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黄泉夜譚 ヨモツヤタン  作者: 朝里 樹
第四十話 夜の果てへの疾走
162/206

四 夜の果てへの疾走 

「藤村さん、気を付けてください。恐らく僵尸はまだまだいるはずです」

 藤村の前を走る朱音が言った。

「はい。でも、俺なんかが付いて来て良かったのですか?」

 藤村は問う。確かにあの豊島がこの村で何をしたのか、そして真由美がどうなってしまったのか、それを知りたいという気持ちはあった。だが、こんな人外たちが跋扈する場所で自分等が足手まといにならないのか、その心配は拭いきれない。

「美琴様の言う通り、あの真由美さんという子を救うためには恐らくあなたが必要です。あなたに彼女を救いたいという強い意志があるのならば、私の側から離れないようにして下さい。きっと送り届けてみせます」

 前方の土が盛り上がり、女の僵尸が這い出して来た。朱音は髪を一つの束に縛っていた紐を解き、作り出した黒い鞭を前方に向かってしならせる。怪物の尾のようなそれを叩きつけられた僵尸は子供に蹴られた小石のように吹っ飛んだ。

「私もかつて、妹の亡骸を妖に利用されたことがあるんです」

 伸ばした髪を元の長さに戻しながら朱音はそう口を開く。藤村が彼女を見ると、寂しげな笑みを彼に向けていた。

「私も妹も、元々は人間だったんです。私はこの通り化け物となり、そして妹は死して尚人を殺めるための道具として使われていた。だからあなたの気持ちは分かります。そして私も、真由美さんを助けたい」

 村の終わり、白い洋館への道へ辿り着こうとした時、闇の中からにじみ出て来るようにして僵尸の数が増えた。朱音と藤村を追い詰めるように前後左右からじりじりと迫って来る。

 そのどれもに、この村で見た生前の面影があった。

「伝助と茂吉を撒いたからと言って無事に辿り着けると思ったかな?」

 闇の中から豊島の声が聞こえる。今すぐにでもその顔を殴りつけてやりたい衝動に駆られた。だが自分のそんな力はないことは分かっている。

 だから、今の自分にできることを。真由美のためにできることを。そのために自分はここに来た。

「そうは思っておりません。でも、私一対多数は得意ですよ」

 朱音が不敵な笑みを浮かべ、そして一気に髪を拡散させた。幾つもの髪の束が四方八方に伸び、僵尸たちに突き刺さる。

「この夜が終わるまでに、決着をつけて差し上げましょう」




 茂吉の鎌が美琴の頬を掠める。死神は首を捻ってその一撃を避け、同時に刀を構えて伝助の槍を防いだ。

「あなたたちもあんな男に使われるなんて、不本意でしょうね」

 十六夜いざよいの刀身が翻り、伝助の槍を弾き飛ばす。直後に自身に向かって振り下ろされた茂吉の腕を掴み、美琴はその体を片手で持ち上げて大地に叩きつけた。

 かつて数多の戦場(いくさば)を潜り抜けた猛者たち。その腕は確かなのだろう。だが今の彼らは所詮は生ける屍に過ぎぬ。戦場を駆けた記憶も経験も残ってはいない。

 ならば何を恐れる必要があろう。僵尸の怪力と肉体に残る記憶の残滓のみで、死神は殺せない。

 化け物である彼らが対峙する少女もまた、同じように化け物なのだ。

 武器を失った伝助が腰に差した刀を抜く。茂吉が両手を地に着いて起き上がる。美琴はその二人に向かって一気に間合いを詰めた。

 紫色の妖気を帯びた刀身が二度翻った。一度目は避けた茂吉だが、二度目の斬撃に右腕を刎ね飛ばされた。断面より黒く粘ついた血液が飛び散る。

 直後伝助の刀が美琴に迫った。美琴は逆手に握り直した刀でそれを防ぎ、直後伝助の体を渾身の力で蹴り飛ばすと、逆手のままに刀で茂吉の体を切り裂いた。

 下半身から離れた茂吉の上半身が大地に沈む。

 美琴は振り返らぬまま背後に迫った伝助の刀を自身の刀で防いだ。そして体を捻り、伝助の方を向くと同時に伝助の脇腹に回し蹴りを叩き込む。足の甲が伝助の固い体に減り込み、骨を砕く感触がした。痛みは感じないだろうが肉体の動きは一瞬鈍る。その隙に死神は一歩後ろに下がる。

