四 硝子のオルゴール
「あら、うろたえましたね」
美琴は口元を歪ませて青山を見る。
「美香子が純一郎を殺す動機など無いだろう!」
「元々殺す気など無かったのかも知れません。でも、突発的な犯行というものはあるでしょう?」
もちろん証拠も無くそんなことを言っている分けではなかった。美琴が正子の記憶の断片の中に見たものの中に、包丁を持った五十代ほどの女性と、床に倒れている若い男の姿があったのだ。それが美琴の推理を裏付けしてくれた。霊能力と呼ばれるものにはこういう使い方もある。
それに正子が純一郎を殺したと考えるよりも、美香子が殺したと考えた方が理に叶ってもいる。正子にとって純一郎は希望の象徴のような存在。しかし美香子は、正子によって自分の息子が掠め取られたように感じたのだろう。
女中たちの話によれば、美香子は異常なほど純一郎を溺愛していたらしい。だからこそ正子を憎んだのだ。だが純一郎も正子を愛していた。つまり純一郎は美香子より正子を選んだ。それが美香子の怒りを爆発させたのだと美琴は考えていた。
「証拠もなく決めつけられてたまるか!」
茹で蛸のように顔を真っ赤にして、青山が怒声を上げる。だが美琴は冷酷なまでに冷静さを失わない。
「目に見えぬ証拠なら、ありますわ。私は正子さんの記憶の一片を見た。その中に、奥方が御子息を殺す場面があった。それでは不満ですか?」
「当たり前だ!そんな絵物語のようなことが信じられるか!」
「自分の眼で幽霊は見ても、霊能力は信じない。私には良く分かりませんね。しかも自分で霊能力者を呼んでおいて」
部屋の者は静まり返って、青山と美琴の問答を聞いていた。青山は助けを求めるように周りを見回したが、口を挟む者は誰もいない。
美琴が溜息とともに、言葉を吐き出す。
「どうせ丑三つになれば分かることなのです。その現場にいた本人がそこの井戸には眠っているのですから」
美琴は視線を庭の向こう、濃さを増す夜気に隠れようとする井戸に向けた。興奮していた青山も急に熱が冷めたように恐る恐るといった調子でそちらを見る。正子の霊はまだ現れてはいない。
「なぜあなたはそうまでお正ちゃんの無実を証明しようとするのです?」
女中の長、三河が尋ねる。
「それは私が霊能者であるからです。死んで行ったものの無念を晴らせるのは、私たちのようなものしかいない」
美琴は青山の方に鋭い視線を向けた。青山はおずおずと美琴を見返す。
「怨みを買えば、罪となって自分に返る。それは呪いと同じ。それにあなたは正子さんだけに注意が向いているようですけど、この家で死んだのは彼女だけではない。美香子さんも純一郎さんも、家に憑いていますよ」
青山が絶望的な表情で美琴を見た。妻と息子の名を聞いてついに観念したのか、それとも恐ろしくなったのか、青山は膝を握ってうなだれた。しばらくの間、誰も声を出さなかった。
庭の方で獅子落としがからんと鳴った。
「そうだ……、純一郎を殺したのは、美香子だ。もう私も疲れた」
絞り出すような声で青山が言った。女中たちがざわめく。青山は畳に視線を下ろしたまま、溜息をつく。
「どういうことですか?宗太郎様」
三河が尋ねる。青山は俯いたまま動かない。
「言ってしまいなさい。そうしないと三人とも報われないまま。そのうちの二人はあなたの家族でしょう」
青山は美琴を見上げた。その目は虚ろで生気がない。ただ口だけを小さく動かし、ぽつりぽつりと語り始めた。
「美香子はあんたの言う通り、正を陥れたんだ。私らには子供が中々できなくてな、純一郎はやっとできた、ただ一人の息子だった」
しみじみと青山は語る。その目はもう美琴ではなく どこか遠くを見つめている。
「だから、美香子は純一郎のことを溺愛しておった。目に余るほどだったが、それでも幸せだった。純一郎も、懐いていたしな」
「なら、どうして……?」
