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黄泉夜譚 ヨモツヤタン  作者: 朝里 樹
第三二話 幸せの白い球
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二 幸せを掴むために

 その日も無事に一日の授業が終わり、教室の掃除を終えて恒が帰ろうとしていた時のことだった。鞄に荷物を詰め終えた時、見覚えのある女子が恒の方へ向かって歩いて来た。確か去年、高校一年生の時に同じクラスで寺原満春という名前だったはずだ。

「池上君って、妖怪とかに詳しいんだよね?」

 ほとんど会話したこともない彼女からの唐突な問いに戸惑いつつ、それは飯田ではないかと思いながらも、その表情は真剣で冗談を言っているようには見えなかったため、曖昧に頷いた。

「知りたいことがあるのだけど、ちょっと相談に乗ってもらっても良い?」




 鈴原は現在二つ隣のクラスだと恒に話した。彼を呼び出した理由は、友人に恒がオカルト関係に詳しいという噂を聞き、縋るような思いで声を掛けたという。

 恒自身はそういったものに詳しい自信はないが、霊感があったということが噂の中で拡大解釈されたのかもしれない。

「ごめんなさい、急に呼び出してしまって。びっくりしたよね」

 恒は頭を掻きながら「いや……」と答える。二人は学校から少し離れた場所にあるバス停に向かっての道を歩いていた。

 鈴原は前提として一年前母を亡くしたこと、仙台からこちらに引越して来たこと、そして母の死以来、弟の様子がおかしいことを恒に話した。

 病を引き起こす妖怪というものもいるようだから、その不幸そのものが妖怪のせいなのかとも思ったが、それには彼女は首を横に振った。

「お母さんが死んじゃったことは妖怪と関係ないの。お母さんが大きく関わってるのは確かだけど」

「そっか。でも気になることはあるんだよね?僕はそこまで力になれないかもしれないけど、詳しい人は知っているから」

 ここまで来て何も手を貸さないというつもりはなかったし、人間に妖怪が何か関わっているというのなら美琴にも知らせた方が良いと判断した。しかし、鈴原の口から出た名前は恒の予想からかなり外れたものだった。

「ありがとう。池上君は、ケセランパサランって知ってる?」

「一応は」

 聞いたことはある。白い毛玉のような生き物で、人を幸せにするとか、願いを叶えるとか。白粉を与えると増えるとか、そんな噂に過ぎないが。それを話すと、鈴原は頷いた。

「そう、そのケセランパサラン。私がその白い毛玉を飼ってるって言ったら笑う?」

 恒は首を横に振ると同時に、心の中で飯田に相談が行かなくて良かったと思う。彼がこの発言を聞いたら間違いなくそのケセランパサランを見せてくれと頼み込むだろう。

 しかし、今までの経験のせいか人間に危害を加える凶暴な妖怪を想像していたから、少し拍子抜けした。

「それで、どうしてそのケセランパサランについて知りたいの?」

 バス停に辿り着き、立ち止って恒が尋ねる。

「本当に幸運を運ぶ妖怪なのか、それならどうやって幸運を運んで来るのかということが知りたいの。私には弟がいるんだけどね。去年お母さんが死んじゃった時からずっと沈んでてさ。もし本当にケセランパサランに力があるのなら、その幸せを弟に使ってあげたいと思うの」

 真剣な顔で鈴原はそう言った。深刻な悩みなのであろうことは恒にも分かった。恒自身、幼いころに両親を失くしているし、数年前に自分を育ててくれた祖父と祖母を亡くしている。そのためその弟の気持ちも想像できない訳ではない。

「分かった。そういうのなら詳しい人を知っているから、聞いてみるよ」

「ありがとう!急な頼みごとで振り回してごめん。お礼は必ずするから」

 エンジンの音を鳴らしてバスがやって来た。これは恒の乗るバスとは違うが、鈴原はこれで帰るらしい。明日ケセランパサランに関する情報をまとめて来ると約束し、その日はそれで二人とも別れた。




「恒ちゃん!今日一緒に歩いてた女の子は何!?」

 屋敷に帰って来ると同時に耳に飛び込んで来る聞き慣れた声。恒はびくりと体を震わせて、小町を見る。

「何で小町さんが知ってるの?」

「そりゃ見かけたからよ。で、あの子は誰?」

 何故帰り道で一緒にいた鈴原を見かけた小町が既に屋敷にいるのかは分からないが、目が半分程狐のものに戻っている。

「いや、妖怪のことで相談されたんだよ。やましいことはないです」

 自分で何故弁解しなければならないのか分からないまま、迫力に気押されて敬語になる。その小町の後ろに美琴の姿が見えた。救世主のようにも見える美琴に恒は慌てて声を掛けた。

「あ、美琴様、ちょっと聞きたいことがあるのですが」




「ケセランパサラン……、今時珍しいわね」

 美琴はいつもと変わらない調子で言う。隣の小町の反応を伺いつつ、恒は美琴の言葉に耳を傾ける。

「その子、東北地方の出身じゃないかしら?」

「ええ、確か仙台から去年引っ越してきたと言っていました」

 美琴は一度頷き、そして話し始める。

「ケセランパサランは東北地方に生息している妖怪でね。東北の旧家では女性に代々受け継がれる妖怪でもあるの。祖母から母、母から娘へとね。主に嫁入りの際に株分けが行われるのだけど、ケセランパサランは数年に一度、遅ければ何十年に一度かしか増えない妖だから、その子のお母さんの場合は自分のケセランパサランをそのまま娘に渡したのでしょうね」

