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黄泉夜譚 ヨモツヤタン  作者: 朝里 樹
第二八話 人形十夜(後篇)
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一 三本足のリカちゃん

 十の夜に紡がれる、呪われた女たちの物語。人の形に作られ、魂を持ってしまった異形の女たちは、その十の夜を再び繰り返す。

 今宵もまた、人形たちの狂宴が開かれる。


第二八話 人形(ひとがた)十夜(じゅうや)(後篇)


 日光が古びたカーテンの隙間から漏れている。その光を避けるようにして座るひとつの人形。

 暗い影の中、それは何もないこの小さな部屋でただ虚空を見つめている。

 その瞳が捉えるのは、(うつつ)か夢か。



第六夜 三本足のリカちゃん


 月がほとんど姿を見せないその夜、清水明菜(しみずあきな)はひとり帰路を歩いていた。まだ時刻は七時を過ぎたところ。繁華街は爛々とした明るさを灯したままだが、住宅街に入ると人の姿もまばらとなる。街灯と、家の窓から洩れる明りが道路を照らしているだけだ。

 明菜は公園の手前までやって来て、そこで足を止めた。ここを横切れば少し近道になるが、夜に一人で通るのは少し怖い。

 公園を覗いてみるが、人影はない。何よりまだ七時だ。そう考え、明菜は公園に足を踏み入れる。

 滑り台、砂場、ブランコ、ジャングルジムとあまり多くはない遊具の割には大きな広場を持ったこの公園には、ひとつ古い公衆トイレがある。掃除したのはいつが最後なのだろうと思うほど外から見ても薄汚れたそのトイレには昼間でも近付きたいとは思わないが、夜に改めて見ると一層不気味さを増している。

 こんなところはさっさと通り過ぎよう、そう思った時、不意にトイレの方から声が聞こえて来た。

 男のものではなく、女のもの。しかも少女がすすり泣くような声だった。明菜は一度立ち止まる。

 幽霊など信じてはいないが、それでも恐怖を覚えた。だがもし、迷子になった子どもでもいたとしたら放って置けない。

 少し考えてから意を決して、明菜は微かな異臭の漂うその公衆トイレに近付いて行った。段々と少女の泣き声は近くなる。確かにこの中に女の子がいるようだ。そうなれば怖いだなどとは言っていられなかった。

 女子トイレに入り、唯一閉まっている個室の前に立つ。そのドアをノックしようとすると、手が当たる前にドアが開いた。

 中を覗いてみるが、予想に反して誰もいない。泣き声もいつの間にか聞こえなくなっている。

 幻聴だったのだろうか。そう思いつつ、一応他の個室も調べようと視線を動かした瞬間、明菜は個室の隅に落ちている何かに気が付いた。

 薄汚れたトイレには不釣り合いな、小奇麗な人形が膝を畳んで座る形で置かれていた。昔自分も良く遊んでいたリカちゃんと呼ばれる人形だ。薄暗闇の中で顔に明るい笑みを張り付けている。

「なんでこんなものが……」

 やはりここには女の子がいたのだろうか。自分が来たせいでこれを置いて隠れてしまったのかもしれない。とにかくこんなトイレの中に置きっ放しは可哀想だ。明菜はそっとリカちゃん人形に手を掛ける。