恒が呟く声が聞こえた。
「深い愛情は、時には同じくらい深い怨恨にも変わる。そうですね?」
美琴が青山に向かって呟く。この家族の唯一人生き残ってしまった男は、ゆっくりと頷いた。
「美香子は、純一郎に異性を近付けようとはしなかった。今思えば、異常だ。私が仕事にかまけて、ほとんど家庭を顧みなかったせいもあるだろう。とにかく、美香子は純一郎を独占しようとしていた。だが純一郎が一八になったころ、正が現れた」
「それがこの事件の発端、ですね」
美琴が言葉を引き継ぐ。青山は頷く。
「美香子は当初から正を引き取ることに反対していた。だが正には身よりが居なかったし、私の友人の娘だ。放って置くわけにはいかなかった。だから、住み込みの女中として雇ったのだ」
開け放たれたままの障子から夜の風が舞い込んで来る。それはまるで闇をも共に連れてくるようだった。
その冷たい夜気の中、青山の独白は続く。
「正は美しい娘だった。女を知らぬ純一郎が惚れたのも仕方あるまい。だがそれは、美香子にとっては許し難いことだった。表面上は仲良くしていても、心の底では正を憎んでいた。何度も正を追い出すように相談を受けた。私は自分の名声が傷付くのが嫌で、何とか収めていたがね。だがあの夜美香子は正を呼び出し、理不尽に責め立てたようだ。正は何のことだか分からず、純一郎のもとに相談に行った。それがさらに美香子の神経を逆撫でしたのだろう。美香子は後先も考えず、包丁を持って純一郎の部屋へ向かった」
きっとその夜、純一郎は正子にあの冬のオルゴールを贈ろうとしたのだろう。美琴は彼らの最後の夜を思う。それは人間の愛憎のなかに挟まれ、永遠に渡されることのない贈り物となってしまった。
「それからは、あんたの予想通りだ。正を庇った純一郎に美香子が逆上。刺殺した。三河が見たのはそのあと純一郎から包丁を抜いた正だったんだよ」
三河が「そんな……」と小さく声を上げた。彼女の目撃証言が、正子犯人説の証拠にもなっていたのだ。その衝撃は大きいだろう。一緒に座った女中が三河の背をさすって慰めている。
青山は話を続ける。
「正は美香子から逃げ出した。美香子はそれを追って、庭のあの井戸まで追い詰めた。誰も見ているものはいなかったそうだ。それで妻は正を、井戸に向かって押した」
女中の一人が泣き出したようだった。次々と葬り去られた真実が暴かれて行く。
美琴は青山を見る。この屋敷の主は生気の抜けた顔で畳の目を見つめている。その哀れな男を見つめながら、美琴は口を開く。
「まだ、話は終わっていません。何故、あなたは事件のことを黙っていたんです?」
「それは……、美香子が私の妻だったからだ。家族は、大切だろう?」
消え入るような声で青山が言う。
「本当にそんな理由ですか?」
美琴が問う。青山は顔も上げず、答えることもしない。
美琴はため息をつく。すると彼女の後ろから声が発せられた。
「まだ、何か隠すことがあるんですか?青山さん」
冷たい怒気を孕んだ、恒の声。その濃い焦げ茶の瞳は真っ直ぐに青山を睨んでいる。青山の態度に耐えられなくなったのだろう。普段は温厚な恒が怒っているのを見るのは初めてだ。美琴は冷静にそんなことを考えた。
「言い訳は聞き飽きました。息子が殺されておいて、何が家族のためです。あなたには奥さんだけが家族だったんですか?そして家族でさえない正子さんには、罪をなすりつけてもいいと言うんですか?」
「恒君、もうええよ」
小町に言われ、恒は口をつぐんだ。
「でも、青山はんもそろそろええ加減にしてた方が良いどすよ」
今度は小町が青山を睨む。その色素の薄い灰色の瞳は人間のものではない。肉食獣の眼孔が青山を捉える。無言の怒りに、青山は縮み上がる。
「あんたらは、いったい……」
美琴が一歩、青山の方へ歩み寄った。青山は怯えた目で見つめる。