 美琴の説明に恒は何度か頷いた。確か鈴原の母もそのようなことを言っていたと聞いている。それに彼女に美琴から聞いた内容を伝えねばならないから、きちんと把握しておく必要がある。

「でもケセランパサランって三十年ちょっと前ぐらいに流行りましたよね。白粉あげれば増えるとか、願い事を叶えて消えるとか」

 小町が言った。それは恒も知っているし、今でもそう言った噂は聞くことがある。だが、美琴は小さく首を横に振った。

「あの頃、都市伝説として語られたケセランパサランと呼ばれた多くのものは、本物のケセランパサランではないのよ。捕食された小動物の毛皮が縮まって固まったものであったり、花の冠毛が寄り集まって固まったであったり、他にもオーケン石という鉱物や、黴が正体だったという説もあるわね。白いふわふわとした物体をケセランパサランとして扱っていただけだったの。ただし本当のケセランパサランはちゃんとした生き物であり、また妖よ。そして幸福を呼び込むという力もちゃんと持っているわ」

 鈴原の持っていた疑問に対する答えとなる言葉を、美琴は話し始める。

「ケセランパサランは霊力の強い妖なの。幸福という形のないものを呼び寄せるからね。ただし座敷童子のように家ひとつを繁栄させるほどの力はないし、どんな願い事でも叶えてくれる妖でもない。自分を世話する者一人に幸福を与えるのが精一杯なことがほとんど。だから幽体にはならず、人の目にも見えるのだけれどね。それに、人の幸福を奪う力もケセランパサランにはないわ。そこは安心して良いと言っておいて」

 美琴はそこで一つ息をつき、また続ける。

「さっき言った通り、ケセランパサランは力が強い妖ではないの。だから、もし弟さんを本当に助けたいと思い、それが幸福となるのならば、まず弟さんのために行動を起こすことが重要ね。あれは個人に憑く妖だから、切っ掛けさえあればきっと良い方向に転がっていく筈よ」

「分かりました。ありがとうございます」

 恒が頭を下げると、美琴は微笑して頷いた。

「ケセランパサランはね、人と共存することを選んだ妖だから、きっと助けてくれるわ」




「ごめんね恒ちゃん、急に変なこと言って」

 美琴から教えてもらったことをメモしている時、小町がそう申し訳なさそうに言った。

「いや、びっくりしたけど別に気にしてないよ」

「その子がそんなに悩んでるなんて知らなかったから。私も恒ちゃんのお祖父ちゃんとお祖母ちゃんが亡くなった時は心配だったもの。気持ちが分かるわ」

 小町はそう懐かしそうに言った。あの時は、自分も誰の手も借りないようにと意地になっていたような覚えがあると恒は思い出す。それでも、小町や友人の色々な助けがあったからちゃんと生活できたのだと、今になれば思い出せる。

 鈴原の弟も、きっと自分の中で全てを抱えてしまっているのだろう。全てを自分で受け止めようとして、処理できずにいる。それで精一杯で他のことに目を向けられない。

 その悩みの沼から助け出す手助けを自分ができるなら、できるだけのことはやってみよう。恒はそう思う。




 翌日、恒は昨日の美琴の話をまとめたメモを鈴原満春に渡した。鈴原は何度もお礼を言い、そしてはにかんでそのメモを眺めている。

「ほとんど人の受け売りだから僕の力ではないけど、役に立てば嬉しいよ」

「ううん、ありがとう!何だかやることが見えてきた気がする!」

 鈴原はそう笑み、そしてもう一度礼をして去って行った。自分は唯の仲介役に過ぎないけれど、それでも彼女と彼女の弟が元気になるのならば恒も嬉しかった。

「野球か……」

 もしまた彼女の弟が野球を始めたのなら、試合でも見に行ってみようかと、そんなことを思った。




 私は池上君に貰ったメモを休み時間、そして授業時間も使って熟読した。そもそもケセランパサランが実在すると言っただけで笑われてもおかしくはないと思っていたのに、こんな風に丁寧に教えてくれて感謝してもしきれない。

 ケセランパサランは幸福を与える妖怪なのは確かだけど、どんな幸福でも無条件に与えられる訳ではないことは分かった。幸せを掴むためには、私自身の行動が必要らしい。

 私は考える。何をすれば勇樹を元気付けるられるだろうか。私がどんな切っ掛けを作れば、ケセランパサランは私を助けてくれるのだろう。

 そして一つ思いついた。ケセランパサランが私の元にいなければ最初からそんなことは無理だと諦めていたようなこと。でも、母がくれたあの妖怪が私に力をくれるなら、行けるかもしれない。そもそも駄目で元々なのだ。どんな行動だって起こしてみなければ分からない。

 家に帰った私は、ひとつの手紙をしたためた。それを封筒に入れ、そしてケセランパサランの住む桐の箱を取り出し、箱に向かって頭を下げる。

「お願いします。どうか、この手紙が届きますように」

 もちろんケセランパサランは答えない。しかしきっと上手く行くような、そんな気持ちが湧いて来た。



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