 僵尸の怪力に対応するため腕と脚に妖力を通わせていたが、これも結構体力を消耗する。だがそれももうすぐ終わる。

 何度か刀同士がぶつかりあった。美琴は刀身に通わせた妖気を開放する。一気に速度を増して振るわれた刀は、伝助の体を脳天から一気に真っ二つに両断した。

 やがて静寂が辺りを支配する。美琴は刀に付着した黒い体液を妖力によって蒸発させ、そして白い洋館がある方角を見た。紫色の瞳は、道士が纏う穢れを見つめている。




 朱音は最後の僵尸に髪を巻きつかせ、そして大地に思い切り叩きつけた。鈍い音がして、僵尸が血を吐く。全身の筋肉と骨とが破壊された状態だ。もう動けはしまい。

 朱音は新たな敵の姿を探す。残る僵尸がいないのならば、相手はあの道士のみ。だが術によって姿を隠しているせいなのか、気配さえ感じられない。

九天応元雷声普化天尊きゅうてんおうげんらいせいふかてんそん

 またどこからか声が聞こえた。直後一瞬空が白い光いに覆われた。それを確認するまもなく、唐突に朱音の体を激痛と高熱が襲い、膝をつく。

「針にはやはり雷だね」

 その声を聞いて、朱音は相手が自分に雷を降らせたのだとやっと気が付いた。慌てて藤村を見るが、彼には雷は当たっていないようだ。ほっとする。

 彼にはあの子と会ってもらわねばならない。心を持ったまま僵尸とされ、十年もの間あの男に使われていた少女。だが心が残っているのなら、あの子だけでも救えるかもしれない。

 朱音は立ち上がる。藤村が走り抜ける道を作るのは、自分だ。

「あなたに、人の命を弄ぶ権利などありません」

「その通りよ」

 二度目の雷光は、死神の闇によって掻き消された。美琴は青い電流を迸らせた刀を地面に突き刺した。

「道士はあの洋館にいるわ。さあ行くわよ」

 あの二人の僵尸を斃したのだろう。駆け付けて来た美琴が言った。それを聞いた藤村が走り出すのが見えた。

 朱音もまた、美琴とともに走り出す。




 かつての少年は、夜の果てへ向かって疾走する。 

 自分は真由美の存在を確かめるためにこの村までやって来たのだ。真由美がまだこの現実に生きていることを知って、それで彼女を救えるかもしれないのならば、黙っているつもりなんて絶対になかった。

 彼女が自分の家族を殺したことは分かっていてる。しかしそれを責める気にはならない。彼女が置かれていた境遇は、自分も良く知っている。

 あの男の術によって心が壊れてしまった真由美も、娘を生き返らせようとした彼女の父親も、真由美に殺された村人たちだって、きっと誰も悪くない。全てを捨ててこの村を出た自分だって同罪だ。そんな自分が、また何かを掴めるのならば、この足が千切れたって走ってやる。

 冷たい夜気が肺に染み込み、藤村は咳を吐き出した。足と胸とに鈍痛が響いている。だがそれでも彼は走り続ける。

 このまま走り続ければ、何かを掴める筈なんだ。記憶も人も何もかもを失ったこの村で、ただ一人残った真由美を救う。この夜が終わるまでに、何もかもを取り戻す。

 藤村の視界にあの白い洋館が映る。あそこに、全ての原因がいる。




「朱音、私は真由美という子を助けに行くわ」

「了解しました。私は、あの道士ですね」

 美琴は無言で頷いた。向こうからあのチェーンソーの音が聞こえて来る。真由美が血に錆びた刃を構え、藤村を待っている。美琴は足に力を込める。もうあの子が誰も傷付けないように。

 美琴は地面を蹴って藤村の前に飛び出し、その両手に握った刀で真由美が藤村に向かって振り下ろしたチェーンソーの刃を止めた。回転する刃が刀を擦り、火花が闇夜に飛び散る。

 霊体はやはり不安定なままだ。恐らく今彼女を支配しているのは彼女本人とは別の人格。だが、本来の人格を呼び出せる人物がここにはいる。

「真由美!」

 美琴に追いついた藤村が叫んだ。真由美の瞳が藤村を捉える。その瞬間、彼女の霊体が別の人格に変わった。同時にその力も緩む。美琴は妖力を刀に込め、チェーンソーの刃をへし折った。