「観念なさい。あなた、さっきから自分は事件の部外者であるような話し方をしているけど、そんなに己の身が大事?」
「……、そうさ、私は自分の身が大事だったんだ。祖父が作り上げた会社に、傷が付くことが許せなかった。だから、私は美香子を庇ったんだ」
青山が、静かに語り始める。目は焦点を失い、ほとんど正気を失っている様子だった。
「美香子は自分の罪を、何度も告白しようとした。だが、私はそれを許さなかった。終いにはほとんど軟禁状態だった。美香子が誰かに真実を話さないように、あいつを部屋に閉じ込めたんだ。そのうちに、美香子は正の霊が現れると言い始めるようになった。私は信用などしていなかった。だが、美香子は日に日に衰弱して行った。そして自分の部屋で首を吊った。それから、正の霊は庭の井戸に現れるようになった。美香子の言っていたことは、本当だったんだな」
はは、と青山は乾いた笑い声を上げる。
「私は自分の保身のために、何でもやった。警察にも金を渡したよ。美香子が正を憎んでいるのにも、美香子が狂っていくのにも、見て見ぬ振りをした。ああ、私には会社が大事だったんだ。家のことなど見たくはなかったんだよ。蔑みたいならするがいい」
青山はそう言って、大声で笑った。天井を仰ぐようにしてひとしきり笑った後、泣きながら崩れ落ちた。
部屋に虚ろな空気が満ちていく。青山の泣き声以外音は無い。
「すまなかった、美香子、純一郎、正……」
罪の意識に押し潰されて、子供のように嗚咽を上げながら、青山はかろうじてそう呟いた。それを聞いて美琴は音も無く立ち上がる。
彼は充分に制裁を受けただろう。これから青山はずっと彼らの死の影を背負って生きていくのだ。それは罪であり、呪いでもある。その穢れは生きている間、彼から離れることはない。
小町と恒が立ち上がる。美琴はそれを一瞥して部屋を出た。後ろから二人が付いてくる気配がある。
美琴は空を見上げる。三日月の浮かぶ空は濃い黒に染まっている。あとは、この月の下、最後の仕事が待っている。
晩春の宵の風を浴びながら、小町は縁側に腰かけていた。井戸がある庭とは反対側の、大きな池のある庭園が見渡せる縁側だった。隣には恒が座っている。それ以外に周りに人影はない。
青山は打ちのめされたように、自室で静かにしている。女中たちは先程の客間に残ったまま、話しこんでいるようだった。美琴は先程まで一緒だったが、二人を残してどこかへ行ってしまった。
三日月が池の水面に浮かんでいた。それを眺めながら、小町が恒に話しかける。
「酷い事件やったなぁ」
「うん、誰も救われない事件だったね……」
そう落ち込む恒に、小町は笑い掛ける。
「いや、これから正子はんの魂は救われるんよ?美琴様を信じてないん?」
「そういうわけじゃないけど」
先程の騒乱が嘘だったように夜は静まり返っている。そんな中、二人の声は良く響いた。
「なら、どうしたん?」
「小町さん、ずっと前、良く遊んだ美樹っていう女の子、覚えてる?」
「ああ、覚えとるよ。あの交通事故で亡くなった子でしょう?」
「うん。あの人が僕が初めて会った幽霊だったんだ。話したことあったよね」
その話は確かに聞いていた。恒がまだ小さかった頃、彼の方から話して来て、霊感というものについて話すべきなのか迷ったのを覚えている。
「ええ、話してくれたよ。確か恒ちゃんがあの子の魂を救ったんよね」
恒は頷いた。
「その時、美樹さんが僕に、死んでしまった人を救えるのは、僕のような不思議な力を持っている人だけだって言われたのが、忘れられないんだ。でも僕は、今までそんなことはできなかった。今回や前回の事件を見てたら、なんだかそれが虚しくなってきて」
前回の事件とは、花子のことだろう。美琴も救えず、二十年以上の間この世をさ迷っていた哀れな霊。そんな霊を知ってしまったからこそ、今回の事件は恒には辛いのだ。