 そしてそれを持ち上げ、息を呑んだ。

「何これ……」

 胴を軽く掴んで持ち上げたその人形のスカートから、畳まれていた足が現れる。だが、それは二本ではなく三本だった。

 プラスチックでできた二本の足の間に生えた、土気色の奇妙な足。素材が明らかに他のものとは違う。形も(いびつ)なのに、妙に指や爪の作りが細かい。

「わたしリカちゃん……」

 その時、どこからか声が聞こえて来た。頭の中に直接響いて来るような、脳に直接入り込んで来るような感覚だった。

「呪われてるの」

 その言葉を聞いて明菜はリカちゃん人形を投げ捨てた。トイレの床に当たり、リカちゃん人形は一度跳ね返ってからうつ伏せに倒れる。

 だが、人形の首だけが明菜の方を振り向き、その固定された笑顔を見せる。

「わたしリカちゃん、呪われてるの……呪われてるの……呪われてるの……」

 明菜は走って逃げ出した。だが、トイレから離れても、公園を出てもリカちゃん人形の声は頭の中に直接響いて来る。

 耳を塞ごうとも消えはしない。ただ呪いの言葉が響くだけ。その言葉に心を支配されるような恐怖が彼女を襲う。

 我慢できずに明菜は立ち止り、鞄の中からボールペンを取り出すと、それを両耳の中に突き立てた。

 耳の奥に激痛が走り、それと引替えに音が消える。ただあの人形の声を除いては。他の全ての音がなくなった世界の中で、ただあのリカちゃん人形の声だけが響き続ける。

 痛みと恐怖に、明菜はふらふらと道路に迷い出た。音が聞こえないために大型トラックが迫っていることにも気付かずに。

 そして、明菜の体は巨大な鉄の塊に弾き飛ばされる。地面に頭を砕かれ、それによって明菜は呪いの言葉から解放されることになった。




 それは交通事故として人間の世界では処理された。酔った女が道路に飛び込んだのだと人々は噂した。

「朱音、分かる?」

 美琴は昨夜一人の人間が命を落とした現場を見て、そう尋ねた。微かだがまだ血が道路に染み込んでいる。

「はい、やはり妖気が残っていますね」

「そうね。それにやはり今までのどれとも違う」

 これもまた、人形によるものなのだろうか。それならばこれで六夜目。十夜へと着実に近付いている。

 現在良介があの人形芝居について調べているが、事件は一夜毎に起き続けている。それに関することで今分かっているのは、恐らくこの一連の事件を起こしている異形は都市伝説を利用している、ということだ。

 都市伝説、学校や町、そしてネット上などで語られる怪談や怪異には、その噂の元となる何かが存在している場合が多い。それが霊力や妖力を身につけることで異形と化すのだ。

「この周辺に存在していた噂は、三本足のリカちゃん人形というものね」

 この辺りには通常のリカちゃん人形とは違う、三本目の足を持ったリカちゃん人形があり、それを見つけた人間に「わたしリカちゃん、呪われてるの」と声を掛けるという。

 その言葉は聞いたものの耳から離れなくなり、それを聞いたある女性は最後には鼓膜を破ってしまったと語られる都市伝説。

 その人形がもし、本当に存在していたら。昨夜見つかった女性の鼓膜は両方とも破れていたらしい。彼女はリカちゃん人形の声が頭から離れず、半狂乱になって道路に飛び込んだのではないか。

 普段は人に干渉することができない程弱い都市伝説であろうとも、強い妖力を与えられれば怪異として具現化することができる。

 この事件を起こしている異形が、人形芝居「呪女十夜」を再現するためにそれに合わせた都市伝説を選び力を与えている。そう考えるべきだろうか。

 今夜にはまた、新たな都市伝説が選ばれる。




第七夜 人を呪わば穴二つ


 金属と金属がぶつかり合う音が宵闇を切り裂く。それは不気味に単調に、何度も何度も繰り返される。

 藁人形に減り込んだ釘は、その音の繰り返しの度に少しずつその体を沈めて行く。その藁人形を掴むのは細く青白い人間の手。そして釘を打ち付ける金槌を振り上げるのもまた、同じ人間の手。

 白装束を身に纏い、白粉(おしろい)を塗りたくった顔は頭に被った五徳に立てられたロウソクによって、闇の中に照らされている。足には一本歯の下駄を履き、胸には鏡、腰には護り刀、口に櫛を咥えてひたすらに藁人形に釘を打ち付けている。

 人気のない深夜の神社、神木の前に立つ女の血走った目はただ人形を見つめ、神木に深く刺さって行く釘を見て歓喜する。

 時刻は午前二時を過ぎた頃。かつては丑の刻と呼ばれたこの時間、女は古くから伝わる呪いを行っている。

 丑の刻参りと呼ばれるその呪術は、人を殺めるために使われる。憎む人間に見立てた藁人形を毎夜五寸釘で神社の神木に打ち込み、それを七日間続けることで対象の人間を呪い殺すことができると伝わっている。