 ぐらつく真由美の胸に掌を当てる。そして、自身の霊力を彼女の霊体に対して注ぎ込む。

 真由美の霊体を元に戻すには、人格が戻った状態で分裂した霊体を一つに繋げる必要があった。霊力は想いの強さから生まれる力でもある。元の少女の人格のみが知る藤村の存在は、その人格を呼び起すとともにあの道士などの術など弾き返す程の強い想いが彼女の中に生じさせた。

 やはり藤村は彼女を救う鍵となった。美琴は真由美から手を離す。

 力が抜けたように真由美の体が地面に倒れようとする。走って来た藤村がそれを抱き止めた。彼は不安を湛えた顔でその顔を見る。

 真由美の目が開き、藤村を見て優しげに微笑んだ。その口から小さく声が漏れる。

「たかちゃん……」

 藤村は目に涙を溜めて彼女を抱きしめた。




「たかちゃん、なんで、ここに……?」

 喋り始めたばかりの子供のように拙い口調で真由美はそう言った。

「真由美に会いに来たんだよ。昔みたいにさ」

 藤村はやっとのことでそう言った。真由美は悲しそうな瞳で藤村を見つめている。

「駄目、ここにいたら私に殺されちゃう……。お父さんや、お母さんみたいに……。みんな私が殺しちゃったんだから……。たかちゃんのお父さんやお母さんだって……。」

 絞り出すように真由美は言った。彼女は、自分がやったことを覚えている。全てはあの道士のせいなのだと言っても、慰めになどならないだろう。あの男の言葉が正しいのなら、真由美は自身の心の奥に抑圧された想いを開放された結果、村人たちを殺したのだ。

 藤村は首を横に振った。それでも構いやしない。

「だからといって俺は真由美を嫌いにはならない」

 子供の頃に戻ったような感覚で藤村は言った。子供の頃、喧嘩して仲直りするときにはいつもこんなことを言っていたように思う。

 自分の方が年上だったから、折れるのはいつも自分の方だった。

 真由美は悲しそうに、だが懐かしそうに目を細める。心を取り戻した僵尸は、そっと藤村の腕から離れた。

「ありがとう……、でも駄目なの。私は、もうたかちゃんの側にはいられない」

 しばしの静寂があった。藤村が美琴の方を見ると、彼女は一歩足を踏み出し、二人に近付いた。

「やはり、あなたの体に触れた時に分かったけれど、あなたはあの男がいなくては、体を維持できないのね」

 美琴の声に真由美が頷いた。その意味を一瞬遅れて理解して、藤村は絶望的な思いで真由美を見る。

「あなたは心を持った不完全な僵尸。屍が動くという怪異において魂は不必要なものだから、僵尸という存在である以上は綻びが生じてしまう。それをどうにかなくすことが、あなたを使ったあの男の実験の目的のひとつだったのでしょうね」

 美琴は悔しそうに目を細めた。彼女にも、何もできないのか。

 過ぎ去った過去は変えられない。でも、途中で道路を変えられるように、これから行く先は変えられる。自分はそのためにこの村に来た。

 それなのに、自分はやはり何も変えられなかったのか。藤村は拳を握り、地面を叩く。

「うん、でも私はもうあの人に操られるのは嫌。皆、私の目の前で、泣きながら、怯えながら死んでいった。私は自分を止められなかった。だから……」

 真由美は決意の籠った目を藤村に見せた。

「もう私みたいな人がいなくなるように、村の人たちがもうあの人の言いなりにならなくていいように、私が止める。だからたかちゃん」

 真由美が藤村を見て、そして悲しげに微笑んだ。

「会いに来てくれて、私に自分で進む道を選ばせてくれて、ありがとう。ばいばい」

 真由美は藤村に背を向けた。そして、あの白い洋館に向かって走り出す。彼女の一度目の生の終わりと、二度目の生の始まりとなったあの場所へ。

 もう追い付くことなんてできやしない。だがそれが彼女の選んだ道ならば、最後まで見届ける。

 藤村は前を向く。そして、再び大地を蹴って疾走する。

 彼女の命の終わり、その夜の果てを見届けるために。


 朱音はあの道士の気配を探る。姿を隠した男の姿は見えない。だが、見えなければ戦えぬということはない。

「九天応元雷声普化天尊」 

 あの呪文が聞こえた。朱音は横に跳んで雷を避ける。天から降って来た霆は大地に当たって砕け散った。

 朱音は髪を全方向に向かって拡散させ、伸ばす。そのうちの何本かが伸びた先に僵尸たちが現れ、細い槍に体を串刺しにされる。道士を庇っているのか。しかしこれで相手の居場所は分かった。