「優しいなぁ、恒ちゃんは」
そう言って、小町は恒の頭に手を当て、ゆっくりと撫でた。こんなことをするのは随分と久しぶりだが、恒は抵抗しなかった。
「そんなこと恒ちゃんが今考えなくてもええんや。魂を救うなんて、一人で簡単にできるものじゃない。美琴様たちを見て、ゆっくり覚えていけばええんよ」
そっと、恒の頭から手を下ろす。恒は空を見上げて「そうだね」と呟いた。
「でも、人前では『恒ちゃん』はやめてよ」
「ええやない二人きりのときぐらい。それに恒ちゃんも、二人きりのときは昔みたいに小町お姉ちゃんって呼んでもええよ」
「やだよ」
恥ずかしそうに恒は小町から顔を背ける。その様子がかわいらしく、小町は自然に微笑んでしまう。
恒がちゃん付けで呼ばれるのを嫌がるようになったのはいつからだろう。反抗期というやつだろうか。でも、恒がいくら大きくなろうとも、小町の中では恒はずっと小さな頃のままだった。気は弱いが誰よりも優しい。そんな少年だ。しかし、やはり恒も成長しているのだ。
廊下の向こうに、美琴の姿が見えた。どうやら、時間のようだ。小町はゆったりと立ち上がる。
「さあ、行こか」
「はい」
恒も立ち上がって歩き出す。目指すのは、裏の井戸。正子の霊が現れる時間がやってきたのだ。
三人が古井戸のある庭に辿り着いた時、まだ正子の霊は現れていはいなかった。縁側の上から眺める井戸は、ますますその不気味さを際立たせているように見える。
美琴らが縁側に立ち、庭に出ようとした瞬間、家が揺れた。地面は揺れていないため、地震ではないことが分かる。
「家鳴りね……。来るわ」
家鳴り、ポルターガイストとも呼ばれるこの現象は、幽霊の現れる前兆としてよく知られている。
古井戸の方に青い炎がぽつりと灯った。人魂だ。熱の無いこの炎は、陰火とも呼ばれる。続いて女のすすり泣くような声が夜を通り抜ける。
夜の闇にぼんやりと女の姿が浮かび上がり始めた。濡れた黒髪を肩に垂らし、粗末な着物を着た姿の若い女の霊は、酷く哀れな声音で「ひとつ、たりない……」 と呟いた。
この世に絶望し、それでもこの世への執着を捨てられなかった哀れな霊。その霊は、救いを求めてこの屋敷に現れる。それも今日で最後にしなければならない。
美琴は縁側を降りると、姿を変化させた。洋服は青紫の和装に変わり、瞳が黒から紫に染まる。正子の霊はそんな見慣れぬ闖入者を悲しみだけを込めたような虚ろな目で見返した。
美琴が正子の前で立ち止まる。恒と小町も遅れて美琴の側に立った。
美琴は霊を前に静かに口を開く。
「あなたの無実は証明された、それは知っているわよね」
菊子は、首を小さく縦に動かした。どうやら肯定の返事らしい。だが、その表情は悲しみのまま変らない。
「そして、あなたをこの現世に縛りつけているもう一つの要因は、これね」
美琴は着物の裾からあの冬のオルゴールを取り出した。その硝子のオルゴールを見た瞬間、正子の表情が初めて変わった。
最後の時、聞くことができなかった一つの曲。きっと彼女はこのオルゴールを返して貰いたくて、美香子の部屋に現れたのだろう。美香子は、純一郎の部屋からこれを持って行ってしまったから。だが彼女が死んでしまったあとこのオルゴールは忘れ去られた。
生きているものには何でもないものでも、この硝子のオルゴールは正子にとって自分と純一郎を繋ぐ最後の絆だった。誰かの思いを縛りつけるもの、それが未練だ。その未練は今夜消えるだろう。
「あなたにとっての最後の未練を、ここで溶かしましょう」
美琴はゆっくりと硝子の蓋を開ける。旋律が流れ出し、夜風に舞った。正子の霊はそっとそのメロディに耳を傾ける。その頬を水ではない涙が流れた。
正子の体は曲が進むにつれて次第に光の粒子となっていく。淡い星のようなその輝きの中、曲は終わりを告げる。正子は美琴たちの方にはっきりと分かるように微笑んだ。