 それも今日で七日目。女、鹿目(しかめ)(りん)は汗で顔の白粉が落ちるのも気に留めず、何度も何度も釘を藁人形に打ちつける。彼女が呪うのは会社の同僚の女。あいつが来たせいで自分の恋人が自分を捨てたのだと、凛はそう考えていた。

 あいつが彼に言い寄ったから、側に現れたから、だから自分を捨てたのだ。あいつさえいなければもっと幸せな人生を歩めていた。だから、自分にはあいつを殺す権利がある。呪われて、苦しんで死ねば良い。そう考えながら金槌を幾度も振り上げる。

 五寸の長さは次第に藁に消え、人形は神木に磔にされる。七夜続いた呪いもこれで終わり。あとはあの女が死ぬのを眺めていれば良い。そう乾いた笑いを洩らしながら口から串を、右手から金槌を地面に落した時、凛は微かな物音に気が付いた。

 凛は血走った目をその方向へと向ける。そこに、携帯電話を向ける高校生ほどの男二人が見えた。携帯の画面を覗き込み、小さく笑い声を上げているようだったが、凛がそちらを向いたことに気付いたらしく、表情を凍り付かせた。

 丑の刻参りにはひとつ禁忌がある。それはこの呪いを行っているところを誰かに見られてはならないということ。見られた場合、呪いは自分へと返って来ると言う。

 それを阻止する方法はひとつ、目撃した相手を殺すこと。

 凛は落とした金槌を再び持ち上げた。片手で持てるそれでも人間相手には十分に凶器となる。

 凛は頭に被った五徳を地面に投げ捨てると、金槌を振り上げて走り出す。それを見た高校生二人は彼女に背を向けて逃げ出した。だが、逃がすつもりはなかった。

 あの二人を殺さなければ、あの女を殺せない。あいつが苦しみ抜いて死んだ後ならともかく、あいつが生きて自分が死ぬのは許せない。

 執念に取り憑かれた女はすぐに一人の高校生に追いついた。その襟を後ろから掴み、何の躊躇もなく金槌を後頭部に叩きつける。

 女の力とは言え、手加減のないその殴打は一度で十代後半の少年を昏倒させた。傷口から血が滲み、地面に流れる。

 凛はその少年の背中に馬乗りになると、何度も何度も金槌を振り下ろした。頭の外側が陥没し、血に混じって違う液体が溢れ出して来てやっと、凛は手の動きを止めた。

 手先を痙攣させて倒れた少年を残し、凛は立ち上がる。まだひとり残っている。これも殺さなければならない。

 血塗れの金槌を片手に握り、怨嗟に囚われた女は走り出す。もう一人の少年はすぐに見つかった。どうやら、捕まってしまった友人の様子を確認するために一度戻って来た様子だったが、血に濡れた白装束の女を目にした瞬間に、彼は逃げ出した。だが、その少年を発見した凛は嬌声を上げて追い掛ける。

 彼女は知っていた。彼の逃げる方向は行き止まりだ。あるのは崖と、眼下に広がる道路だけ。その向こうには雑木林が広がっているだけで、あそこからはほとんど町の明りさえ見えない。