「残念だったね。僕はまだまだ死なないよ。ただの人間と思わないでくれ」

「往生際が悪いのですね」

 朱音は男を睨み、そして髪に刺さった僵尸たちを振り落とした後、四つの槍の束に分けた。そのままそれを前に突き出そうとした時、大地を突き破って現れた何人もの僵尸たちが朱音に向かって飛び掛かって来た。まだこんなにも数が残っているとは。この村の人々はほとんど彼によって僵尸に変えられているのだろう。死肉に遮られ、豊島の姿は見えない。

 朱音は後ろに跳んで僵尸たちを避ける。そして空中から再び豊島を狙おうと髪の槍を作り出した時、再び姿を隠して逃げようとしていた豊島の目が不意に見開かれるのを見た。

「何だ……?」

 彼の胸に新たな傷が広がっていた。肉と血を飛び散らせ、錆ついたチェーンソーの刃が道士の胸を突き破って現れる。

 男の体が倒れた。その背後に、あの僵尸の少女が立っていた。彼女の右手には、折れたチェーンソーの刃が握られている。

 豊島の体から生気が急速に失われていくのが朱音にも分かった。肌は干からび、目は落ちくぼみ、やがて肉が腐り落ちて行く。それに呼応するように朱音の周りを囲んでいた僵尸たちが倒れて行く。いや、ただの死体に戻って行くのだろうか。

 人為的に作られた僵尸は、あの道士の力があったからこそこの世に立っていられたのかもしれぬ。

 夜が明け始めている。朱音が見ている目の前で、男の姿は朝日の中でやがてただの白骨となった。




 藤村があの白い館に辿り着いた時、空はもう明るくなり始めていた。

 真由美はその青空の下に立っていた。その足元には道士服と白骨が折りたたまれるように落ちている。

 真由美は、自分が選んだ道を走り抜けたのか。藤村は立ち止まった。

 空を見つめていた真由美は、静かに藤村に視線を向けた。

 あの日、病に倒れてから彼女がずっと憧れていた青い空の下。 二階の部屋から出られなくなった真由美が、窓越しに話した彼女の夢を思い出す。

 いつかまた外で遊びたいと。明るい空の下を走りたいと。真由美は最後にその夢を叶えた。

 俺は、それを見届けることができたのだろうか。藤村は渾身の力を振り絞って真由美に向かって笑い掛けた。

 真由美が藤村に笑い返す。その顔は次第に表情をなくし、そして、その姿がまるで幻だったように、彼女の体は大地に崩れた。

 全ては夢物語のように、皆消えてしまった。藤村は一度強く瞼を瞑り、そして彼女が見ていた青い空を見上げた。眩し過ぎる光は、彼の瞳の端に溜まった雫に当たって崩れて消える。




「あの男は、恐らく何百年も前に妖の肉を食べて不老長寿を得たのね。本人は戦国時代の生まれだと言っていたけれど、それはあくまで不死ではなく長寿だったから、その寿命にも限界が来ていたのよ」

 朝日が昇った角浜村、その外れにある白い洋館の中で美琴はそう説明した。

「それが最近になって妖を狙っていた理由なのですね」

 朱音が言う。何百年も生きていたのならば、もっと前から噂になっていてもおかしくはない。なのに道士が妖を狩るという話が出始めたのはごく最近のことだ。

「ええ。それまでにもこの村でやって来た時のように隠れて色々やっていたのでしょうけど、目立つ行動はしなかった。でも自分の命が限られているとなると、なりふり構っていられなかったのでしょうね。自分の寿命を更に伸ばすための妖の肉を探すため、妖を狩り続けた。まあ簡単には見つからなかったのでしょう。その上、あの少女の刃が彼を貫いたことが決定打となった。それに耐え得るほどのエネルギーは彼の体に残っておらず、崩壊したのでしょう」

 それが豊島の唐突な死の要因なのだろう。あの男は仙人にはなれなかった。誰かの命を踏み台にして不老不死を得ようなどということが、そもそもの間違いだったのかもしれない。

