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黄泉夜譚 ヨモツヤタン  作者: 朝里 樹
第三一話 悪魔の戯れ
123/206

一 悪魔の戯れ

 群馬県、三峯山(みつねやま)麓に連なる石尊山(せきそんさん)の中腹、そこに直立する巨大な岩。その中程には風食によってできた洞窟がある。その薄暗い穴の中に黒いマントにシルクハット、それに右手にステッキという場違いな姿をした男が立っている。

「ここですねぇ」

 その男、メフィストフェレスは乾いた土に向かってステッキの先を突き刺す。すると赤黒い水のようなものが地面に広がり、土に吸われるようにして消えて行った。

 その光景を眺めながら、異国の悪魔は口の両端を釣り上げる。まるでクリスマスのプレゼントを待つ子供のように。


第三一話「悪魔の戯れ」


「珍しい」

 屋敷の縁側に座っていた美琴は一言そう呟いた。彼女の視線の先には、青空に翼を広げる三本足の大きな(からす)の姿がある。

 八咫烏は天津神の遣い。つまり天界からの使者となる。ついこの前も夜の食国(おすくに)から遣われていたというのに。今度は何だろうか。

 八咫烏の中央の足には(ふみ)が括りつけられている。それを外すと天の烏は一声鳴いて羽ばたき、去って行った。美琴はそれを見送り、紙を広げる。

「招集の(みことのり)……」

 美琴は眉を顰め、呟く。今度の文は食国ではなく高天原から。その内容は三日後、出雲(いずも)のある境界に集まるようにという唐突なものだった。

 招集と言うのだから他にも呼ばれているのだろうが、それについては何も書いていない。ただ黄泉国の領主である美琴に宛てられたものだった。

 三日あれば出雲、つまり島根県まで行くことは可能だ。この招集の目的が何なのか分からぬが、高天原が直接連絡して来たのだからかなり重要な案件なのだろう。

 美琴は文を畳み、立ち上がる。これから忙しくなりそうだ。




「ちょっと悪五郎様!いい加減に勝手に領内の妖の家に入るのはやめて下さいよ!」

 (だいだい)色の着物を身に纏い、髪を短く切った背の低い女が、自分より少し背が高く、頭に毛がなく、後頭部が長い老翁に向かって捲し立てている。

 彼ら二人は境界の中を歩いていた。道は狭く、両側には少し下がったところに川が流れている。

「なんじゃいおふじ、領民と親交を深めるのも領主の仕事じゃろうて」

 悪五郎と呼ばれた男は頭を掻きながらそう答えるが、おふじと呼ばれた妖は首を勢い良く横に振る。

「帰って来たら自分の家に国の領主がいたら驚くし畏まるでしょう!それぐらい分かってやってるでしょ!」

「わしはふれんどりーに接してるつもりなんじゃがなぁ」

 悪五郎は煙管をふかした。おふじの方は両腕を組み、口をきつく結んでいる。

「しかし高天原のもんが出雲の来いとは何が目的なんじゃろうな。わしらはまだ近いからええが、他の奴らは大変じゃろうて」

「神様がわざわざ連絡寄越すぐらいなんだから何か大変なことでも起こってるんじゃないですか?知りませんけど」

「そうさなぁ」

 悪五朗は煙管を咥える。中国地方最大の異界、日影郷(にちえいのさと)の領主である彼の元にも高天原の文は届いていた。そして今日がそこに書かれた招集の日付け。場所は詳しくは書かれていないが、神族が訪れる場所と言えば一つしかない

 目の前の境界に分かれ道が見えた。二人は迷わず右側を選択する。この先に目的地がある。

 境界を抜けると、高い木々に囲まれた森に出た。白い霞が辺りに漂い、ひんやりとした空気が全体を満たしている。その森を少し歩くと開かれた場所に出る。その真ん中にある神社に向かって二人は歩いて行く。

 鳥居も、手水舎も、 摂末社もない。ただ本殿と拝殿だけが置かれたその造りは奇妙だが、そんなことは考えても仕方がない。

「わしらが最初かのう?」

「さあ?書いてあった刻限まで五時間ぐらいありますからねぇ」

 悪五郎の問いにおふじはそう答えた。しかしその予想は外れたようで、本殿へと入るとまず山吹色の十二単に身を包んだ妖の姿が見えた。暗い本殿の中で薄らと光を発しているように見える。その横には彼女の夫の姿もある。

