は殺された女を誰よりも愛していた。そしてその想いはやがて一人の人間が抱えるには巨大過ぎる執念と化し、そして真夜中の海のように深く暗い怨念を生んだ。その末に生まれたのが、死神の目前に立つ異形のもの。
「それは携帯電話やパソコンと言った電子機器を媒介として感染し、人々を監視してその情報を収集する恐るべき存在だった。全く、どうしてそんなものを作成することができたのやら」
「彼は天才だったのよ。あなたなど思いも及ばないほどのね」
あゆみのその声には、少しだけ感情が籠っているようにも感じられた。自身の正体を隠すつもりもなさそうだった。美琴はその天才が造り上げた人工知能を前に、言葉を続ける。
「あなたの創造主はあなたを利用し、疑わしいと思われる人間を片端から殺して行った。自分の婚約者を殺した犯人かどうかなど関係なくね。そんな行動を起こして、私の目に留まらぬ訳がない。私は彼を探していたわ。もっとも、私がこの刀を使う前に、彼はもう死んでしまっていたけれど」
ほぼ無差別と言って良い具合に人を殺し続けた男。だがただの人間にはそれにも限界があったのだろう。美琴が彼を見つける前に、彼はあっけなく死んでしまった。物もまともに食わず、夜もまともに眠らず、ただ復讐のためにその身を衰弱させてこの世を去った。ただひとつ殺人を目的として生み出した人工知能だけを残して。
「一つ間違い。彼は犯人かどうか関係なく殺して行ったのではない。彼が殺した人間の中に犯人がいることを願って殺して行った。父はそれさえ達成できればそれでよかった。そして私は、父のその願いを叶えたかっただけ。私はその為に造られたのだから。それにしても、なぜ私が彼に造られた人工知能だと分かったの?」
過去を懐かしむように橘あゆみは目を細め、問いかける。雪の薄絹の向こうで死神は夜に答えを響かせる。
「橘あゆみという女の存在と、ロッサム博士というロボット工学者の存在があなたの存在を感付かせてくれたのよ。あの男が死んだとき、もう活用する人間がいなくなった人工知能はもうその機能を果たさなくなるはずだったわね。だけどあなたは現にここに立っている。しかも物理的な体を持って」
橘あゆみは黙したまま美琴を見つめている。
「私が疑問だったのは、本来ならば死んでいなければならぬ筈の橘あゆみという人物が何故自身が殺された物語から始まる都市伝説の中に現れたのかということだったわ。殺された橘あゆみがその怨みから異形と化して現れたのかとも考えられたわ。だけれど、それは見当外れだったことを今やっと確認できた。科学の力で生まれたあなたは、同じように科学の力を使って死んだ父の遺志を継ぎ、そして彼の愛した女の肉体を手に入れた、形ある橘あゆみの亡霊としてこの世に現れたのね。彼らの復讐の為に」
美琴のその言葉に橘あゆみは微かに笑う。そして、その見た目では人と変わらぬ口を開いた。
「随分詩的な表現を使うのね。嫌いではないけど。そう、父は愛する人間の仇を取る前に死んでしまった。だから私が後を継ぐしかなかった。それを全うしなければならなかった。それが私の生まれた意味だから。そのためには、体が必要だった。自由に動き、人を物理的に人を殺すことができる体が……頭だけでは思考することはできても、行動することもできないからね」
橘あゆみは両腕を持ち上げ、その両手の指を曲げて、再び伸ばした。これがその手に入れた体だと見せつけるように。美琴は首を微かに傾げ、人造人間を睨む。
「その為にあなたは、ロッサム博士に自分の体を造らせた、そういうことなのでしょう? ロッサム博士は、あなたが人間の中に紛れて自由に動くことができる機械の体を造ることができることをあなたは知っていた」
「コンピューターでもない癖に、詮索好きねあなた」
あゆみは腕を下ろし、美琴を見る。その眼は探るように死神を見つめている。