 あの人間にはもう逃げ道はないのだ。自分に殺されるしか道はない。それで良い。二人の犠牲によって呪いは阻害されることなく完成する。

 崖の手前に設置された手摺の前で下を覗き込むあの高校生の姿が見えた。こちらを何度も振り返っているが、逃げ場はない。

 凛は金槌を頭上へと振り上げようとして、止めた。この位置ならばわざわざ殴らずとも、背中を押せば簡単に殺すことができる。

 凛は体を屈め、高校生に向かって駆け出す。これで終わりだ。この高さから落ちて生きていることはあるまい。ただ相手を殺すと言う思念に囚われ、白装束の女は暴走する。

 だが、相手がただの人形ではなく、生きた人間だということを凛は侮っていた。

 彼女の両手が少年の背中に触れる直前に、少年は体を横にずらした。反射的な行動だったのだろう。それだけに、凛は走りを緩めることができなかった。

 まず腹部が手摺に当たった。しかし前傾姿勢だった体は重力に逆らえず、手摺を交点としてそのまま頭が下になり、崖下の景色が眼下に広がる。

 凛は悲鳴を上げたが、誰もそれを止めることはできなかった。空中であがいても体は真っ直ぐ下へと落ちて行く。そして、彼女は自分が死ぬことを悟った。

 あの女を殺すまでは絶対に死ねない、そう思っていたのに、今はただただ死が恐ろしかった。自分の存在が消えてなくなる恐怖。もうどうすることもできない無力感。

 地面が近付いて来る。最後の瞬間まで凛は目を見開いていた。

 一瞬凄まじい痛みが体を貫き、そして全てが消え去った。




「人を呪わば穴二つ」

 美琴は神木に刺さった藁人形に触れ、そう呟いた。人形を相手に見立て、呪い殺そうとする方法は類感呪術と呼ばれ、古来からこの国に伝わっている。

 現代にその呪いが都市伝説として蘇ったのか。丑の刻参りを行えば憎い相手を殺すことができる。そう信じたものがいたのだろう。だが、呪いというものは簡単にできるものではない。

 呪術について何の知識もなくこんなことをすれば当然ただでは済まなかっただろうが、それでも人間の妖力や霊力などたかが知れている。人が死ぬまでのことは滅多に起こらない。

 少年と呪いを行った女、二人もの犠牲者を出すことになったのは、やはり藁人形に異形を宿らせ、妖力、霊力がともに何者かによって増幅させられていたからだ。

 この藁人形からは微かにその形跡が感じられる。宿っていたものは既にここにはいないようだった。役目を果たしたと言うことなのだろう。

 その妖気を辿れないか試しても、まるでこの神社の境内を境界としたようにぷつりと途切れている。

 徹底的に痕跡を消している。相手は相当強力な異形と見ていいだろう。



異形紹介

・三本足のリカちゃん

 女性がトイレに入り、落ちているリカちゃん人形を見つけ、拾って見るとそのリカちゃんには普通の二本の足の他にもうひとつ、黄土色の足がついている。それに驚いて地面に落とすと、「私リカちゃん。呪われてるの……」と繰り返し始める。その声はどんなにリカちゃんから離れても耳からは離れず、最終的に女性は発狂して自らの鼓膜を破ってしまう、という都市伝説。

 工場の機械の故障によって誕生した、三本目の足は人肉でできている、この話を聞いた人のところには一週間以内に三本足のリカちゃんから電話が掛かってくる、などと付け加えられる場合もある。

 また三本目の足が左足ならば害はなく、右足ならば呪われるとされることや、発狂して鼓膜を破るのではなく事故によって片足を失うと続く場合もあり、この場合はリカちゃんは出会った人の足を切り取って三本目の足を取り替えているとされることもある。

 他に足を奪うパターンでは夜寝ていると枕元に包丁を握った三本足のリカちゃんが現れ、これに気付くと襲い掛かって来て足を切り取って行くというものがあるようだ。

 さらにこの怪談には学校の怪談パターンも存在し、学校のトイレに現れた三本足のリカちゃんが「わたしリカちゃん、呪われてるの」と言うが害はないパターン、「おままごとする?それともかくれんぼする?」と問われて前者だと包丁が上から降って来る、後者だと別世界に連れて行かれるという問いかけパターン、「わたしリカちゃん。この足の持ち主を探しているの」と言うが害はないパターン、などがある。

 同じ三本足のリカちゃんを扱った都市伝説では、三本足のリカちゃんを追い求めたマニアの男が二体のリカちゃん人形の足を一本もぎ取り、三本足のリカちゃん人形を作ってしまったためにその後事故によって片足を切断されて死んでしまったというものもある。この男に作られたリカちゃんは消えてしまったという。

 「メリーさん」の解説で書いた「リカちゃんの電話」と並び有名なリカちゃん人形に纏わる都市伝説。ここにあるのは筆者が収集できたものだけであるため、他にもまだ三本足のリカちゃんに関する都市伝説は存在している可能性が高い。

 またこの他にも三本足の人形に関する都市伝説としては「三本足のバービー」というものがあり、何万体かに一体の割合で製造された三本足のバービーは廃棄場から自ら逃げ出し、人間に捨てられたことを怨んでいるためうっかり持ち帰ってしまうと一家を皆殺しにされてしまうのだという。

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