「おお九尾の、晴明。久しいのう」

 そう声を掛けると、白面金毛九尾の狐、玉藻前(たまものまえ)は悪五郎に向かって頭を下げた。悪五郎の横で慌てておふじも頭を下げる。

「悪五郎様、お久しゅうございます。それにおふじ様も」

「相変らず品がいいのう。うちのにも見習ってほしいわい」

 そうからからと笑い声を上げると、横にいたおふじが抗議の声を上げる。

「ちょっと、それどういうことですか!」

「そのまんまじゃろうに。まだここに着いたのは夢桜京(むおうきょう)だけか」

「そのようですわね。まだどれだけの異界のものが呼ばれたのかは分かりませぬが」

 玉藻前は落ち着いた声でそう言った。悪五郎は頷き、何も置かれていない本殿の中で適当な場所を探してそこに腰を下ろす。その横におふじも座った。

 悪五郎は煙管の火を消し、独り言のように呟く。

「さて、()ずる神は誰かのう?」




「美琴さん、貴女も高天原の神に呼ばれたのですか?」

「ええお雪。あなたもみたいね」

 集合の地である神社へと向かう途中で美琴が出会ったのは、雪姫と言う名の妖だった。種族は雪女であり、東北地方最大の異界である雪野國(ゆきやくに)の領主。美琴が横に良介を従えているように、彼女の横には河郎という名のメドチがいる。

「お久しぶりっす、美琴さん、良介さん」

 河郎がそう片手を上げて挨拶するのに、美琴は小さく頷いて答えた。大人しい雪姫とは正反対な性格をしているが、だからこそ相性が良いのかもしれない。

「あなたも呼ばれたということは、異界の領主が集められているのかしらね」

「恐らく、そうなのでしょう。皆さんに会えるのは喜ばしいですが、集められた目的が不明瞭なままなのは気持ちが悪いです」

 雪姫は雪女らしく真っ白な色をした指をこめかみに当て、そう言った。白銀の髪が小さく揺れる。

「そうねぇ。天界が地上に干渉して来たということは余程のことなのだろうし、何があったのか聞くまではこちらも落ち着かないわね」

 普段よりも少し低い声で美琴が答えた。そんな会話をする彼女たちの後ろでは、男二人が語っている。

「ねえ良介さん、俺にもあの凄いパンチとキック教えて下さいよ」

「あれは一朝一夕でできるもんじゃないんだよなぁ。日々の鍛錬があってこそできるものなのだ」

「う~ん、俺の水にあの打撃を乗せれば凄いのができそうだと思うんだけどなぁ」

 河郎は腕を組んで悩んだ顔をする。その能天気な声に、良介は小さく笑って言う。

「新しい技を手当たり次第身に付けるよりも、今ある技を究めた方が良いこともあるんだぞ」

「そういうもんすかねえ」

「貴方はまずちゃんと槍を使えるようになりなさいよ」

 雪姫が振り返り、冷たい視線とともにその言葉を河郎に向かって投げ掛ける。

「使えてんだろー。達人並だろー」

 河郎は拗ねたような声でそう言った。雪姫と河郎は元は幼馴染であったという。そのためか、二人の間には主従と言う程の上下関係はあまり見出せない。

「すみません。お見苦しいところを」

 雪姫は美琴に小さく頭を下げる。

「良いのよ、固くなる必要もないわ。それにもうすぐ着きそうよ」

 美琴の言う通り辺りの景色は森へと変わり、その先には神社の本殿が見えて来る。黄泉国と雪野國の妖たちが連なって本殿へと入ると、中には既に五つの異界の妖たちが坐していた。

 最も奥に座る、白髪の混じった髪を結っている隻眼の男は東海地方に繋がる異界、天目一箇国あまめひとつのくに領主、禰渡(ねわたし)という名を持つ一目連という種の妖。右に残った目は全てを見通すように鋭く、何事にも動じることが想像できないような落ち着いた雰囲気がある種の貫録を生んでいる。

 そしてその横に座る、ふわりとした髪を腰のあたりまで伸ばした片足の女は、彼の妻であり側近でもある片足上﨟という種族の美祢(みね)

 その手前に坐すは九州地方に繋がる異界、(かすみ)の里領主であり、土蜘蛛という種族である海松橿(みるかし)。手足が長く、髪を肩の上で切り揃えた長身の女の妖だ。そしてその側近は濡れた髪が顔に掛けた、瀬菜乃(せなの)という名の幽霊のような。磯女という種の女の妖。

 そして最も壁際に座っているのは玉藻前と晴明だ。玉藻前は美琴たちの姿を認めると、嬉しそうに目を細めた。

「あら、美琴様と雪姫様も呼ばれていたのですか」

 玉藻前が顔を上げ、少し弾んだ声で言った。

「ええ。これだけ集まっているとなると、簡単な問題ではなさそうね」

「そうみたいじゃのう」

 玉藻前の向かい側に坐す悪五郎が相槌を打つ。その横にはおふじがちょこんと座っている。

 悪五郎の隣には四国に繋がる異界、八百久万里(やおくまのさと)の領主である隠神刑部狸(いぬがみぎょうぶだぬき)三助と、その側近であり同じく狸の妖である金長(きんちょう)が坐す。