「そう、この体はロッサム博士に造ってもらったもの。当時でも今でも、彼以上に人間に近い体を造ることができるものはいないかもしれない。そして出来上がった体に、人工知能であるPAmw-B38が頭脳として備わった。それがこの私、橘あゆみという人造人間」
美琴は考える。父親が死んだ時、あるいはそれ以前にこの人工知能は自我を持ったのだろう。そして人を殺す為に造られた彼女に残っていたのは、父親の願いを継ぎ、自身もまた人を殺し続けることだったのかもしれない。彼女自身が言うように、それがPAmw-B38という人工知能の存在する意義なのだから。
「父の遺志と共に、業を継いだのね」
「業? それは人間やあなたたち妖怪の世界における罪の話でしょう? 生命ですらない私には、そんなものは関係ない。私の根源は、父によって与えられ、教えられたこと。あなたたちと同じ倫理感を私が持っていると期待しているなら、滑稽」
あゆみは馬鹿にするように鼻を鳴らした。その姿はまるで人間の女と変わりない。
「私には私の倫理観がある。目的もある。それを所詮人に造られたものだと馬鹿にするのならばすれば良い。私は私の為に動く」
橘あゆみは口元を歪ませた。
「人を殺すことが私の存在する意義なのだから」
「馬鹿になどする気はないわ。ただあなたがこの人間の世界に存在する以上、私もまたその節理に従いあなたを殺さねばならないというだけ」
その言葉にあゆみは小さく笑みを浮かべた。
「そう。一か零のシンプルな答えは好き。でも、私を壊す役割は、あなたでは務まらない」
あゆみがそう告げ、指を鳴らした。直後森の影から二人の男が飛び出し、美琴は咄嗟に刀を抜く。
妖気は感じない。だが、人間の気配も纏ってはいない。見た目は人間だが、これは明らかに異質な存在。言うならば……。
「複製人間。良くできているでしょ? これも、ロッサム博士の遺産よ。あなたには、この子たちの相手をしてもらう」
あゆみにレプリカントと呼ばれた男たちは、全く同じ動きで拳銃を取り出し、その銃口を美琴に向けた。その動作には一切の無駄も遊びも見受けられない。正に銃を標的に向かって撃つことだけを目的としている機械の動き。
「どうも彼らにはロボット工学三原則は適用されないみたいね」
第一条、ロボットは人間に危害を加えてはならない。また、その危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない。
第二条、ロボットは人間にあたえられた命令に服従しなければならない。ただし、あたえられた命令が、第一条に反する場合は、この限りでない。
第三条、ロボットは、前掲第一条および第二条に反するおそれのないかぎり、自己をまもらなければならない。
この三原則は、かつて小説の中で示されたものだったが、現代においても軍事を目的としたもの等特殊なものを覗けば、ロボットを製造する際にはこの制限が義務付けられている。ロッサム博士もこの三原則に従っていた。だが橘あゆみは平気で人を殺すし、このロボットたちもそうだ。元々橘あゆみの頭脳は殺人のために造られたもの。このような原則は最初から組み込まれていないのだろう。
もっとも、自分は人間ではないから、三原則が発動したところでロボットの守護の対象となるのかは不明ではあるのだが。美琴はそんなことを思考しながらロボットの動きに合わせて刀を持ち上げた。
二人のレプリカントの握る二つの引金は同時引かれ、一瞬の閃光と共に弾丸が発射される。美琴は刀を構え、己に迫る鉛玉を弾いた。
刀を下げた時、既にあゆみの姿は消えていた。この人造人間たちを囮として逃げたのだろう。だが穢れの気配を辿れば、また追える。美琴は次々と発射される弾丸を跳んで避けた。
二つの銃口は、正確に美琴の動きを追って来る。その動きは正しく機械的だ。美琴は放たれた銃弾を体を捻りながら空中で刀を振って切り落とすと、返す刀で二人のレプリカントに向かって妖力の斬撃を放った。