「……ありがとう」
そう呟いた正子の魂は、光となり、ずっと、空へと昇り続けて行く。やがてそれは夜の向こうに飲み込まれて、消えた。それが終わりだった。
「正子さんは、救われたんですね」
恒が言った。
「救われた魂は、空へと昇る」
美琴は空を見上げて呟く。それは恒への答えであり、自分自身に対する答えだった。
美琴たちは夜明けを待たず青山の屋敷を出た。青山はとても話せる状態ではなかったので、女中の長である三河に、三人は最後の挨拶をした。
「お正ちゃんは、最後には喜んでいましたか?」
三河は別れ際にそんなことを聞いた。
「ええ、彼女は救われましたよ。間違い無く」
美琴はそう答え、屋敷を後にした。
「えらい一日やったわぁ」
まだ暗い道を歩きながら小町が言った。
「そうね、二人とも御苦労さま」
美琴もまた歩きながら言う。この時間では電車はない。そのため三人は歩く他に移動手段がなかった。
恒は眠そうに目をこすりながら、美琴に言った。
「ねぇ美琴様、空に昇って行った魂は、どこへ向かうのでしょう?」
美琴は後ろを歩く恒を振り返ってその問いに答える。
「そんなことは、私にも分からないわ」
「え」と、恒が意外そうな声を出した。
美琴は夜明け前の新鮮な空気を肺いっぱいに吸いこんでから、再び口を開く。
「地獄だの極楽だの天国だのと人は言うけど、私には死後の世界があるかどうかも分からない。私の仕事は、この現世の魂に関することだから知らなくてもいいの。どうせ、いつか本当に死んだ時には分かるのだしね」
「そうそう、恒君は生きとるんだから死んだ時のことまで心配せんでもええんよ」
小町が微笑して恒に語りかける。恒も「そうですね」と言って、その話しをやめた。そのとき、小町が何かに気がついて、声を出した。
「あら、日の出や」
彼女の言う通り、遠くに見える山の向こうから白い光が差し込んで来た。黒に塗りつぶされていた景色が次第に色を取り戻して行く。そんな情景の中で三人は立ち止まった。
夜から朝へ、一日が切り替わる。あっという間に世界は光に包まれた。鳥の鳴き声が朝の冷たい空気を裂いて行く。
「生きていれば、こうして新しい朝が来る。当たり前のことだけどね、とても大切なことなのよ」
朝日に目を細めながら美琴が言った。恒と小町も頷く。過去に残したものだけでなく、未来にも思いを馳せることができる。それが生きているということなのだろう。
「さあ、帰りましょうか」
美琴の言葉で三人はまた動き出す。
昇った太陽は今日という一日を照らし続けて行くだろう。三人はその白い光の中を、朝に向かって歩き始めた。
異形紹介
・幽霊
現在幽霊とされるものは、古くは菅原道真、平将門などに代表される怨霊、また江戸時代のお岩、お菊、お露などのように、怨みを残して死んでいった人の霊とされることがあるが、幽霊と妖怪が明確に分けられたのは柳田國男以降であり、近代になってからである。というより、江戸時代はそれらをすべて化け物として統一して扱っており、妖怪という言葉もほとんど使われていなかった。ただし、殺された人間が霊となって現れる怪談が江戸時代に多かったのも事実ではある。
幽霊が他と明確に分けられるようになったのは、近代において心霊科学などが起こり、曲りなりにも科学の後ろ盾を得たことが大きいと思われる。現代でも妖怪の存在が一笑に付されても幽霊の存在がそれなりに信じられているのは、これが大きいのかもしれない。
現在では浮遊霊であったり、地縛霊であったり、果てはネット上を移動するサイバーゴーストなど様々な幽霊が登場し、「リング」の貞子、「呪怨」の伽耶子のように幽霊たちがホラー映画のスターとして現れている。幽霊は現代に生き残る数少ない異形なのかもしれない。




