左助の恋
兵助さんの弟分の恋物語。
「左助ぇーーー!!てめぇは裏から回んな!!」
「へーい!!」
兵助と左助は今日も例のごとく盗人を追いかけていた。盗人は一人。勿論ここらでは見かけない顔だ。この町は自分たちの方が詳しい。兵助は左助に裏から回るように指示した。
「おら!!もぅ諦めな!!てめぇの罪を認めてお縄につきなせぇ!!」
「っ、誰がっ!」
盗人は大きな霧の箱を片手に持ち勢いよく走っている。だが、身軽な兵助と何両も入った両箱を持つ盗人。鍛えられた足を持つ岡っ引きとお世辞にも体格がいいとは言えない盗人。差は一目瞭然だ。
「もぅっ、諦めなせぇ。」
「ばーかっ!!だれがっ、つかまる、かっ……っ!!」
息切れ切れに走る盗人に兵助はペースを上げた。いつまで追いかけてくるんだ、と盗人はちらりと後ろを振り返った。
その瞬間。
ドン!!
「へへ、捕まえやしたぜ」
「でかした!!さぁ、もぅ諦めな。俺達に捕まっちゃぁ、もう逃げられねぇ」
「ち、きしょ、はぁ、はぁ、」
肩で息をする盗人を無理やり立たせて兵助と左助でがっちりと挟んで役所へと引き渡した。
「今日のやつぁ、えれぇ足の遅ぇやつでしたね~」
「あぁ。俺様たちから逃げ通せるとでも思ったのかねぇ」
「それにしても、兄貴今日は随分と追い込むのが遅かったじゃないですか。体力落ちてんじゃないっすか?」
「バカやろ。あんまり早くに追い込んじゃぁ、てめぇが追いつけねぇと思ってわざとあいつの鈍足に合わせてやったんじゃねぇかぃ」
おかげで今日は走った気がしねぇよ。
そうなのだ。今日の盗人はえらい遅かった。よくもまぁ、あの足の遅さで盗人をしようと考えたもんだと逆に感心させられるくらい、遅かった。鈍足もいいところだ。兵助はこの盗人をすぐには捕まえずにわざと泳がせることで、疲れて抵抗できなくさせようと考えた。そして思惑どうり息切れ切れに走る盗人を左助と挟み撃ちをした。
「ところで、盗みに入った家はどこなんすか?」
「あぁ、徳田の主人のとこさ。ほら、お前ぇも知ってんだろ?金木犀が植わってる……」
「あぁ!!あの、金木犀の匂いをプンプンさせてるって噂の!!」
兵助と左助は盗人から取り返した金を返しに徳田の主人の元へと歩んだ。
暫くして角にさしかかったころで、プワン、と花の匂いが鼻をついた。思わずクラッときそうな花の匂いに左助は鼻をクンクンとさせた。
「すごい匂いっすねぇ」
「あぁ。もうすぐ徳田さんとこに着くからな」
「でもおいら、この匂い嫌ぇじゃねぇやぁ」
「そうかぃ、そら良かったな」
金木犀の匂いがだんだんとキツくなり、徳田家に近づいていることを知らせた。
徳田家の主人はたいそう金木犀の花が好きで、庭に4本の大きな金木犀を植えていた。どこにいても良く見えるように、東西南北に一本ずつ。
なんでも、この金木犀は主人と奥様の思い出の木なのだそうだ。奥様と初めて出会ったのが金木犀の下で、結婚の約束をしたのも金木犀の下、他にも2人の間では金木犀の思い出がたくさん詰まっている。だから2人にとって金木犀はなくてはならないものなのだ。
「へぇ。良い話っすねぇ」
「あぁ。いつまでも2人の思い出を忘れねぇように、っていう旦那さんの心が立派だよ」
そんな話をしながら歩いていると、金木犀が目立つ屋敷が見えた。
「あの家っすか?」
「あぁ」
左助は駆け足で徳田家に駆け寄った。
「左助、前見て走れ」
「だぁいじょうぶっすよ!!」
左助は塀から覗く金木犀を見ながら門へと向かった。
「きゃっ」
「うわっ」
誰かとぶつかって、あろうことか倒してしまった。
「このまぬけ!!よそ見してっからでィ!!すまねぇ、お嬢さん。怪我はねぇかぃ?」
「は、はい……」
兵助は少女の落とした風呂敷包みを拾った。
「ほら佐助、てめぇも謝んな!!」
ぽかりと左助の頭を叩き、謝罪を促す。
「す、すまねぇ……」
左助は座り込んでいる少女の手を掴み、立ち上がるのを助けた。
「いえ……」
兵助は少女に風呂敷包みを渡した。
「ありがとうございます」
風呂敷を手にし、少女は顔を上げた。
黒くて艶のある髪に、細い肩。ほんのりと紅く染まった頬にぷっくりとした唇。左助の支えた手は、少し力を入れるだけで折れてしまいそうなほど細く、小さかった。
「……………」
左助は口をポカーンと空けたまま少女を見つめた。
「お嬢さんは徳田の主人の娘さんですかぃ?」
「えぇ。あなた方は……」
兵助と少女の会話に左助は、はっと頭を振った。
「おれ「俺たちは盗まれたものを返しに来たんでぃ!!」………」
兵助の言葉を遮り、左助は身を乗り出すように答えた。じろりと見つめる兵助の視線も気にならない。穴が開くほど少女の顔を見つめている。そんな左助の視線に恥ずかしそうに頬を染めて目を逸らした。
「ご主人はいるかい?」
「は、はい中に……」
少女は家の中を差した。
「入らせてもらいやすぜぃ」
兵助は盗まれた両箱を片手に家の中へと入った。
「……」
残った左助と少女は見つめ合ったまま動かない。
「…あなたは…行かなくても、いいの…?」
小さな声で少女が問うた。
「あ、ああ…」
左助は慌てて答えた。
両箱返すのは兵助一人で十分だろう、と勝手に判断した。兵助も了承している。その証拠に主人の元へと向かわなかった自分を咎めていない。
「………」
少女はちろりと左助を見た。
「あ~、ここん家のお嬢さん…かい?」
「…うん」
左助は頭をかきながら視線を泳がした。そんな左助の問いに少々は小さな声で答えた。
さわり、と優しい風が2人の間を吹き抜けた。
「…俺ぁ、左助ってんだ。あんたの…、名前は……?」
「お小夜………」
「………お小夜…ちゃ、ん」
「うん……。」
ぎこちない空気が2人を包む。
「あぁ~、……さっきはすまなかったなぁ。怪我はねぇかい?」
「大丈夫……」
左助の問いに小夜は俯いたまま小さな声で答える。左助は俯いた小夜の艶やかな黒髪を見つめながら人差し指で頬をかいた。
「どこかに…行くんですかい?」
「松田のおじい様の所にお届け物を……」
「そうですかぃ……」
「うん……」
それきり兵助が家から出てくるまで2人はそのままで動かなかった。
それが左助十七歳、お小夜十六歳の最初の出逢い。
〈左助の恋~完~〉
兵助を尊敬している左助は生意気な態度をとりながらも口調はしっかりと真似ている、そんな可愛い男の子。