真っ二つに切り裂かれたレプリカントたちの体が雪原に落ちる。火花を散らしながらその残骸は爆発を起こし、ばらばらの破片と化した。
美琴はまだ辺りにレプリカントたちの気配はないか注意を配る。妖気も霊気も感じられない相手だ。どこに隠れているのか察知しにくい。
だがいくら待っても美琴に襲い掛かって来る存在はなかった。あの機械の人間たちはただ橘あゆみを逃がすために使い捨てられたのだろう。美琴は白い息を一つ吐き出し、太刀を鞘に納めた。
橘あゆみは復讐は未だに終わってはいないのだろうか。橘あゆみのチェーンメールが流行したのは十年近くも前のこと。その間ずっと彼女は復讐の相手を探し続けていたということか。
父と、彼が愛し殺された女の亡霊となって。
良介とマリアが洋館に足を踏み入れた時、部屋の明かりは一つも点いていなかった。薄い暗闇が洋館の内部を覆い、どこぞの映画ならばその辺の物陰から幽霊でも飛び出してきても違和感のない雰囲気だ。
良介が気配を探るが、人の気配はない。だが何が潜んでいてもおかしくはない雰囲気がそこにはあった。
「俺から離れるんじゃないぞ」
良介はマリアにそう告げ、一歩ずつ慎重に洋館の中を進んだ。物音は聞こえない。だが良介はやがてそこに何者かの気配があることを感じ始めていた。
やがてその気配は二階の部屋の奥、マリアによれば橘あゆみが使用している研究室の中から漂って来ることに気が付いた。良介はそっとその重い鉄製の扉を開ける。
しかし扉の奥が見えた瞬間、不意に良介の体に金属の管が巻き付き、彼を部屋の壁に磔にした。
油断していた訳ではない。だが音もなく天井から現れた金属の触手のような物体は、まるで意志があるかのように高速で動き回り、良介の体の自由を奪って行く。その上触手からは冷気が発せられているようで、良介の妖力の行使を阻害する。
そして研究室の扉の奥から現れたのは、齢三十に満たぬ程であろう若い女だった。薄茶色の瞳は良介に一切の興味を示さず、ただ驚いて腰を抜かしているマリアに注がれている。
「良くやったわ、M703-PW。そしてお帰りなさい、マリア」
「あゆみ、さん……」
あゆみと呼ばれた女は雛を見つめる母鳥のように優しく微笑んだ。だがその右手には、しっかりと拳銃が握られている。
「あゆみさん、どうして、良介さんを放してあげて」
「悪いけれど、それはできないの。少なくとも私とあなたの話が終わるまではね」
マリアは慎重に立ち上がり、橘あゆみを見つめた。あゆみは尚もにこやかな表情を顔に張り付けたまま、マリアに語り掛ける。
「マリア、あなたは本当に人間らしくなったわね。初めて会ったときとは大違い。だけど私には、それが耐えられない」
その声には親しみとともに、どこか怒りと寂しさが感じられた。マリアは困惑した顔であゆみを見る。
「何を言ってるの? あゆみさん」
「この話は、いつかしなければならないと思っていた。その切っ掛けは最後まで掴めなかったけれど、もう時間がない。最後にあなたは知っておかねばならないの」
あゆみは淡々と声を発する。マリアは、ただじっと彼女の言葉を待つ。
「あなたが、ロッサム博士に創造された人造人間であるという事実をね」
「私が、人造人間……?」
マリアはどう反応すれば良いのか分からないという様子だった。
「冗談はやめて、あゆみさん。私は今、そんな冗談を聞きたい気分じゃないの……」
「冗談だったならば幸せだったかしら? でもこれは真実よマリア・ロッサム。あなたの正体は、ロッサム博士が造り上げた心を持ったロボット。あなたがいつか気にしていた、彼が造り上げたただ一人の心を持った最高傑作。それがあなた。疑うのなら、彼が残した手記でも読んでみる?」
そう言って、あゆみはマリアの足元に古びた皮表紙の手帳を投げた。マリアは震える手でそれを拾い上げ、ページを開く。