「霊体のある僵尸を作り出そうとしたのも、死した後も生きようとした彼の欲望によるものだったのですね」

「そうね。でも結局人の心までを操ろうとしたのが間違いだったのよ」

 朱音は頷いた。人の屍を踏み台にし続けたあの道士は、結局本当に欲しいものは手に入れることができなかったのだ。

 藤村はもうこの村を出たようだ。真由美は結局あの男の術がなければ生き続けることはできなかった。それでも、最後にあの男から解放されて救われたのではないか。だから、きっと藤村は真由美を救い出したのだ。

 朱音はそう思う。




 あの死神が言っていた。僵尸は暗闇の中で生まれ、夜の下で生き続ける。だから、陽の光に晒されては生きられない。

 それでもあの時、彼女はずっと憧れていた明るい世界の中に立っていることができたんだ。だから、最後は幸せだったのだと藤村はそう信じていた。

 藤村はまた一人になった。だがもう後悔はしていない。あれが彼女の望んだことだったならば、悔やんで何になる。もしあの世なんてものが本当にあるのなら、真由美に、村の人たちに、謝ったって、きっと彼らは困った顔をするだけだろう。そんな気がした。

 それならば、真由美が自分で選んだ道を真っ直ぐに進んだように、自分も振り返らずに生きて行く。

 藤村は車のエンジンを掛ける。聞き慣れた音が耳に心地良い。

 藤村はアクセルを踏み込んだ。そして新しく始まった一日に向かって、走り出す。



異形紹介


僵尸きょうし

 殭屍とも書く。読み方は広東語のキョンシー、北京語音のチャンシーなどがあり、日本においてはキョンシーという名前が有名。これは『霊幻道士』を始めとしたの映画にてこの呼称が使われたことによる。

 元々は地中に埋められた死体がなる怪異で、死体が変化する段階には伏尸、游尸、不化骨の三段階があり、千年経っても変化しない死体を伏尸であり、その死体が大地の気を吸って動き出したのが游尸であり、これが即ち僵尸なのだとされる。

 僵尸の性質としてはまず怪力が挙げられ、これは生身の人間の中では武芸で敵うものがいない勇士でも僵尸には勝てなかったという。またその爪には毒がるともされる。人の血肉を好み、首をもぎ取って生血を啜るものもきるという。

 更に僵尸の中でも年月を経たものの中には空を飛ぶものや旱魃を起こすものも現れるとされ、それぞれ飛僵ひきょうこうと呼ばれる。犼は旱魃を起こす僵尸が変化したもので犬に似た姿をしており、口から煙や炎を吐くという。

 僵尸の弱点としてはまず日光が挙げられる。日光に当たると動けなくなる。また火で焼くことも効果があり、日光で動けなくなった僵尸を焼いて殺す、という退治法が多く伝わる。このため僵尸は普段日中は棺の中や洞窟など日光が届かない場所で眠っているというが、赤豆(小豆)、鉄屑、米を苦手としているためこの三種類を僵尸の寝床の側に振り撒くと、僵尸は戻ることができず日光を浴びて倒れることとなると伝わる。

 また僵尸の発生に道士が関わっているという伝承もあり、そこでは道士が死体を故郷へ運搬するための手段として「趕屍かんし」という死体に自ら歩かせる呪術が僵尸の始まりとされる。これに似た呪術に「送尸術」というものがあり、これも死体を運搬するために使われた。

 他にも僵尸を一躍有名にした映画『霊幻道士』シリーズ等では僵尸は死体を風水的に正しくない方法で埋葬すると、人間にある三魂七魄のうち魂がなくなり魄のみもつキョンシーになるという設定が使われていた。また中国四大奇書のひとつ『西遊記』においても白骨夫人という名の僵尸が登場する。様々な姿に化けて悟空一行に近付き、殺されても偽の死体を残して魂のみ逃げ去るという「解屍法」という術を使って翻弄するが、三度目の戦いで悟空に打ち倒された。その本体は人骨であったという。

 余談だが道教には道士が死体を動かすのではなく蘇生させる話も伝わっており、例えば台湾で信仰される医神・保生大帝は病気を平癒させるだけでなく死者再生の護符を持ち、白骨からでも死体を蘇らせたと言う。また道教の伝説の人物である董奉とうほうという道士も死後三日も経っていた死体に丹薬を飲ませて蘇生させたという。

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