 美琴と良介は三助、金長の横に座り、そしてその隣に雪姫と河郎が並んだ。その直後、一瞬本殿内の空気が変わった。

「私たちが最後だったみたいですね」

 雪姫が呟くように言った後、視界を奪うほどの光が辺りを満たし、そしてそれが収まるとともに一人の女の姿をした異形のものが妖たちの前に現れていた。

「皆様お集まりいただけたようで。感謝いたします」

 妖たちが座る床よりも一段高く造られた座敷の上、白い衣を纏ったその神族は妖たちを一度見渡し、そしてしなやかな動きで一礼した。

「私は天宇受賣(あまのうずめ)高天原(たかまがはら)が長、天照大神(あまてらすおおみかみ)様の遣い」

 天宇受賣命、芸能・技芸の神として伝わる天津神。煌びやかさと艶やかさを閉じ込めたような姿と雰囲気を持したその女神は、右の手に持った七枚の文を宙に放った。それらは意思があるかのようにばらばらに飛び、各異界領主の手に収まった。

「ここに我らを呼んだ理由が記されているということか」

 禰渡がそう言うと、天宇受賣は頷いた。領主たちは文を開く。そこに書かれるは、妖の名。

「神族は極力地上の民には関与しない。それが(いにしえ)の盟約です。しかし今回は別。地上に災厄が迫っている」

 天宇受賣は各妖の手に文があるのを確認し、そう話し始める。

「その文に書かれた妖には皆様覚えがあるでしょう。かつて人や妖、神の手で封じられた異形のものたち。今、それらを蘇らせようとしているものがいる。しかも、全てを同じ時に」

「同時多発で化け物を出現させようっちゅうことか。暇なやつもいるもんじゃのう」

 悪五郎は文を睨みながらそう忌々しげに言った。

「それで、その目的は?」

 海松橿が尋ねるが、天宇受賣は首を横に振った。

「それはまだ分かりませぬ。この日の本を滅ぼしたいのか、それとも単なる戯れか。ただ、分かっていることは……」

 天宇受賣は整った眉を微かに顰める。

「これを行っているのは、異国の悪魔だということ。そして、妖たちが蘇るのは、四日後であろうということ。そこで皆様のご協力を仰ぎたいのです」

 張り詰めた空気の中、妖たちは神を見る。

「陸奥国、上野国、三河国、播磨国、吉備国、土佐国、肥後国に封ぜられた妖。皆様方にはその封を解かれた妖を討っていただきたい」

 それぞれ現在に置き換えれば東北、関東、東海、近畿、中国、四国、九州の地域に含められる国たち。そして、ここに呼び出されたのはその各地方最大の異界の領主たち。

「それで私たちをお集めになられたのですね。封印の地に近い異界の領主たちが」

 玉藻前がそう尋ねると、天宇受賣は静かに頷いた。

「我々神族は地の民には干渉せずと誓った故、情報を与える以上のことはできぬのです。地の民を守るため、皆様のお力を借りたい」

「言われんでもやるさ。妖と人の領分は、我々が守らねばならん」

 禰渡が言う。それに異を唱えるものは誰もいなかった。天宇受賣は安堵したように口元を緩ませ、そして再び礼をした。

「感謝します、地の妖たちよ。ご武運を祈りましょう」

 その言葉が終わるとともに本殿の中を光が満たし、そして女神の姿は消えた。後にはただ静寂が残った。




「しかし、これぐらいの情報なら文で伝えてくれれば早いのになあ」

 三助が言った。境界の神社、それぞれの異界の妖怪たちが本殿から外へと出て来る。

「ありゃ神族の存在を定期的にわしら妖怪に知らしめる役割もあるんじゃないかの?」

「そうかもしれぬが、直接伝えねばならぬほど重要な案件だとあちらが考えたのかもしれん。このようなことはここ百年以上なかったからな」

 悪五郎の言葉に禰渡がそう答える。全国各地で一斉に強大な妖怪の封印が解ける。それもかつて人や妖に大規模な被害を与えたものたちが。それは前代未聞の出来事ではあった。

「各地方にひとつずつというのは幸運だったな。これ以上数が多ければ面倒なことになっていた」

 そう海松橿が言うと、美琴が頷いた。

「そうね。各個撃破できるならそこまで苦ではない」

「皆さまお強いですものね」

 玉藻前が微笑し、言う。唐突に現れるならともかく、神族のお陰で事前にこれから起こることを知ることができた。ならば準備もできる。

「私たちの地方で起きる妖怪が起こす事件ならば、私たちの責任も少なからずあります。自分の手で解決できるのならばそれが一番良いでしょう」

 雪姫が言った。この中では最年少の領主ではあるが、責任感は強い。そしてそれは皆同じ思いだった。長い時を掛けて妖と人は異界と人間界に分かれ、それぞれが平穏に暮らしている。それぞれの生きる日々を守るのも、妖たちの長としての責務の一つ。

「四日後に備え、それぞれ準備じゃな。またこうして集まれるよう、皆の成功を祈っておるよ」

 悪五郎の言葉に、それぞれの異界の領主たちが頷く。そして己の責任を果たすため、妖怪たちはその場で別れ、各々の地方へと向かった。




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