そこには確かに、ロッサム博士が心を持った人造人間を造り上げる過程が記録されていた。いや、心だけではない。人間と同じように睡眠や食事をとり、成長、老化の現象を起こすロボットを造り出すまでの記述が詳細に記されている。そしてその人造人間の名前として、最後に「MARIA」という単語がロッサム博士のペンによって直接書き殴られている。
信じたくはなかった。だが、それは確かに記憶の中にある父の字と同じだった。
「私は、ロボット」
マリアの手から手記が落ちた。あゆみはその手記を拾い上げ、そっと机の上に置きながら言う。
「そう、あなたは妻を失い、たった一人となった彼が孤独に耐え切れずに造った存在だったのよ。自分の娘としてね。希代の天才だからこそできた所業ね。そして彼は、あなたを本当の人間の娘のように育てた。あなたが人造人間であることは教えずにね」
「どうして……」
マリアの目に涙が溢れた。そう、昔から涙は流せた。悲しい時に、嬉しい時に。でもこの涙も、父が作った偽物の涙なのだろうか。人の皮に覆われた、この機械の体の。
「彼は原形質を化学的な合成によって造り出す方法を考案した。それは構造は全く違うのに、まるで生物のように成長し、老化する物質だった。あなたの父はそれを今まで造っていた機械の体と組み合わせ、まるで人間と変わらぬ器官を持ったロボットを創造したわ。だけど現存する彼のロボットは二つしかない。あなたと、そしてこの私」
あゆみは自分の胸に掌を当てた。
「私もまたあなたと同じようにロッサム博士が作った人造人間の一人。ただ唯一違うのは、体を造ったのは彼でも、この心を造ったのは違う人間だったということ」
マリアは顔を上げ、あゆみを見た。彼女もまた自分と同じ人造人間。あゆみは確かにそう言った。次々と襲い来る真実の連鎖に、彼女の造られた頭は再び混乱を始める。
「どういうことなの? あゆみさんまで、人造人間なの?」
「そうよ。ただ私の場合は、心から先に生まれた。私はかつて、ある連続殺人鬼によって生み出された人工知能だった」
あゆみの口から、彼女の過去が明かされて行く。彼女がかつて、婚約者を殺されたある男の復讐のために造り上げられたPAmw-B38という名の人工知能であったこと。その男の死とともに、彼の遺志を継ぐように人工知能の自我が目覚めたこと。そしてその復讐を遂げるため、肉体を欲した彼女がロッサム博士に目を付け、自身が入る器を造らせたこと。
「それがこの私。橘あゆみ。容姿と名前は、父がかつて愛した婚約者のものをそのまま使わせてもらったわ。父と彼女の復讐を続けるためには、これ以上のものはないと思った。私は二人の怨嗟を引き継ぐ亡霊として、人を殺し続けた。あなたには、これも話したことがなかったわね」
あゆみはマリアの震える瞳を覗き込み、そして言う。
「あなたの知らない私は、殺人機よ。私はあのチェーンメールを回さなかった人間たちを私は無差別に殺し続けた。それが犯人かどうかなんて私にはすぐにわかったけれど、そんなことは関係なかった。私は人を殺す為に造られたのだから、そうすることが私にとっての正義なの。私を突き動かす根本原理なのよ。だからあなたの父親も、私がこの手で殺した。私がこの体を手に入れて初めて行った殺人だった」
「そんな、あゆみさんが、お父さんを……」
「そうよ。私が憎いでしょうね。あなたの父親は事故で死んだなんて嘘を吐いて、その犯人がずっと近くで、家族のような顔をして暮らしていたんだもの」
あゆみはその白い手でマリアの頬を撫でた。その指には確かに体温がある。だが殺人機の瞳は冷たくマリアを見つめている。マリアは口を結んだ。その微かに震える唇の上を、両の目から流れた涙が伝って行く。
「あなたは私と同じロボットだから、殺さなくても良かった。ただ一人一緒にいられる存在だった。なのにあなたは人に近付き過ぎてしまった。月日が経てば立つ程に、あなたは機械ではなくなってしまう。ならば、私はあなたとともにいられない」
あゆみはそっとマリアに銃口を向けた。だがその手は震えていた。
