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あすちるべ  作者: 瑞雨
初恋
5/30

於凛の恋(中)


いよいよ見合いの日がやってきた。


於凛はこの日、真っ赤な振り袖に身を包んでいた。薄桃色の牡丹が咲く、華やかでいて、派手すぎない振り袖は於凛に良く似合っていた。於凛の両親は我が娘ながら惚れ惚れするようだと、自分たちの娘を満足げに見つめた。


「いーい、おとっちゃん?会うだけだからね」


会うだけで、気に入らなかったらこの話はきれいさっぱりなかった事にする。あの日、見合い話を出された時に出した於凛の条件だ。於凛は自分を見て褒めちぎる両親にくぎを差した。


「あぁ、あぁ。分かってるよ。さぁ、行こうか、あちらさんがお待ちだ」


そう言うと、於凛と父の源五郎は見合い相手のもとへと行くべく、呼んでおいた駕籠に乗りこんだ。


着いた先は一軒の料理屋だ。出てきた女将に座敷へと案内された。


「こちらに晴海様がお待ちです」


女将に礼を言い、源五郎は襖を開けた。

そこにいたのは、笑みを浮かべる少し丸い男性と、色白の青年だった。


「すみません、晴海さん。お待たせしたようで」


源五郎は晴海と呼んだ男に頭を下げた。


「いえなに、私たちもつい先ほど着いたところですよ」


源五郎と於凛は晴海に促され、席へとついた。



於凛の見合い相手は廻船問屋を営む晴海家の一人息子、藤治郎だ。年の頃は十九で、於凛の三つほど上だ。細身で背が高く、いつもニコニコと笑顔の絶やさない優しげな雰囲気の漂う青年である。相手が誰であろうとその態度は崩さず、丁寧に受け答えするため、藤治郎を悪く言うものはいない。


「これが(せがれ)の藤治郎です」

藤治郎(とうじろう)と申します」

「これが娘の於凛です」


   ふぅん・・・。なんか色白でひょろっとした優男ねぇ


「於凛?……於凛!」

「え?…あぁ、於凛と申します」


目の前に座る男を見定めていた於凛は自分と藤治郎の話題をする父親たちの話を全く聞いていなかった。


「申し訳ありません……緊張しているようで」

「はは、なぁにうちもですよ。ここは若いもんに任せて年寄りは退散しましょうかねぇ。藤治郎、於凛さんと庭でも散歩してはどうだい?」

「そうですね、父さん。さぁ、於凛さん、行きましょうか」


     あたしの好みはきりりとした男らしい人なのよねぇ。

     役者の蘭丸様みたいな。


「於凛さん?」

「えっ?」


自分の話を全く聞いていなかっただろう於凛の様子に藤治郎は気を悪くしたようでもなく、クスリと笑った。


「庭でも行きませんか?」

「え、えぇ」


そう言って二人は立ち上がると庭へと出た。



「ここは冬になると椿がとても綺麗なんですよ」


      あぁ、どうしてこうなったのかしら。

      早く今日が終わらないかしら。


於凛は藤治郎の話を聞くようでもなく、今日の見合いが終わることだけをぶつぶつと考えていた。そんな於凛の様子に藤治郎は目を細めて苦笑した。


「於凛さん、この話は乗り気じゃないみたいですね」

「え…いえ、そういうわけじゃ……」


図星をさされて於凛は顔が赤くなった。


「いえ、いいんです。私はこうして於凛さんに会えただけで満足なんですから」


にっこりと笑っているのにどこか寂しそうな藤治郎に於凛は首を傾げた。


「この話は元々私が無理に頼んだことなんです」

「えっ……?」


この人が頼んだとはどういう事なんだろう。

不思議そうに自分を見つめる於凛に藤治郎は優しい笑みを浮かべた。


「於凛さんは私を知らないでしょうけど、私は於凛さんを知っていたんですよ」




藤治郎が於凛を初めて見たのは三月ほど前だった。茶屋で働く於凛を見て、初めはただ純粋に美しい娘だと思った。だが、ただそれだけだった。それから二週間ほど経ったある日、出かけた先でいきなり雨に降られ、どうしたものかと悩んだ末に、まぁ、いいか、と雨に濡れたまま歩いていると、急に自分に降りかかる雨がなくなった。見ると後ろから少女が傘を差していた。



『お兄さん、びしょ濡れじゃない。この傘貸してあげる。あたしんちすぐそこだから遠慮しなくていいよ。まぁ、もう意味ないかもしれないけどね』



可笑しそうに笑って少女は走っていった。


少女は自分の顔を一度も見なかったけれど、藤治郎にはあの時の茶屋の娘だとすぐに分かった。三度目に茶屋の側を通った時に少女の名前を知った。於凛と呼ばれ、大層な人気者だった。四度目には於凛が小さな子と遊ぶのを見た。子供のように無邪気に笑っていた。五度目には歳を知った。十六だった。それから何度も近くを通った。その度に於凛の事を知った。美しく、華やかで、ハキハキしていて。みんなの人気者で、子供のように良く笑い、姉御肌で慕われている。


 可愛らしいと思った。愛おしいと思った。共に生きたい、と思った。


だけど、それは叶わない……自分には生まれた時からの持病があり長くは生きられない、のだから。でもそれでも良かった。於凛を見るだけで充分だったから。命が尽きるまで、この想いを心にひっそりと閉まっておこうと決めた。


しかし、病が治るかもしれないと言われた。驚いた。嬉しかった。人並みの体になれると喜んだ。でも、治る確率は半分だと言われた。下手すれば、寿命を更に縮め、最悪死に至るかもしれない……それでも良かった。何もしないよりは少しでもそれに賭けたかった。


「甲斐の国に行くんです。そこには腕の良い先生がいるそうで。本当はあなたにこの想いを告げる気はなかったのですが、もしかしたらもう会えないかもしれない。そう思うと、居ても立ってもいられなかったんです。あなたには迷惑をお掛けしました。どうぞこの話はお断り下さい」

 

藤治郎はゆっくりと微笑んだ。

於凛は戸惑った。それと同時に藤治郎に興味を持った。笑ってるのに、その笑顔が寂しそうな理由が分かったような気がした。この男は、諦めているのだ。自分のことも、己の命のことも。於凛は藤治郎をどうにかしたいと思った。同情かもしれない。だが、それでもこの人の側にいて支えたい、そう思った。


今考えればもう、すでにこの時から藤治郎に恋していたのかもしれない。


それから、於凛は見合い話を断るわけでもなく受けるわけでもなく、藤治郎が甲斐に行くまでの二月間、たまに会っては二人の時間を楽しんだ。



藤治郎との会話はとても楽しく、於凛をワクワクさせた。何度言っても丁寧な口調を止めない藤治郎に於凛はヤキモキさせられた。 しかし、『昔からの癖なんですよ。』と笑って言われると、於凛も肩をすくめて笑うのだった。


何度も何度も会った。茶屋に行ったり、簪を貰ったり、ただひたすら川沿いを歩いたり。このまま藤治郎が自分の側にいればいいのにと思った。初めこそ、藤治郎のことなど、全く好みの範疇外だったが、藤治郎の於凛を大切に想う心や、人柄にだんだんと惹かれていった。会う度に藤治郎のことを愛しいと想う気持ちが膨らんでいった。




   このまま時がとまれば、いいのに・・・





「それで?それで、姉様と藤治郎様はどうなったの?」


キラキラと黒目を輝かすおはなに於凛はふふ、と笑った。


「そうだねぇ………」





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