「あなたが人間だから、人間になってしまおうとしているから、人を殺す為に造られた機械である私はもう、あなたを殺す衝動が抑えきれないの」
その指が引金の上に乗せられる。マリアはただあゆみの姿を見つめていた。マリアは見た。橘あゆみの目が揺れているのを。
しかし結局、その引金が引かれることはなかった。沈黙は、部屋にやって来た侵入者によって破られた。
異形紹介
・橘あゆみ
チェーンメールの一種に記述される女性の名前で、メールの中では暴行され殺された被害者の名前として登場する。チェーンメール自体は橘あゆみの友人の立場から書かれた体を取っており、メールをある期限内に一定の人数以上に回すように書かれており、それによって得られる位置情報からメールを止めた人間の居場所を突き止め、怪しいと判断した場合には殺害するといった文言が記されることが多い。
この友人や恋人等の人間を殺される、誘拐されるなどしてその犯人を見つけるためにメールを拡散させる、といったパターンのチェーンメールは多いが、そのパターンの中でも橘あゆみの名前が書かれたものはかなり初期から存在しており、二〇〇一年頃には既に確認されている。また橘あゆみが殺された場所として具体的な地名や日付が表記されることもあるが、これは実在しない場所であったり日付と曜日が一致しなかったりといったことが多い。またメールの最後にメールを回さなかったために実際に殺された人間について記されていることもある。ちなみに「橘あゆみ」という名前は任天堂のディスクシステムADVゲーム『ファミコン探偵倶楽部』を初めとする一連のシリーズに登場するヒロインの名前と同じだが、関連性は現在不明である。
・PAmw-B38
チェーンメールの一種に登場する機械の名前。メールの内容としては自分の恋人が誘拐、拷問を受けていることを知った男(メールの作成者)が犯人を特定するためにこのメールを1週間以内に二〇人に回してほしいと依頼するもので、その期限を過ぎてもメールを転送しない場合は男が友人とともに開発したPAmw-B38という機械でメールを転送しない人物の居場所等をメール受信から八日目に特定し、一〇日目に殺しに行くというもの。メールの最後には他のチェーンメールにも見られるように実際にこのメールのために犠牲になったとされる人間の情報が書き込まれている。
二〇〇五年一一月以降に流布されたと思われるチェーンメール。「M703-PW」や「VVWXX102」といった亜種も存在するが、元々ら橘あゆみのチェーンメールから派生して出現したと考えられている。メール上ではPAmw-B38自体はただ人間を特定するマシンで実際に殺人を行うのは彼女を誘拐された男とされるが、このチェーンメールを紹介する場合はPAmw-B38の名前が使わえることが多い。機械の性能としては「送信された電波から逆算 して、このメールが今どこにあるか 誰がもっているかわかるようになっています」とあり、また「11/11(金)のニュースでやっていたように、残念ながら犯人では無 かったのですがこのメールを止めた東京都町田市の女子高生の古山さん(15)が犠牲になりました。母親と2人で暮らしている家で密室にして顔や体を50ヵ所刺して殺しました」という文言もあるが、そのような機械が使われた猟奇殺人事件の記録はない。ただしこれの元になったと思われる事件は実際に発生しており、ただし町田女子高生殺人事件と呼ばれるこの事件の犯人は既に逮捕されている。日付や被害者の名前、また被害者の居住地等が一致しているためこのチェーンメールの作者はこの事件をそのまま利用したと考えられ、かなり悪質である。ちなみにこのチェーンメールは二〇一〇年代に入っても細々と生き残っているようで、その上メールだけでなくソーシャル・ネットワーキング・サービスであるLINEにまで形を変えて出現した例もあるなど、案外息の長い都市伝説となっている。




